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1年後

今月の投稿になります。

居着いてから1年。いよいよきな臭いことになりそうです……

 旭日たち大蔵艦隊が大日本皇国に流れ着いてから、あっという間に1年の月日が流れた。

 その間の旭日は文字通り東奔西走の忙しさで、現代人も驚きのわずか3カ月で稼働を開始した造船所(ただし機器の設置と電力装置の接続、最低限雨風をしのげる屋根壁ができたというだけで、あとは稼働させながら工事を進めるという荒業を使った)の視察や、あきつ丸や熊野丸、それに陸軍の人たちを中心に始まった陸軍兵士たちの訓練の様子など、本来艦隊司令の彼が見るものではない部分まで駆り出されていた。

 自身は軍人としての訓練をほとんど積んでいないにもかかわらず、月月火水木金金状態を味わう羽目になっていた。

 だが、その中で嬉しかったこともたくさんあった。

 例えば、大日本皇国の近代軍艦1号である『松型駆逐艦』の就役だった。

 ブロック工法に電気溶接を用いたこと、さらに現地の日本人に教導したことによって、当時の大日本帝国が5カ月かかっていたところを、教導しつつの人海戦術もあり3カ月半で1隻が進水した。

 名前は先人に倣い『松』を1番とした。

 多数造る予定だったのであまり複雑なモノにはできなかったというのもあるが、松竹梅と続くので縁起が良かったというのもある。

 既に1年が経過していることもあり、2番艦の『竹』が就役し、日夜訓練に勤しんで練度の向上に努めている。

 ただし、この『松型駆逐艦』は末期状態で余裕のなかった史実とは異なり、排水量の近い駆逐艦と同じ水準の高馬力主機関を搭載したことにより、速力を35ノットまで出せるようにしてある。

 最初は『初めての近代軍艦だし沿岸警備も兼ねるから27ノットのままでもいいかな……』なんて考えていたのだが、やはり空母に随伴できるくらいの速力は欲しいと思ったので、主機関の大幅な変更を決定したのだ。

 また、西部港湾都市であるナゴヤでも『秋月型駆逐艦』が1隻就役していた。

 これに関しては史実と同じ強力な対空性能を発揮するように想定しているのだが、末期の日本は高射装置が不足したという話を旭日は知っていた。

 そのため、そうならないように後の分も含めて『あらかじめ』高射装置や射撃用対空電探を量産して備えておくという手法を旭日はとらせたのだ。

 そこ、なにか違うとか言わない。

 また、もう間もなく装備を日本風にしたアラスカ級大型巡洋艦とシャルンホルスト級戦艦を掛け合わせたような存在……ネーミングは日本風にした巡洋戦艦も1隻が就役する予定だが、こちらは流石に時間がかかっている。

 巡洋戦艦とはいえ、主砲も大幅にグレードアップさせる予定もあって、排水量と船体比、さらに機関出力などの計算もあってかなり苦戦しているというのが現状である。

 だが、旭日としても高速で航行できる戦艦という存在には強い魅力を感じており、それでいて近代艦同士の艦隊決戦には使用できないことも承知の上で作らせていた。

 どちらかといえば、いずれ起こり得るであろう通商破壊及び船団護衛に使えて、ある程度対地攻撃能力を持てればいいと思っているのである。

 そもそも太平洋戦争において艦隊戦の主役となるのは空母艦載機と小回りの利く駆逐艦、そして潜水艦であることも重々承知している。

 だが、大型艦を作る技術と大口径砲の迫力、威圧感、そして攻撃力にも捨てがたい部分があるのだ。

 まだ航空戦力の保有する攻撃力が未熟なこの世界であれば、戦艦も十分な力を発揮できると考えているのである。

 また、技術者たちと明石、夕張の2人を中心に『明夕工廠』を立ち上げており、新たな技術の開発に日夜勤しんでいる。

 なお、現在は陸上戦闘機と、地上配備型の対空高射砲の開発をさせている。

 旭日の今の理想は、『五式一五糎高射砲』や、近代的なジェット戦闘機を大々的に作ることだ。



「ホント、この1年色々あったよなぁ」

「アサヒ様、そのいい方は少々年寄り臭く聞こえてしまいますよ」

 季節は巡り巡って春。

 気温は約21度と、大変温暖で過ごしやすい温度である。

 そんな過ごしやすい季節の日差しを浴びながら、旭日は自分のためにと造られた屋敷のテラスでお茶を飲んでいた。

 はっきり言って、見た目は昭和の、太平洋戦争時の鎮守府そのものである。

 内装は少し昭和の後期(具体的には昭和50年代後半)になるようになんとか工夫したが、技術格差はどうにもならないため、並んでいる道具のほとんどは昭和初期のモノばかりだ。

 そんな旭日の隣では、エリナが旭日同様にお茶(今回は緑茶)をすすっている。

 エリナは東奔西走する旭日に付き添い、自国が目覚ましい勢いで発展を遂げる姿をずっと見続けていた。

 旭日が文字通り、必死に自分の理想の全てを成功させようとしている姿は、エリナにとっても眩しく見えた。

 『自分にできることを全力でこなす』と言えば単純かもしれないが、それができる人間というのは意外と少ない。

 旭日は元々『自分のやりたいことは全力でやる』という主義だったこともあり、やりたいことをやる、となれば周りの人間がドン引きするくらいに熱意を込めて没頭していた。

 故に彼は周囲から『オタク』呼ばわりされていてあまり交友もなかったのだが、そんなことを本人があまり気にしないくらいに熱中するのだった。

 彼の熱意を前世の時にいい意味で理解して、しかも応援してまでいたのと言えば、家族である姉の撫子くらいだっただろう。

 少なくとも、それまでの学友や周囲の同僚の中に、彼を理解できる人はほとんど存在しなかった。

 だが、この世界では扶桑たち艦長娘に加えて、エリナもそんな彼のことを好ましく思っていた。

 陰では明治天皇も彼のことをかなり支援しているようで、急速に発言力を増している旭日を疎ましく思った者たちが次々と失脚・暗殺されていったのは、明治天皇の差し金とも言われている。

 港湾部を中心に車両工場や航空機工場、さらに民生品関連の工場なども建設され、既に稼働を始めている。

 この国は、発展を続ける港湾部が昭和初期、首都であるアシタカノウミを含めた内陸部が明治時代後期という、微妙なところに差し掛かっている。

 もっとも、元々鉄道網が整備されていたこともあって部品や原料の輸送は旭日が最初に考えていたよりは非常に楽だったのがせめてもの救いだったが……。



 そんな形で、大変な状態ながらも平和を享受しつつ、国を大きく発展させつつある大日本皇国だったが、そんな彼らの国から西へ300km離れたところに、非常に巨大な大陸が存在した。

 ユーラシア大陸の中国とインドを足したくらいの面積(ただし横にではなく縦に)を持つ大陸で、この世界では第3世界大陸と呼ばれている。

 その中でも赤道に『それなりに』近い位置(地球で言うと中国南部~ベトナム及びインドくらいの緯度・経度)に、大日本皇国を睨むような形で存在する湾岸国家が存在する。

 その国の名前はオルファスター王国。

 大日本皇国に比べるとかなり小さい、朝鮮半島より一回り小さな国土に、1年前の日本と同じくらいの国力を持つ大陸沿岸部の国家で、第3世界大陸の列強国・ヴェルモント皇国の保護国でもある。

 首都は港湾部から50km内陸にある王都インカラ。さらに東部の港湾都市ササンテという、同水準の国家群の中では最大級の港を持つ。

 王都インカラの見た目は、さながら明朝から清朝に移行する前後の中国の雰囲気に酷似していた。

 大きな町の周囲を高い城壁が囲っており、その城壁の上には魔術刻印を施された大砲がズラリと並んでいる。

 ヴェルモント皇国の保護国という立場から、通常の大陸文明国家よりも、遥かに整った装備を揃えているのである。

 そんな王都インカラのコウルペ城において、オーク族のでっぷりした男が部下からの報告に耳を傾けていた。

 誰あろう、この人物こそがオルファスター王国国王のオルファスター15世こと、トールンボ・オルファスターである。

「にゃぷぅ?日本が随分景気がいいにゃとぉ?」

 この世界では大日本皇国は略して日本と呼ばれているため、旭日たちはもちろんだが、多くの人間が普通に日本と呼んでいる。

 そもそも転生者も多いため、彼らの呼称が定着していたという一面もある。

 報告している犬耳の男はひざまずきながらその内容を報告する。

「第一に、物価が大幅に上がりつつあります。これは今までの日本からは考えられないことです」

 技術が発展すれば、当然国家の定める貨幣価値も国際的に上昇する。

 そうなれば、必然的に物価が上昇するのだ。

「第二に、今までに見ないほどの大きな軍艦を就役させていました。軍も規模を拡大しつつあるようで、志願者も増えているとのことです」

 この場合の大型軍艦とは、『松型駆逐艦』のことである。

 大日本皇国は元々3千万人という人口を、旧世界の日本より遥かに広い国土で抱えていたため、食料を含めた資源には余裕がある。

 そのため、国内で消費する分に関してではあるが、各種資源は意外と安く提供できることもあり、軍拡も旭日の想像以上にスムーズに進んだ。

 今後は人口増加政策も掲げるつもりらしく、旭日は少なくとも5千万人から6千万人に人口を増やしたいと考えていた。

 日本の試算では人口が倍になったとしても、『輸出する分を減らせば』の話だが、国民が飢えることはないだろうという予測が出ている。

 逆に生産に関しても現状に甘んじることがないように、機械や車両の導入を進めさせることで農業の効率化も図っている。

 機械化・電子化は太平洋戦争時の日本が直面した大きな問題だったため、その発達には旭日も苦心しているのだ。

「にゃんとも妙な話だにゃあ……あぁ、おい、最近の我が国との貿易はどうなっていたにゃもか?」

 ちなみにこのトールンボ・オルファスターの話し方が普通の人間と違うように聞こえるのは、オーク族としてもかなりの太りすぎからくるものである。

 はっきり言って、玉座がから動いていることの方が珍しいと言われるほどに。

 おまけにそれでいてオーク族特有のスケベさも併せ持っているため、夜になると普段の動かなさが嘘のように『動き回る』のだから大変にタチが悪い。

「そ、それが……日本の物価が上昇したことにより、我が国の貿易に関する収益については赤字修正が必要になりそうで……」

「にゃんと!?」

 というか、それを部下から報告されるまで気づかない辺り、ハッキリ言って暗君と言わざるを得ない男である。

「グヌヌ……国力はそれなりにあるとはいえ、大陸群に属さない蛮族の分際で生意気にゃもね~……よし。決めたにゃも」

「は?な、なにをでありましょうか?」

 男は冷や汗を流しながらトールンボの言葉を待つ。

 トールンボはその性分と自国が列強国の筆頭保護国であるという自負からか、短絡的に政策を決定することも多いので、大体それで下の者ほど割を食うようになっている。

 スピーディーといえばカッコいいが、それに付き合わされる下っ端共は溜まったものではない、というのが多くの者たちの本音でもある。

 トップダウンという政治体系は、織田信長や徳川家康のように首脳部が優秀であってこそ力を発揮できるものなのである。

 今回もそうなるのではないかと内心嫌な予感がしているのだ。

「日本に対して関税の改正を要求するにゃも。あぁついでに……我がオルファスター王国が列強国たるヴェルモント皇国の第一保護国であるという『大事な』事実を突きつけるため、日本から使節を派遣させるように『要請』するにゃも‼」

 やはり無茶な話であった。

 少なくとも、国家間の話し合いで使節を派遣するように要請することは、その国を遥かに格下の存在と見ているといっていることと同義である。

 過去にはそれで文明圏に属さない島国に脅しをかけたことがあった。

 その国はそれなりに国力があったこともあって、当然の如く『国家の威信をかける』と言って国交断絶を伝えてきたため、オルファスター王国は列強の保護国というアドバンテージを活かし、圧倒的な戦力でその島国を滅ぼし、属国とした。

 ちなみに、そこから吸い上げた利益の6割は宗主国たるヴェルモント皇国へ献上することを忘れていない。

 こういうずる賢い部分だけは発達しているので、より面倒なのである。

「ぷぷぷ……列強の保護国たるこの国の王都を『改めて』見た時の日本人共の顔が楽しみにゃもねぇ……にゃっぷっぷっぷっぷっ!」

「は、はぁ……」

 『もうどうにでもなれ』と言わんばかりに呆れた顔を隠そうともしない従者であった。



 その翌日、旭日は首都アシタカノウミのアヅチ城に呼び出されていた。

 なお、緊急の要件であるということだったので、偵察機であるはずの零式水上偵察機を利用してアヅチ城に直接乗り付けるという荒っぽい手段を取らざるを得なかった。

 旭日は偵察機から桟橋へ降りると、既に周囲が物々しい雰囲気に包まれていることを悟っていた。

「なにがあったんだ?陛下の勅命で緊急招集とはただごとじゃねぇぞ……?」

 青天の霹靂と言っていいほど、あまりに突然のことだったため、操縦を艦長である扶桑に任せなければならなかった。

 別に問題はないのだが、急ぎでなければ機関車で来たのにと若干の不満もある。

 天守閣の頂上階へ向かっていると、首相のイトウ・シュンスケが待っていた。

「おぉ旭日殿。お待ちしてましたぞ。さぁ、早く陛下の御前へ」

 首相自ら出迎えるという時点で『これはまたただごとではなさそうだ』と嫌な予感をさらに強める旭日であった。

 天守閣の帝の間に入ると、なんと明治天皇以外にはエリナしかいなかった。

「おぉ、旭日よ。待っていたぞ」

 明治天皇の表情を見ると、転生者として獣人になったその猫耳が、若干逆立っているように見える。

「陛下、勅命による召集の儀につき、大蔵旭日と扶桑、ただいま参上仕りました」

 旭日と扶桑が素早く頭を下げると、明治天皇は『堅苦しい挨拶はよい』とあっさり流してきた。

 既に1年以上の付き合いになるが、明治天皇は未来の知識を持ちながら出世よりも国を守ることを第一に考えている旭日のことをとても信頼しているらしい。

「お主にも、西にある大陸の交易国家、オルファスター王国のことは話したことがあろう?」

「はっ。国王は愚王なれど、列強の保護国という虎の威を借りる狐の有様ということもあり、国内はそれなりに賑わっていると伺っております」

「そのオルファスターがな、自国の立場を背景に無茶な要請をしてきたのだ。いや、要請というより実質命令だな」

「失礼とは存じますが、書状を拝見してもよろしいでしょうか?」

「うむ、よかろう。これだ」

 旭日は転生特典の1つとしてマギカクロイツの文字が読めるようになっていた。

 そして、明治天皇から受け取った書状を読み進めるうちに顔を曇らせる。

「これは……なんとも無礼千万というほかございませんな」

「朕もそう思う。だがな、だからと言って顔も出さぬのは少々マズいのだ」

「やはり、列強の保護国という点が引っ掛かりますので?」

「うむ」

 明治天皇の顔は苦渋に歪んでおり、明らかに状態が良くないことを示していた。

「我が国の外交官たちは基本的に列強の意に従うタイプばかりなのだ。列強及びその保護国相手でも堂々とした態度を崩さないでいられる強気な者がおらぬ」

「まぁ、これまでの技術力・国力を考慮すれば仕方のないことであると言わざるを得ないかと思います」

 明治天皇は『そこでだ』と続けたことで、旭日の嫌な予感レーダーがビンビンと警告を発したが、言葉を待つほかない。

「お主に使者として、オルファスター王国へ向かってもらいたいのだ」

「心得ました」

 旭日がすぐに返事をしたことで、明治天皇は驚いた表情をしていたが、旭日はこの程度のことを想定できないほど愚かではない。

 というか、自分を呼び出して『オルファスター王国が無茶な要請をしてきた』という話をした時点で、大分怪しんでいた。

「察しまするに、この国の多くの人々より遥かに進んだ価値観と感覚を持つ私に王国を視察させ、それによって王国にどのような態度をとるか決めさせる、といった次第でございましょう」

「……流石だな。その通りだ」

 明治天皇からすれば、『自分は軍人ですので、畑違いの分野でお役に立てるとは思えませんので辞退させていただきたく存じます』くらいは言われるかと思っていたのだが、旭日が予想以上に従順だったので思惑が外れてしまった。

「そういうことであれば、確かに私が適任でしょう。ならば、できる限り相手の能力を見定めてまいります」

「うむ。お主には今回の交渉における全権を預ける。もし可能だと思うならば……国交断絶と、それによる開戦も厭わぬ」

 全権大使に任ずるというところは流石の旭日も驚いた。まだこの国に流れ着いて1年の自分に、そのようなことを任せてよいのか、と。

 それとなく目で窺うと、明治天皇は苦笑いしている。

「どの道、お主に去られれば今の我が国は滅ぶ。たった1年で目覚ましい発展を遂げさせてくれたお主を、そしてなにより、娘が気に入っているお主を、朕は信じたい」

 隣のエリナを見ると、全幅の信頼を置いていると言わんばかりに旭日の方を見るのだった。

「アサヒ様、どうかお願いいたします」

 そんな信頼を受けて黙っていられるほど、旭日は冷徹でもないし気取った男でもない。

 むしろ、可愛い女の子から『お願い』なんて言われれば張り切るタイプである。

「わかりました。私めが相手を見定めてまいります。その代わりと言いますか、軍部は私が帰ってきて結論を出すまでは絶対に抑えておいてください」

「うむ。それについては朕の方でなんとかしよう」

「ありがとうございます。では、直ちに鎮守府へ戻り、出立の準備にかかります」

「これは今後の我が国の行く末もかかわっている……どうか、頼んだぞ」

「ははっ!全身全霊を尽くして事態に当たります‼」

 旭日は立ち上がると、ゆっくりと部屋を出て……出た直後に扶桑と共に素早く走っていくのだった。

「お父様……」

「案ずるな、エリナ。彼ならば……我が知識より100年近く進んだ時代を見ていた彼ならば、なんとかしてくれる」

 明治天皇は不安な己に言い聞かせるように、娘の肩を抱きしめるのだった。



 その後旭日は1時間足らずで自分の屋敷に戻ると、艦長娘たちを緊急招集した。

 香取たちのように訓練中の者も多かったため、全員が集合したのはさらに1時間後になってしまったが、贅沢は言えない。

「皆、集まったな?」

 そこには、敷設艦である津軽や、直接戦闘する船ではない明石や間宮もいる。

 旭日は挨拶もそこそこに明治天皇から伝えられたことを話すと、皆一様に驚いた顔をしていた。

 ブスッとした表情で北上が呟いた。

「まるで、アメリカのハル・ノートですね」

「要請と銘打たれている時点であれよりは若干マシな気がしないでもないがな」

 旭日の皮肉そうな言い方に、扶桑や山城、北上や大井などの大正から昭和初期に建造された艦の化身たちは苦笑していた。

 雲龍や大鳳など、他の面々は建造された年代的にハル・ノート自体があまりわからないらしく、首を傾げている。

「まぁ、そんな文書に返答しなければいけないので、扶桑と大鳳には俺の秘書として付いて来てもらいたいわけだ」

「司令、送迎はどうするんでしょう!」

 阿賀野の質問に『そこなんだ』と旭日は難しそうな顔をした。

「戦艦なんかでいけば『すわ開戦か』という威圧感を与える。しかし、武装の少ない船でいけば舐められるだろう。どちらも望ましくない話だ」

「では、巡洋艦たる我々はどうでしょう!」

 阿賀野に続くように能代や矢矧が『うんうん』と頷く。もっとも、船だったころは引きこもりにならざるを得なかった酒匂は面倒くさそうな顔をしていたが。

「そこなんだ。だが厄介なことに、戦艦でないとは言っても、江戸時代初期から中期基準では、阿賀野型もかなり勇壮な見た目をしている。そんなデカい船が入ってくれば、面倒は間違いない。というかそもそも、入れるかわからん」

 江戸時代に近い水準だとすれば、港に入れるとしても、阿賀野型より喫水の浅い船……できれば駆逐艦クラスか、練習巡洋艦の方が望ましいだろう。

「では、どの船に?」

「そこでだ。香取と鹿島はこの後もうしばらく訓練の日々だったはずだ。だが、香椎は1週間後にドック入りを控えているため、予定を開けてある。そこで、今回の送迎は香椎に頼みたい」

 転生特典にもらった艦隊であるとはいえ、現実世界に存在する船である以上はドック入りして点検や補修・整備は当然必要である。

 なので旭日は造船所と整備用のドックを急いで作らせていたわけだったのだが、その認識のおかげでわずか2カ月半という短い期間でドックは完成し、完成までに最低限のことを教導されていた現地スタッフと共に空母と戦艦を優先的に整備していた。

 入渠していない間の他の艦は最低限の整備と補修で限界だったが。

 そんな中、香取と鹿島もつい先日ドックから出てきたばかりだったのだが、香椎がそんな中でドック入りを待つ状態だったのだ。

「わかりました。司令との逢引……ではなく船旅、楽しませていただきます」

「言っとくけど、扶桑と大鳳を補佐に連れて行くから、お前1人だけとはあまりイチャイチャできないぞ」

 香椎の悪戯っぽい言い方に対して旭日が釘を刺すと、『分かってますよ』と言わんばかりにてへぺろするのだった。

 間違いなく確信犯である。

「まぁ冗談はさておき、香取型のサイズならある程度の船が入る港ならどうにかなるだろうし、威圧感も『さほどでは』ないだろうからな。皆は悪いが、第2種戦闘配置の状態で待機していてくれ。特に、偵察機の飛行は忘れずにな」

 既に完成している飛行場では、新たに設立された陸軍飛行隊が空母艦載機を借りて日夜訓練を行っているが、現在夕張と明石、そして技術者たちの研究によって陸上運用する戦闘機として様々な飛行機の研究が進められている。

 その中には、大戦末期に研究されていたジェット機に関するモノもある。

 工作艦である明石や特設輸送船の中に様々な設計図がある上に、前世界で開発を手掛けた技術者も特設輸送船に乗っているという形の転生特典で付いてきたため、旭日の想像よりはスムーズに開発が進んでいる。

 しかし、それでも諸々の実用化にはもう少しばかりかかるのではないかという予測が立っていた。

 それでもやらせているのは、なにはなくとも技術の進歩が必要だと判断したからである。

 さらに旭日は津軽の方を見る。

「津軽には悪いが、駆逐艦たちの指揮を執ってもらいたい。お前は元々敷設艦であると同時に海防任務にも就いていた艦だからな。頼めるか?」

「心得ました。不埒な者は1隻たりとも寄せ付けません」

 その次は香取と鹿島の顔を見る。

「2人は『松』、『竹』、そして『秋月』の練度向上に努めて欲しい。もしこのまま開戦、なんてことになれば、現有戦力で防衛は可能だろうが、相手に戦争を止めさせるために攻め込むのは難しいからな」

「技術格差があっても、ですか?」

「相手にも火縄銃くらいはあるだろうし、1年前までの日本に近い水準を持っているというのなら、炸裂するかどうかは分からないが大砲もあるだろう。だとすれば街中などでゲリラ戦に持ち込まれれば、銃砲戦においてこちらにも少なくない犠牲を強いられることになる可能性が大いに高い。それも考慮するとな……」

「なるほど。わかりました」

 次はあきつ丸と熊野丸である。

「そんなわけだから、2人と陸軍幹部には市街地においてゲリラ戦を仕掛けられた場合はどのように対処するべきか、ある程度でいい。マニュアル化しておいてほしい」

 陸軍関係者は特設艦船に乗船していた人物だけで3万人を超えている。

 その大半は今回防衛に充てるつもりだ。

「場合によってはだが、地雷みたいな兵器を使ってくる可能性もあるから、戦車も一応油断はできない」

「地雷、でありますか?」

「失礼ながら、1年前の日本とほぼ同水準だという国が地雷を持っているとは考えにくいのですが……」

 2人の意見に『そう思うだろうが』と旭日はさらに付け加えた。

「日本ですら、戦国時代には忍び道具の1つとして埋め火と呼ばれる原始的な地雷が存在したんだ。オルファスター王国という国は、戦国時代から江戸時代前後の中国や韓国に似た設計思想を持っているらしいから、火薬か、それに類する魔法の使い方に長けていても不思議じゃない」

 実際、地球基準で中国は日本で言う鎌倉時代前後には火薬を戦闘向けに扱う術を理解していた。

 いい例は元寇の際に元軍が用いた『てつはう(いわゆる手榴弾に近い)』であろう。

 あれの放つ轟音に、鎌倉時代の侍や馬たちは大層驚いたという話が残っている。

 もっと突き詰めれば、そもそも紀元前には中国で火薬そのものが登場しているのだ。油断はしない方がいいと旭日は釘を刺しているのである。

「まぁ、装甲貫徹能力が皆無に等しいから、装甲車くらいならともかく、戦車の底を抜けるとは思えないが……それでも、戦場に絶対はない。何事も、油断せずにとれる対策は取っておくべきだ」

「そういうことでありましたか」

「心得ました。取れる限りの対策を講じておきます」

「ま、そういうことだから、出発は2日後。皆よろしく頼むぞ」

 全員立ち上がると、敬礼しながら『了解です!』と挨拶してこの場は締めた。

今回のトールンボ・オルファスターのキャラは……まぁ、誰をモデルにしたかは口調ですぐ分かる人の方が多いでしょうね(笑)

次回は6月の24日に投稿しようと思います。

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