作戦会議
今月の投稿となります。
いよいよドンパチへ向けての作戦会議です。
大日本皇国はオルファスター王国から正式に宣戦布告されたため、いつ何時敵が攻めてきてもおかしくない状況に陥った。
さすがに1日や2日で攻め込んでくるとは思えないが、それでも早ければ2週間から1か月以内には敵は動きだすだろうと旭日は推測していた。
正確には兵の招集、物資の調達、更に船の用意などを含めるともう少しかかるのだが、旭日はどちらかと言うと近代の軍事に関することの方が専門なので、戦国時代前後の戦争準備は『割と時間がかかる』くらいしかわからない。
旭日はそんな中で迎撃の全作戦を担う司令官となって動くことになる。
彼は自宅に戻った2日後、再び艦長娘たちを全員招集した。
自宅に用意してもらった、作戦会議可能な会議室には大きな円卓が置かれており、中央で旭日は椅子に座りながら碇ゲ○ドウのポーズをとっている。
ちなみになぜ2日後だったかと言えば、補修予定だった香椎の船体をドック入りさせる必要があったからだ。
「では諸君、これより国家緊急案件である『オルファスター王国軍迎撃・首都強襲作戦会議』を始める」
全員が『はっ!』と引き締まった声を上げる。
なお、本来前線に出る存在ではない給糧艦である間宮や、同じく補給艦のはずの足摺たちもいる。
彼女たちも自衛用の火器は搭載している(特に、間宮は65口径10.5cm単装高角砲に換装している)ため、情報を共有しておかないと万が一敵と出くわして知らなかったから被害を受けました、では済まないのだ。
その艦長娘たちの手には、旭日が作成させた写真付きの資料が配布されている。
「皆も見てわかる通り、相手の主力兵器は木造帆船に大量の短射程大砲を搭載した『戦列艦』という兵器と、豊臣軍を大苦戦させた……という逸話がわずかに伝わっているとうわさされる奇妙奇天烈なる『亀甲船』という船だ」
全員でそれを見ながらあれこれと話しているが、その中で北上が『恐る恐る』と言わんばかりに手を挙げた。
「北上、どうぞ」
「えぇと……この敵って、航空戦力はあるの?」
「あぁ。資料の4ページ目を見てくれ」
全員がページをめくると、そこには『ワイバーン』という名称と写真が載っていた。
「あれ?これって日本に流れ着く前に美味しくいただいた『空飛ぶトカゲ』、ですよね?」
旭日や飛鷹らと共にワイバーンの調理を担当した間宮の言葉に、その場にいた全員がその時のことを思い出す。
「そういやいたよなぁ。ありゃぁ美味しかった……え、オルファスター王国ってそんなのが主力の航空兵器なのかよ?」
山城の言葉に扶桑が『こら』と窘めた。
「地球を基準にした文明水準で考えれば、そもそも航空兵器を持っていること自体が先進的なのよ。そこは忘れちゃだめよ、山城」
「悪い、姉ちゃん」
慢心ダメ、ゼッタイ。
全員が改めて資料を見ると、最大で時速250km、攻撃方法は火炎放射とファイヤーブラストと呼ばれる単発の火炎弾というのを見て、全員が目を点にした。
「……遅っ」
夕張の言葉に、隣の明石や伊400……ヨーたちも頷いていた。
「これ、空母の艦載機はもちろんですけど、私たちの『晴嵐』や水上偵察機でも圧倒的に速度で劣ってるじゃないですか。第一次世界大戦の戦闘機の中でも『ちょっと速い』くらいの水準ですよ……」
ヨーの言う通り、伊400型潜水艦に搭載されていた艦載機の『晴嵐』は、水上機ではあったが、零式艦上戦闘機を上回る1400馬力という強力なエンジンのおかげもあって、水上機でありながら最大速度は470kmほどまで出せたと言われている。
それを考えれば、確かに時速250kmしか出せない飛行戦力など、戦い方にもよるだろうがいいカモであろう。
ちなみに、この艦隊でそれより遅い航空機と言えば、旭日が半ばタクシーのように利用している、扶桑及び山城搭載の零式水上偵察機だが、それでも時速370kmは出せるので、間違いなくワイバーンが相手ならば余裕で勝てる。
ちなみに旭日としては、本当はそれより新しく足も速かった水上偵察機『瑞雲』を配備したかったのだが、神界での改装リストに載せられていなかったのだ。
なので、現在絶賛製造中である。
瑞雲は史実では急降下すると空中分解を起こしかねない強度の脆さがあったそうだが、この世界ならば魔魔法陣学による躯体強化と精霊の加護による加速や燃費向上も見込めるため、その点も解決できそうである。
『晴嵐』のような強力なエンジンに換装すれば(ただし小型化する必要があるが)、250kg爆弾どころか500kg爆弾を搭載しても問題ないだろう。
それどころか、軽量でいいから魚雷を搭載すればかなりの攻撃力を得られると考えている。
実際にフランスが『ラテコエール298』と呼ばれる水上機に小型魚雷を搭載したことがあるので、できないわけではないはずだった。
「ただし、ワイバーンは生物故に挙動が格闘戦に向いている。それを考慮すると、できる限り一撃離脱戦法で挑むことを勧める」
残念ながら動画を撮ることは機材もないのでできなかったため、集められる限りで集めた情報を資料に掲載してある。
それ以外にも火縄銃モドキや据え付け式の大砲に弓矢、朴刀など、歩兵の推測できる装備などを見ると、陸戦を専門とする熊野丸が不意に呟いた。
「……これ、ただ正面からぶつかる分には全く脅威と言えないでありますな」
「ま、そうだな。なにせ相手の技術水準は1年前の大日本皇国並みだからな……だがしっかり目を通しておいてほしい。場合によっては、だが……不利を悟った奴らからゲリラ戦などを仕掛けられる可能性もゼロじゃないからな」
そして、全員が資料に目を通したことを確認すると、旭日はさらに『次の資料を見てくれ』と声をかけた。
次の資料には、『反攻作戦要綱』という名前が書かれていた。
「今回の作戦名は、『鳥羽伏見作戦』とする。由来の分かる奴」
笑いながら手を挙げたのは、夕張だった。
「江戸幕府軍が薩長連合軍を討伐するべく上京したものの、1万5千の軍勢が5千の軍勢に戦って敗れた後、そのまま薩長連合軍が江戸へ攻めあがらんとしたっていう状況になぞらえるつもりっすか?」
「すまんな。日本で大々的な反抗作戦って言うとこれが俺に思いつく一番ピッタリな名前なんだ」
反抗作戦、特に『攻めてくる敵の主力を打ち破った上で敵の本拠地までそのまま攻めあがる』という感じの作戦は、実は日本ではあまりない(もちろん歴史上をちゃんと見れば存在しないわけではないのだが)。
だが、旭日はそんな状況を考える中で、これが近いのではないかと考えたのだ。
「まぁ、別に作戦名はこれでいいですけど……これ、作戦名から考えると最終的に講和するってことっすか?」
「お、さすが夕張。そこまで気づいたか」
全員がざわめきだすが、扶桑が『皆、静かに』と一言で黙らせた。
満潮が資料を見ながら『司令、その心は?』と問いかけた。
「簡単だ。俺たち日本は確かに油も出るし、鉱物資源もしっかり掘れる。そしてそれを国内で運用する分には申し分ないインフラもある……だがな」
旭日は苦々しい顔を見せると、机を『ポン』と軽く叩いた。
「それを海外まで安全に輸送できるかって言うと、ハッキリ言って『護衛戦力』がまるで足りていないんだ。その点は十分考える必要がある」
そう言われて、その場にいた全員は旭日の提示していた出撃する船のリストに目を通していた。
戦艦から順に、扶桑、飛鷹、隼鷹、天城、葛城、矢矧、酒匂、北上、大井、満潮、荒潮、山雲、峯雲、巻雲、長波、大波、凉波、そして足摺、塩屋、間宮、潜水艦から伊400、伊401、伊402の3隻に、一等輸送艦15隻、二等輸送艦25隻、そしてあきつ丸と熊野丸である。
さらに、新しく大日本皇国で建造された『松』、『竹』、そして『秋月』も加わるため、攻めるだけならば数も揃っている。
もう間もなく改シャルンホルスト級巡洋戦艦×ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦こと、『薩摩型巡洋戦艦』ネームシップの『薩摩』が就役するのだが、残念なことに習熟訓練も含めると戦力化にはあと数ヶ月は必要だ。
「そう、戦うための『正面装備』は十分なんだが、輸送船団を出そうと思うとその『護衛』がまるで足りないんだ」
「言われてみれば……いくら距離が近いと言っても少々厳しいですね」
正直、木造帆船が相手というだけならば輸送艦も戦力として十分に考慮できるのがせめてもの救いだが、シーレーン防衛なども含めて万全を期そうと考えると、かなり本土が手薄になっているのだ。
本来ならば、船団護衛のための海防艦や護衛空母などを建造している必要があった。
この辺り、旭日も艦隊決戦思考の旧海軍と似たような考えだったらしい。
それでもすぐに気づいただけマシと言えるだろうが。
そんな手薄な状況で残す空母が雲龍と大鳳だけなのは、敵の航空戦力のレベルが低いため、1千を超える数が一か所に押し寄せて来ない限りは、戦闘機が僅かでも基本的に港湾部に設置されている高射砲や対空機関砲もあれば、レーダーと近接信管による高い命中率もあるため問題ないからだ。
そもそも、オルファスター王国の国力を考慮すると、多くてもワイバーンは500もいないだろうというのが旭日の推測である。
さらに、旭日の作戦要綱によればだが、敵は基本的に南部の港湾都市キイではなく、西部の港湾都市ナゴヤに来る可能性がかなり高い。
それでも旭日は念には念を入れて、南のキイに戦力として大鳳、最上、鹿島、そして残存駆逐艦の半数と一等輸送艦15隻と二等輸送艦15隻が残っていることを考えると、キイはこれでいい。
ナゴヤには山城、雲龍、能代、香取、津軽と残りの駆逐艦を残しておくことで守りを固めておくつもりである。
だが、もう1つ問題がある。
今回は相手に講和を迫る逆侵攻のために、陸上戦力も多く連れて行かなければならないという点だ。
現在の大日本皇国の軍人数が、海軍7万人、陸軍13万人とかなり少ない(ただし、大蔵艦隊と共にやってきた軍人は除く)。
元々日本にいた侍などの軍人や、転生していた近代期の人々を中心に鍛え上げ、更に民間からの徴募もかけてようやくこの人数である。
一応旭日が引き連れてきたあきつ丸らを含めた特設輸送船には合計で5万を超える人物が乗船しているが、他は大体研究者や学者、インフラ業者などであるため、兵力という点では3万ちょっとだ。
そんな戦力のため、旭日は電撃的に相手の港湾都市を制圧し、その破竹の勢いを利用して50km離れている首都インカラに対して一気に攻撃をかけようという考えである。
ドイツの第二次世界大戦時のような電撃戦とまではいかないだろうが、それでも圧倒的技術格差を持つ車両と戦車、自走砲を用いればそれほど時間はかからずに首都まで到着できるだろう。
相手国との首都の距離が近いのも幸いしている。
旭日は自分の目でそれを確認しているので、車両を使えば早いというのは馬車に乗っていた時間から逆算している。
「まぁ、相手国との距離が近くて、ほぼ西部港湾都市ナゴヤから一直線で済むのは、補給がしやすいという点ではありがたいですね」
しかも、国と国との距離が300kmという比較的至近距離なのは、短期決戦で終わらせたいと考えている旭日にとってはさらに好都合でもあった。
侵攻距離が短いということは、それだけ兵站を短くできるからである。
特に現状では輸送に使える航空機も空港もゼロであるため、海上輸送と陸上輸送でなんとかしなければならない。
弾薬及び食料などの補給物資に関しても既に大量生産させているため、オルファスター王国規模の相手及び距離であれば、全力で戦闘したとしても弾薬を使い切ることはないだろうと考えられる。
しかし、それらも節約しようと思うならば、どうしても相手に対してどれほど有利に立つことができるかという作戦も考えなければならない。
このため、旭日は駆逐艦や戦艦と併せて、高速輸送船と言うべき船の建造もさせていた。
以前も記載した、飛鷹・隼鷹とは違う貨客船船体及び機関を持つ高速輸送船である。
バルバスバウの採用によって凌波性能を高めると同時に、後部にハッチ(ウェルドックともいう)を設けることによって、特大発動艇よりさらに大きな改良型大発動艇(既存のタイプでは四式中戦車を搭載することができなかった)を繰り出すことができるという、旧世界の『おおすみ』型輸送艦に近いコンセプトの船である。
旭日としてはこれに加えて『LCAC』のようなホバークラフトも製造したいと考えているが、エンジンや船体を作る技術がまだないため、これはもう数十年先の話になりそうである。
もっとも、旭日としてはもう1年以上就役までかかる予定だったため、その前に無茶苦茶を言ってきたオルファスター王国には恨み節である。
「まぁいい。今回の相手は恐らく、西のナゴヤに強襲をかけようとしてくるはずだ。そこで、ナゴヤ沖150kmのポイントで敵を迎え撃ち、これを殲滅する」
旭日が目の前に広げた大きな地図の上に置いた駒を指差す。
「恐らくこの時に上空支援ということでワイバーンも出てくるだろうから、烈風には制空戦闘に従事してもらいたい。流星は……どうするかな?」
と、それを聞いて疑問に思ったらしい飛鷹が手を上げた。
「爆装はなしですか?」
「本当は500kg爆弾での急降下爆撃くらいはやってもいいんだろうが……相手の航空戦力の規模が不明だ。その点、海上戦力は明らかにこちらに対する限界が見えているため、海上戦力はできる限り砲撃で対応したいな。だが、実際には必要になるだろうから、500kg爆弾と60kg爆弾を中心に用意しよう」
「なるほど。了解いたしました」
飛鷹が頷いたのを見た旭日は、地図上に置いてある自分たちの駒を西の方へ進める。
「その後、補給を済ませたらそのまま相手の港湾都市ササンテへ向かい、恐らくいるであろう海防艦隊と港湾都市防衛のワイバーンを排除した後に流星隊による空爆を行う」
「艦砲射撃はされないのですか?」
戦艦である扶桑としては、港湾部を艦砲射撃で更地にすることによって、戦闘を有利に進められるのではないかと考えたようだ。
「こんなことを言うと甘いと思われるだろうが……できる限り民間人は巻き込みたくない。誘導弾のない現在では高望みだということは分かっているんだがな……後は市街地戦で、戦車と歩兵部隊で敵兵力を一気に制圧する。もし可能ならば、1日で港湾都市ササンテを制圧するぞ」
相手との技術格差が大きいため、艦砲射撃で無闇に敵対感情を煽らない方がいいだろうと判断したのだ。
「では、その勢いで首都インカラまで?」
「いや。それだと弾薬に若干不安が出るだろうからな。翌日補給を受けるまで警戒しつつ休憩して、補給が終わり次第出発、首都インカラを目指し、これを制圧する」
港湾部から首都までの距離が100km以下という超至近距離なので、空母の艦載機が沖合50km以上の離れた所にいたとしても問題なく辿り着ける距離である。
「一応の問題があるとすれば、敵にも一応大砲と鉄砲があるということだな」
データを見せると、大砲は前装式炸裂弾型カルバリン砲レベルとそれなりに発達しているが、鉄砲は正直言って火縄銃より雑なつくりである。
「恐らく、豊臣秀吉の朝鮮出兵時くらいの明くらいの鉄砲だろうな」
それを見た明石が『うーん』と唸る。
「なんで鉄砲の方は進化していないんですかね?日本の火縄銃(国友鉄砲鍛冶など、名だたる鍛冶職人の手によって同水準の銃としては高い能力を発揮した)くらいの能力はあってもおかしくなさそうですけど」
「そこだな。恐らくだが……大砲と違って小型化と鍛造による材質の均一化が難しかったんだろう」
大きなものを大きく作ることはそれほど難しくはない。
しかし、大きなものを小さくしようと考えるとこれがかなり難しいのだ。
現代の物品は電子技術も含まれるので同じような比較になるとは言えないが、それでも共通点はある。
要するに、『小型化してもその能力を発揮できる精度があるかどうか』ということだ。
その点現実の日本国はそれを得意としている。
電子機器然り、『10式戦車』然りである。
「オルファスター王国は世界五強国の一角、ヴェルモント皇国の保護国だと言う。ならば恐らく『彼らにとって脅威でないレベル』の技術を供与されているはずだ。ヴェルモント皇国の技術水準が幕末並みという噂を考えると……弱くてゲベール銃、強くてもスペンサーかミニエー銃並みの銃器は持っている可能性が高い」
「もっとも、ここは異世界ですから、我々の世界ではあまり当てはまらない部分があるかもしれませんね」
地球では特に明治以後、軍拡競争の中でイギリスなどの列強はこぞって日本などの未開の国やロシアなど国力はあるが技術がそれほど発達していない国に様々な兵器を輸出していた。
日本の戦艦三笠で有名な敷島型戦艦も、当時はイギリスで建造されたものであり、最後という意味では金剛もそうだ。
だが、この世界ではそうとは言えないらしい。
「ま、その結果なのかわからないが、銃は治金技術が未熟なんだろうな。精度のいいものが作れていないんだろう」
「では、火縄銃以下、ということでよろしいですね」
「あぁ。それでも『生身で当たれば死ぬ』からな。脅威度がないわけじゃない。まぁ……いきなりゼロ距離で突き付けられなきゃ命中率も相当悪いだろうからな……面倒だと思うが、見たら最優先で対処を頼む」
これはあきつ丸たち陸軍関係者に向けての言葉だ。
あきつ丸・熊野丸は『心得ました』と頷き、手元のメモ帳にメモ書きする。
すると、津軽が手を挙げた。
「どうした、津軽?」
「いえ……司令は講和されるおつもりのようですが、後々のことを考えるとそれでよいのかどうか……」
やはり『甘いのでは』と考えているようだ。
「そうだな。それはあるだろう。だが、王族を抹殺でもしようものなら、その国の国民は間違いなく恨み骨髄になるはずだ。そうなれば、『今後の付き合い』に大きな影響を及ぼす」
旭日としては別にオルファスター王国を征服するつもりはなく、なんとかして争いを収めた後はまたうまくやっていければそれでいいという考えだ。
「ま、外交官を兼任する監察官を置いて重要な政務に介入すればいいだろう。あとは……王族の1人でも人質という名目で連れてきて、今の我が国を見てもらうことかな?」
「どういうことですか?」
「『我が国はこれだけ発達したんだぞ』というところを見せて、いずれ国に帰った時にそれを残っている方々に喧伝してもらい、抵抗する気力を削いでもらおうって話さ」
津軽も旭日の考えを聞いてようやく納得がいったようだった。
「なるほど。自国との差を見せつけ、平和的に矛を収めやすくさせるのですね?」
「必要とあれば、戦艦や軽巡なんかは見せてもいいかもな。あれなら機密も少ないから」
「私の艦橋を見て呆れられなければいいのですが……」
今の大蔵艦隊で機密が最も多いのと言えば、やはり空母だろう。
搭載されている艦載機がどれも第二次大戦基準でもかなり高性能であることと、最新鋭のレーダー及び噴進砲(要するにロケットランチャー)があるので、そこは秘密にしておきたい。
すると、山城がパン、と自分の膝を叩いた。
「司令、そんな未来の話はいいから、『今』を乗り切ることを考えよーぜ‼」
「お、おぉ。まぁいいけど……山城はどこまでも真っ直ぐだなぁ……不幸艦なんて呼ばれた船とは思えないわ」
「なに言ってんすか。幸か不幸かなんてのは、他人様に決められるものじゃねぇ!自分が『満足』できたかどうか、それが重要なんですよぉ‼」
堂々と言い切る山城の姿を見て、清々しい気分になる旭日だった。
むしろ彼女は旧式故の訓練艦として『鬼の山城』と言われたにもかかわらず、最後まで戦い抜いたからこその武闘派なのだろう。
「なるほどな」
そして、実際にそれはその通りだろう。
幸か不幸かなどと言うのはあくまでそれを見ている他人の視点だ。
当人たちがどうかなどというのは当人にしかわからない。
「もしかして、扶桑もそう?」
「そうですね。私は国名(扶桑は日本の別名)をつけていただいたことをただただ誇りに思うのみです」
「そっか。んじゃ、皆色々な思いがあるだろうけど……この戦い、絶対に勝って戻るぞ‼」
旭日の檄に、『了解!』と大声をあげて答える艦長娘たちだった。
その夜、旭日は自宅の露天風呂に入りながら考えていた。
「本当に国と国との戦争か……でも、転生する時に艦隊を貰うって決めた時から、分かってはいたことだ」
もっとも、旭日の知る戦争というのはあくまで書籍の知識が基本だ。
実際に戦いを見たのはこの世界に来てから2度、しかも1度は戦いが終結したところへ呼ばれて駆け付けたのみで、2度目も空爆と艦砲射撃でほとんど片付いてしまった。
その時はメルフィット・ザンドラというイレギュラーがあり、それに対応するべく必死に知恵を絞ったが、あれが正に旭日の艦隊司令官としての、真の意味での『初陣』だっただろう。
メルフィットの放った闇の魔力光線はすさまじく、旭日は脳裏に『放射熱線』という単語を思い浮かべながらレシプロ機でどれほど太刀打ちできるかとオーバーヒートしそうになる思考回路を巡らせたのだ。
結果として相手が元々弱っていたこともあって烈風1機の損失だけで済んだのは、不幸中の幸いだったと言える。
しかも、パイロットは無事だったことも大きな幸運だっただろう。
そんなラッキーが何度も続くとは限らないので、ミッドウェーまでの旧軍のように慢心してはいけないと改めて心に誓う。
すると、背後の館内風呂から声が聞こえてきた。
『司令、入ってもよろしいでしょうか?』
「ん、その声……津軽か?」
実を言うとこの国に来て間もなくの頃は混浴にも慣れなかったが、今や毎日誰かと、多い時には6,7人と入ることもある。
え、旭日のムスコ?常に最大仰角状態だが、心は常に紳士を心がけている旭日であった。
人、こんな男を紳士ともヘタレという。
大概は色々な話を聞きたがる朝潮たち駆逐艦娘や、知識を吸収したがる明石や夕張が多い。
たまにだが、扶桑や大鳳、山城や北上たちとも入ることがある。
特に北上は『お、お背中流します……』なんて顔を真っ赤にして言うもんだから、かなり可愛らしい。
潜水艦のヨーたちは水に浸かっている方が落ち着くらしく、風呂の中では『のへーん』とか『ぐでーん』という擬音が出そうなほどのんびりする。カピバラか。
それはさておき……。
『はい。ご一緒してもよろしいでしょうか?』
「あぁ、いいぞ」
ガラガラとガラス戸の空く音がするとスレンダーなボディの津軽がタオルを持ちながら『失礼します』と言って入ってきた。
津軽は旭日の隣に浸かると、『ほぅっ……』と息を吐いた。
「どうした?何か不安でもあったか?」
「は、はい……私に海防を任せると仰ってくださいましたが……本当に私で大丈夫なのでしょうか?」
津軽の不安を聞いて、旭日は『あぁ、そのことか』と納得した。
「心配ない。確かにお前は戦闘向けの軍艦じゃないが、元々『津軽』は敷設艦であると同時に海防艦としても使われていた。主砲は対空にも用いることができる長一〇糎砲(65口径10.5cm連装砲)に換装してあるし、一応砲弾は近接信管装備のモノにしてあるから、多少は対空戦闘も可能だ」
防空のために使用する高射装置は搭載されていないので、『秋月』型駆逐艦のような本格的な対空戦闘は無理だが、数体のワイバーン程度ならば全て撃墜は無理でも追い払うくらいは十分に可能だ。
「それは……そうなのですが……」
「それに、お前の旗下につける駆逐艦も長十糎砲に換装してあるから、12.7cm高角砲と威力はほぼ変わらないが、連射速度は大きく上がっている。沿岸部には8cm高射砲や多数の高射機関砲も多数配備してあるから、それとうまく連携すれば問題は無い」
「そう、ですか」
どうも、津軽の中では不安が中々拭えないらしい。
「(ま、無理もないか)」
太平洋戦争時の津軽と言えば、敷設艦と言う艦種故に艦内の容量が大きく軽輸送にも用いられていた。
かつて『本来の用途に用いられなかったままに沈んだ』という点が、彼女の心に重くのしかかっているのかもしれない。
津軽の見た目は20代のお姉さん風の女性なのだが、今の彼女はまるで不安で仕方のない子供のように見えた。
旭日は隣に座った津軽の頭をゆっくりと撫で始めた。
「あ、あの……司令?」
「大丈夫。よほど油断しなければちゃんと勝てる。訓練通りやればいいんだ」
津軽は顔を真っ赤にしているが、果たしてそれが湯船に浸かったせいなのか、はたまた別の理由なのかは分からない。
「敵はどうやらこっちを蛮族と舐め切っているみたいだからな。恐らく戦力を分散するようなことはしてこないだろうと思う。それに、そっちの防衛にも空母を含めた艦を一部残すんだ。大丈夫だよ」
見た目では旭日より若干津軽の方が年上に見えるが、旭日もこう見えて精神年齢は歴としたアラサーである。
その経験則と、姉の撫子で培われた対女性コミュニケーション能力が、津軽の凝り固まった心を解きほぐしていった。
「はい……ありがとうございます」
津軽は礼を言いながら『恐る恐る』と言わんばかりに旭日の方に頭を寄せ、その肩に頭を『コテン』と乗せたのだった。
次回は9月の23日に投稿しようと思います。




