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対談

今月の投稿になります。

『こんな国家間会議あるわけねーだろ』と思うかもしれませんが……舐め腐った相手からの言葉ということで1つ。

 コウルペ城の中に入った旭日と扶桑、そして大鳳の3人は従者に案内されながら、城の様子をチラチラと窺っていた。

「(金銀珠玉をふんだんに用いていて、しかも、常に曇り1つないほどに磨き上げられている、か……この国のプライドの高さが随所ににじみ出ているな)」

 よく見れば、床までもが鏡のように磨かれており、大変美しい。

 ただ、旭日が見る限りでは地球に存在したタイル素材とは違うようにも見受けられた。

「もしかしたら、床には魔法の素材を使っているのかもしれませんね」

 扶桑がこっそり耳打ちしてくる。彼女もまた、旭日同様にあれこれと周辺を観察していたらしい。

「そうだな。さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 さらに奥へ進むと、広間のようなところへ出たのだが、その奥にこれまた秦の始皇帝が座っていそうな絢爛豪華な玉座が見えた。

 旭日からすると時代錯誤も甚だしいが、どうやらここが謁見の間ということらしい。

「間もなく陛下がお越しになられます。皆様は跪いてお待ちください」

「なっ……一国の使者を待たせるのにいきなり跪かせるというのは……」

「まぁまぁ扶桑。相手は列強たるヴェルモント皇国の筆頭保護国。こちらは大陸国家群に属さぬ国。その差は理解しておくべきだろう」

 旭日はアイコンタクトを交えて扶桑を説得した。

 要するに、『今ここで問題を起こさない方がいい』と抑えたのである。問題を起こすにしても、相手側に問題があることを確認してからの方がいいと思ったのだ。

 扶桑も旭日の意思を汲んだのか、『……失礼しました』と引き下がった。

 旭日たち3人は三国志で見たような両手を前で組んで片足をつくという体勢に入った。

 それから数分ほど待ち続けたのだが、とにかく足が、特に膝のお皿がズキズキと痛くなる。

「(確かにアポなしで急いで来たが、それにしても一国の使節をこのように長時間待たせるとは!)」

 扶桑も大鳳も言葉にこそ出さなかったが、内心では腸が煮えくり返っていた。

 特に旭日は一般人と同じかそれよりは少し強い(転生したことで若干だが身体能力が向上している。ただし、よくあるチート能力というほどの強化ではない)くらいの能力を持つが、このような体勢はかなりキツイはずだ。

「(司令……不平1つ漏らさないという点が逆になにをお考えになっているのやら全く読めません……恐ろしいお方です)」

 そして、10分が過ぎようかとしたところで、何者かが現れる気配を3人は感じ取った。

「トールンボ国王陛下、御出座!」

 旭日たちはその言葉を受けて、さらに身を引き締める。

「おみゃーらが日本の使者にゃもか……面を上げるにゃも」

 顔を上げた旭日たちは思わず目を丸くしていた。

 目の前の玉座に座っていたのは、オーク族の巨漢だった。

 ただし、巨漢と言っても筋骨隆々という見事なものではなく、『上流階級の中年太り』と言っていいのであろうくらいにはブクブクに太っていた。

 はっきり言って、旭日たちの第一印象は『締まりのないオーク王』という、身も蓋もないものだった。

 しかし、それでも旭日は素早く挨拶をした。

「ははっ。陛下におかれましては、ご機嫌麗しく。私は大日本皇国より遣わされました、特命大使の大蔵旭日と申します」

 すると、トールンボは旭日の後ろに控えている扶桑と大鳳に目をやった。

 特に、その自己主張が激しい胸元に目がいっている。

「おぉ!随分な美人にゃもね!もしや、にゃもへの献上奴隷にゃもか?」

 旭日は『んなわけねぇだろ』と内心でツッコみを入れつつも慌てて訂正する。

「いえいえ。この者たちは我が補佐をしてくれている、扶桑と大鳳と申します。私の秘書として連れて参りました」

「ご紹介にあずかりました、扶桑と申します。以後お見知りおきを、陛下」

「同じく大鳳です」

 ギラギラと目を輝かせる姿と噂を超える『ど』が付くほどのスケベっぷりに、思わず心の中で毒づく旭日だった。

「(お前みたいな臭みの強い脂身の塊なんぞに、俺の大事な……大事な家族を渡すもんか‼)」

 一瞬旭日は扶桑たちが自分にとってどのような存在なのかを形容するのに迷ったが、『家族』という言葉で自分の心に説明をつけた。

 その感情がどのようなものなのかは、本人もまだわかっていないのだが。

 一方自分への献上ではないとわかるや否や、トールンボは明らかに落胆した顔をしていた。

「つまらんにゃもねぇ……まぁいいにゃも」

 トールンボが『どっこらせ』と座り込むと、話がきちんと始まるかどうか不安だったので、旭日の方から切り出すことにした。

「それで陛下、急な呼び出しの『ご要請』とのことでしたが、関税を改正したいとのことであれば、国家間会議ということになります。であれば、交易関係を担当している経済産業大臣による実務者会議か、双方の君主を交えた会談ということになると思われるのですが、何故使者を要請する、といった形を取られたのでしょうか?その点を、お教えいただきたく存じます」

 旭日はあくまでかしこまった態度を崩さなかった。

 トールンボはそんな旭日の殊勝『に見える』態度を満足げに見ながら、薄ら笑いを浮かべている。

「簡単なことにゃもよ。おみゃーらは最近景気が良くなっているそうにゃもね。ならば、交易を持つ国であり、列強の保護国たる我が国へ納める関税を増やしたところでなんの問題もなかろう?」

「……それで、我が国に対してなにか利益があるのでしょうか?」

 少なくとも、一方的に関税を引き上げると言われているのだからなにかしらの見返りというか、『ウィンウィン』とまではいかなくとも、なにかしらの交換条件くらいはあるだろうと旭日は考えていたのだ。

 だが、そのブクブク体形同様に肥大化したプライドの塊であるトールンボには、それが生意気に映ったらしい。

「あぁん?文明圏に属さぬ蛮族の分際で、列強の保護国たる我が国に『要求』するにゃもかぁ!?ちょぉっとアイゼンガイストに目をかけられているからって、生意気なことを抜かすにゃも‼」

「恐れながら、国と国とのやり取りということにおいて言えば、それが先進国のあるべき姿かと愚考いたします」

「なにが先進国にゃも!蛮族如きが、ヴェルモント皇国の、筆頭保護国である、オルファスター王国と同格だとでも、言いたいにゃもかぁ‼」

 どうやら、相手が自分たちを同じ人間と思っているかどうかすら怪しい、ということが、ことここにきて旭日も『あぁ、やっぱダメか』と気づいていた。

 半ば覚悟の上であったとはいえ、こうなってしまうと虚しさを覚えてしまう。

 ちなみに旭日に怒鳴りつけているトールンボはというと、日ごろの不摂生による太りすぎもあって怒鳴ることすら体力を使うのか、その怒鳴り声は途切れ途切れになっていた。

「では陛下は、どうあっても我が国からの輸入品の対する関税を、独断で上げる、と仰るのでしょうか?」

「当然にゃも!なぜににゃもが蛮族如きに気を遣わねばならんにゃも‼」

 すると、トールンボの側に控えていた側近らしき男がトールンボになにやら耳打ちしていた。

「あぁそうそう。おみゃーらにもう1つ要請があるにゃも。おみゃーらの国の皇女、タカマガハラ・エリナを、我が国に差し出すにゃも」

「なっ‼」

 旭日はもちろん、彼女と深い面識もある扶桑と大鳳も目を剥いた。

「そ、それはあまりに無体というもの!エリナ皇女殿下は我が国の後継者たるお方!それを人質に差し出せとはあまりにも……」

 するとトールンボは『あぁん?』と言わんばかりに首をかしげた。

「誰が人質などといったにゃも。にゃもの妾にするためにゃも」

「……は?」

 少なくとも、属国などであれば逆らわないための人質ということならばわからないでもないが、妾にするから差し出せ、などというのはあまり聞かない。

 いや、大国が国交を有する国との関係を強化するためにその国の王族を娶る、と言う話であれば逆に珍しいことではないのだが。

 だが、実際のところ大日本皇国はオルファスター王国とは国交を有するという『だけ』の関係でしかない。

 通商上必要だからそうせざるを得なかった、という状態であった。

「噂では、蛮族の女とは思えないほどの美貌だそうにゃもねぇ。その娘をにゃもに差し出せば、にゃもたちが守ってやるにゃもよ」

「守って、やる?」

 どの口がほざく。旭日はそんな言葉を『グッ』と飲み込んでこらえた。

「そうにゃもよ。そして、いずれそ奴との間に子が産まれれば、その子供を後継者にすればいいにゃもよぉ。どうにゃも、にゃものこの頭脳明晰ぶりはぁ。にゃっぷっぷっぷっぷっ!」

 どうやらトールンボはこの『命令』をとても素晴らしいものだと思っているようだが、旭日はわなわなと怒りに震えていた。

 この1年ちょっとの間、旭日はことあるごとにエリナと色々な話をした。

 旧世界……地球がどのような発展を遂げていたのか、どのような発明が産まれていたのかという話もあれば、食べ物の発達についても話すことがあった。

 漫画やライトノベルなど、この世界の日本でも発展しているものは有名だが、アニメーションはまだテレビが普及していないこともあってあまり知らなかったらしい。

 初めて聞いた時のエリナはとても驚いていた。

 そんな呑気な話もあれば、2つの世界大戦において、1度目は強い方について勝てたが、2度目は世界最強の国に喧嘩を吹っ掛けざるを得ない状況に追い込まれたことで負けたことなど、無念極まりない話もした。

 その後、領土問題やアメリカからの横暴に対して歴代の首脳が苦渋の決断を下してきたことも話をしてきた。

 そんな中で、エリナはこう言っていた。



『アサヒ様が私たちの元へと来てくださったのは、近いうちに我が国に降りかかるかもしれないそんな理不尽な未来から守っていただくためだったのかもしれませんね』



 旭日は最初『自分はそんな大したモンじゃないですよ』と謙遜していたが、実際に『理不尽』というものを目の当たりにしたことで、初めて全身から怒りをみなぎらせていた。

 しかも、この理不尽は旭日が想像していた以上の野蛮さと下劣さであり、地球のお下劣国家群がかわいく思えるレベルの発展途上ぶりであった。

 なにより、そんな風に自分を頼ってくれたエリナのことを、そんな理不尽からなんとしてでも守りたいと思っていた。

 故に、旭日の答えは決まっていた。

「それが、陛下のご意思なのですね」

「くどいにゃもね……わかったらとっとと関税引き上げを受け入れて、エリナ皇女をこっちによこすにゃもよ」

 我慢の限界が来たのか、扶桑と大鳳が端正な表情を怒りに歪めながら立ち上がろうとした。

 しかし、旭日が顔を2人の方へ向けないまま『バッ』と手で制した。

「わかりました、陛下。では我が国のご意思をお伝えいたしましょう」

 旭日は俯いていた顔を上げると、ギロリとトールンボを睨みつけていた。

「大鳳。議事録にはしっかり残してあるな?」

「は、はい。忘れておりません」

 大鳳は怒りに燃えつつも、旭日から自分に課せられた仕事を忘れていなかった。

 なのでその手元では、溢れる怒りに震えつつもペンがずっと動いていたのである。真面目な彼女ならではの行動であった。

「国王陛下のお言葉も、全て記録してあるな?」

「はい。一言一句逃さず記録してあります」

「よし、よくやった……陛下。陛下のご意思は余すことなく理解いたしました。その上で申し上げます。国王陛下の要請に対し、大日本皇国を代表し、たった今私めの……日本の返答をお伝えしましょう」

 旭日は今回、特例の全権大使として『対応を全て任せる』と明治天皇から権限を預かってきた。

 しかも、その任命書簡には『全責任は明治天皇が負うものとする』と明治天皇の直筆サインに判子付きで書かれていたのだ。

 そんなことまでされて、本来であればかつてでさえ同格と言っていい国力の国家代表から、舐め切った対応を受けた。

 旭日は本来帝国主義でもなければ軍拡主義でもない。

 しかし、前世の頃から皇族と、天皇家のこと、そしてそんな彼らが頂点に立つ祖国のことは強く敬愛していた。

 そんな男に、野蛮と思える命令を受けた挙句に『その一族を妾として差し出せ』と言えばどうなるか。

「返答は…………『バカめ』です」

「……にゃも?」

「おや、聞こえませんでしたか?……」

 旭日はそれまでの丁寧な口調から一変し、突き付けるように言い放った。



「『バカめ』だ!」



「にゃっ、にゃもおおぉぉぉぉぉっ!?」

 その時の旭日の顔を見たトールンボは、普段ならば平身低頭しているであろう蛮族とは思えないほどの顔と気迫に、思わず玉座から後ずさろうとしてそのまま滑り落ちてしまったほどであった。

 旭日は怒りの表情はそのままに、それでいて先ほどまでの気配が嘘だったかのように静かに話し出した。

「陛下、我が国のご意思は確かにお伝えいたしました。これに対する陛下及びオルファスター王国のご意思に関しては後日、『書簡にて』受け取らせていただきますので、我が国まで『ご郵送』願います」

「……ふぁ?」

 トールンボが呆けた表情のまま座り込んでいる姿を見ながら、旭日は怒りに満ちた表情を崩さなかった。

「では、要件がそれだけということであれば、我々はこれにて失礼させていただきます。扶桑、大鳳、帰るぞ」

「「はっ‼」」

 旭日たち3人は素早く立ち上がり踵を返すと、穏やかだった旭日がいきなり放った気迫に怯えている衛兵の横を通りながら扉を開けて外へ出て行った。

 なお、開けた扉は扶桑がきちんと『後ろ手で』閉めていったのだった。

 


 旭日たちが出て行ってから数分以上、トールンボは呆然としていた。

 そして、10分近くしてからようやく我に返ったかと思うと、顔を茹でダコの如く真っ赤にしながら怒鳴り始めた。

「おのれえええええぇぇぇぇぇぇっ‼島国の、蛮族の、分際でえええぇっ‼直ちに弟に……デッコンポに伝えるにゃも‼海軍の全軍船を集結させるにゃも‼ヴェルモント皇国にも事情を説明し、旧式艦の供与を頼むにゃもぉ‼」

 一通り怒鳴り散らすと部下たちが皆謁見の間から出て行ってしまったが、トールンボの怒りはそれでも収まらなかった。

 地団太を踏みながら怒鳴り散らし、周囲の物体に対して当たり散らすという醜態を晒す。

 花瓶は割れるわ、壁の絵画は破れるわと、たった1人でてんやわんやの大騒ぎをまき散らしたのであった。

「おのれおのれおのれ……蛮族めええええぇぇぇぇぇっ‼このにゃもをコケにしたことを、すぐにでも地獄の底で後悔させてやるにゃもおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ……‼」

 最後まで怒鳴り散らしたところで、遂にトールンボは息切れを起こす前に血圧の急上昇を起こして意識を失い、その場に倒れてしまった。

 なお、侍従が様子を窺って医師が駆け付けたのはその数分後で、なんとか命はとりとめたたという。



 その頃、旭日たち3人は町の外へとたどり着いていた。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 旭日はもちろんだが、扶桑と大鳳も街の中心部から郊外までの長距離を走ったため、すっかり疲労困憊である。

 郊外の木陰で一息ついていると、旭日が急に呟いた。

「……これで、よかったのかな?」

 旭日は王宮を出た頃には、沸騰した頭も冷めて既に冷静になっていた。

 それでも、内心自分たちの君主及びその一族に対して無礼の限りを見せたトールンボに対しては『怒り』しかなかった。

 そんな旭日を擁護するように、扶桑が口を開いた。

「私が同じ立場であったなら……バカめ、とまでは言わなかったでしょう」

「だろうな」

 もっとなにか、他にできることがあったんじゃないだろうか、と旭日が考えている中で扶桑は思わぬ爆弾をぶち込んできた。

「あの豚面一発……いえ、二発は殴っていたかもしれません」

「そっち!?」

 『まさかの武闘派~!』な発言に思わず旭日が呆れていると、大鳳からも急降下爆撃が来た。

「そうですね。私ならばあの頭に直上から急降下ゲンコツを見舞うところです」

「いやお前もかいっ‼」

 自分の秘書たちの思わぬ武闘派ぶりに驚いた旭日だったが、とにかくこうなった以上、急いで帰らなければならない。

「とはいってもな……こんな時間じゃ馬車、通らないよなぁ……」

「確かに、まだ朝9時くらいですし……走りますか?」

「いや走るって言っても……港湾都市ササンテまで50km以上あるぞ?歩いていくって……1日がかりでも厳しいはずだ」

 すると、近くの茂みから1人の男が飛び出してきた。

「旦那!ご無事でしたか‼」

「ん?……あ、昨日の御者さん!?」

 よく見れば、その男は昨日港湾都市ササンテから王都インカラまで走ってくれた馬車の御者だったのだ。

「いやぁやっぱり!大方ウチの豚陛下がなにかしら無理難題を言うんじゃないかと思って1日待ってたんですよ!そうしたら……」

 御者は旭日たちの顔を見て苦笑いする。

「案の定、だったようですね」

「御者さんの仰る通りだ。しかし、待っていてくれたということは……」

 御者は『ニッ』といい笑顔を見せた。

「もちろん、馬車は待機済みですぜ!さぁ旦那、姉さん方も早く乗って!」

 これ幸いとばかりに旭日たちは茂みの奥に隠されていた馬車に乗り込むと、席にドカッと座り込んだ。

 御者も素早く飛び乗ると、鞭を一振りして馬車を走らせ始めた。

 しかも、昨日より若干速い気がする。

『お急ぎなんでしょう?ササンテまでできる限り早く走りますよ』

「だ、大丈夫なんですか?」

『なぁに。ちょっと強めに魔法を使えば馬の負担もだいぶ減らせますからねぇ。なんとかなりまさぁ』

「御者さん、なんでそこまでしてくれるんですか?」

 馬車の外に座っている御者は一瞬黙ると、一泊おいて喋りだした。

『私はね、オルファスター王国人と日本人の混血なんですよ』

「え、そうだったんですか!?」

 だが、考えてみれば納得も行く。

 元々この御者と馬車は大日本皇国の大使館に手配してもらったものだ。なにかしら縁故があるとすれば腑に落ちるのだ。

『えぇ。父がこちらの人間だったものでこちらに住んでおりましたが、幼い頃は島国の野蛮人の子供、とかなり蔑まれましてね……そんな時、父が『日本に行こう』と言って旅行に連れて行ってくれたんですよ』

 御者の年齢はまだ20代後半くらいなので、十数年前の話だろう。

『そして驚きました。日本という国はとても風光明媚で美しかった。大陸群に属さないと蛮地などと言われますが、建物は品があって歴史を感じるし、食べ物はこの国に負けないくらい美味しいし、弱い者に対して人は優しい。そしてなにより……暖かかった』

 様々な時代の日本人が転生してきている大日本皇国だが、日本人特有の暖かさと人の良さは、どの時代からもしっかり受け継がれていた。

『母の故郷だという首都のアシタカノウミに行った時、たまたまですが、天皇陛下のお顔見せがありましてね……その時、なぜか知りませんが、天皇陛下が馬車からお降りになって私の手を握ってくれたんですよ』

 十数年間と言えば、既に明治天皇は即位している時代なので、本人に聞けばなにかわかるだろう。

 いや、本人はそういうことは『忘れた』と言ってとぼけるかもしれないが。

『その時、こう言われたんですよ。〈負けないで。強く生きなさい〉って……私はね、感動しました。一国の君主が、外国人の血を引いた人間の手を握って、言葉までかけてくれるなんて、って……』

「……」

 旭日の記憶が正しければ、日本の皇族、天皇家の人々がそんな形で人の前に顔を出すようになったのは、太平洋戦争に敗戦した『後』の話である。

 だが、この世界での明治天皇は、人々に寄り添う道を選んでいたらしい。

『だからね、なにか大事があったら恩返しくらいはしたかったんですよ。そう思っていたら今回の仕事が来ましてね。しかも、あれこれ探ってみたらあの豚陛下が無茶苦茶を言ったみたいじゃないですか。こりゃ確実になにか起こるぞ、ってピンときましてね』

 どうやら、自国内でもトールンボの評判はあまりよくないようだ。

 あの短絡的思考回路の持ち主ではそれも当然だろうな、と旭日は内心で思っていたが。

「(ま、一部の貴族とかだけが贅沢な生活してるって雰囲気がプンプンしていたからなぁ……無理もないか)」

『まぁ、そういうことですから。2時間とちょっとくらいでなんとか到着して見せますよ‼』

 こうして、旭日たちは想像よりもはるかに早く港湾都市ササンテに到着することができたのだった。

 馬車を降りた際、旭日は『このあと戦争になるかもしれないから、できればこの国から逃げてほしい』と恩返しの恩返しも兼ねて伝え、御者も『ご恩は忘れません!』と言って走り去っていった。

 旭日はこの国にも立派な人物がいることに感動しつつ、港に停泊している香椎に急いで乗り込んだ。

「香椎、早速で悪いが出港準備だ‼」

「うわぁっ、司令!?ず、ずいぶんお早いお帰りで……」

 元々朝早く会談を終えたこともあって、なんと到着したのは昼前という奇跡であった。

「急げ‼ことは一刻を争う!早く帰国して第1種戦闘配置の上、陛下も交えて会議をしなけりゃいけねぇんだ‼」

 普段の旭日と比べると乱暴な言葉遣いだが、それだけに必死さが伝わったらしく、香椎も『はっ、はひっ!』と慌てた様子で出港用意を済ませるのだった。

 こうして、急いで出港した香椎は、巡航速度より少し早い21ノット(元々神界における改装によって艦本式タービンエンジンとロ号艦本式缶に変更されているため、30ノットという巡洋艦並みの速度を出せるようになっている)で突っ走り、ものの数時間後には大日本皇国の港湾都市キイにその船体を係留することになった。

 結果、旭日は1泊2日の強行軍で帰って来るや否や、再び扶桑に搭載されている『零式水上観測機』で飛び出してアヅチ城に報告に向かうのだった。



 そして、場面はアヅチ城の天守閣に移る。

 明治天皇を始めとして、政府の重鎮が勢ぞろいしていた。

 口火を切ったのは、外務大臣のエンドウ・ナオツネとその補佐だった。

「先ほど外交部より報告がありました。オルファスター王国より国交断絶及び宣戦布告の書簡が届いたそうでございます」

「情報部によれば、列強国にしてオルファスター王国を保護している君主国、ヴェルモント皇国からも旧式の戦列艦が供与されるとのことです」

 宣戦布告の報せに、その場の空気が一気に硬直する。

 しかし、会場に満ちる『それ』は緊張よりも怒りであった。

「陛下‼恐れることはありません!旭日殿より供与していただいた技術と、新たな軍艦もあります‼第0艦隊である旭日殿の艦隊があれば、鎧袖一触となりましょう‼」

 声を上げたのは、軍務大臣改め、防衛大臣のヒロセ・タケオである。

 彼は旧世界では明治時代に戦死したかの広瀬武夫の転生者であり、旭日たちの技術をいち早く理解してくれた理解者でもあった。

 彼が方々へ様々な根回しをしてくれたおかげで、工場建設のために多くの土地を確保できたと言っても過言ではない。

 ちなみに、第0艦隊こと旭日たちの大蔵艦隊は今現在、遊軍的な立場となっている。

 なぜならば、大日本皇国のそれまでの軍の運用思想とはかなりかけ離れたものを多数運用することになるだろうと考えられたため、近代兵器に慣れてもらうまでは旭日に独自に運用してもらった方が旭日にとっても大日本皇国にとっても都合がいいだろう、と明治天皇及びヒロセ・タケオが考えたのだ。

 今現在も陸海軍は供与された技術で生産された小銃や大砲、車両などの兵器で日夜鍛錬を行っている。

 なお、空軍に関しては陸上向け飛行機が現在製造中のため、主に陸揚げした空母艦載機を用いて訓練している状態だった。

 艦載機に関しても既に工場が建てられており、烈風と流星の量産は始まっているため、使用頻度が高まっても問題はない。

 そんなヒロセ・タケオの強気な言葉を聞いた明治天皇は、これまた強い意志を宿した目を見せた。

 ヒロセの言葉は強気ではあるが、決して相手を侮ってのものではない。ただ偏に、自国を犯さんとする魔の手に対して断固たる態度をとると決めた男の言葉であった。

「関税を上げるという話だけならば多少の無理は応じないでもなかったが、まさか我が娘を差し出せとは……国交断絶に宣戦布告も、やむを得ないようだな。まさかトールンボ王がこれほどに暗愚かつ傲慢だったとは……」

 そして明治天皇は旭日の方を見て『旭日よ』と問いかけた。

「この度の戦、勝てるか?」

 旭日もまた、強い意志を眼差しに宿して明治天皇に答える。

「勝てます。いいえ、なにがなくとも勝ちます。短期決戦で一気に勝負をつけ、我が国を舐め腐ったことを後悔させてやる所存であります」

 旭日の堂々たる言い方に、その場の全員も思わず頼もしそうに見るのだった。

「頼んだぞ、旭日よ。我が国と……我が娘を、守ってほしい」

「ははっ!」

 こうして、大蔵旭日は転生後に初めて、国家間の戦争に巻き込まれることになるのだった。

次回は8月の26日に投稿しようと思います。

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