工場建設
今月の投稿になります。
いよいよ旭日の野望が動き出す……かも。
港湾奉行ソデシタ・スキヨシを闇に葬った旭日は、天皇の許可を得てソデシタ及びワイロン商会の保有していた様々な土地を視察していた。
あの時代劇紛いのチャンバラから既に1週間が経過していたが、その頃には予定されていた土地が全て更地になってしまっていた。
旭日と扶桑は唖然としながら、1週間前に大立ち回りを演じたはずの場所を見ていた。
「……いやどんな魔法使ったんだよ」
「そう言いたくなってしまいますね……まさかこの世界の日本国が、これほどまでに仕事が早いとは思いませんでした」
「まぁ、トップが文字通り国家存亡の危機をかけたといっても過言じゃない激動の時代を生き抜いた御方だからなぁ……トップダウンでやるべきことは急いでやる、が主義なのかもしれないな」
とはいえ、その土地は面積の合計で言えば東京都の4分の1近く(この場合は23区に加えて多摩区なども含む)が確保できている、と言えば『それなり』に広大であることがうかがえる。
特に、御用商人取り消しの上、お家お取り潰しになったワイロン商会が保有していた商品生産のための工場及びドゲンザ個人の別宅や妾を囲っていた妾宅などを含めた土地がかなり広大であった。
既に旭日は工兵隊の一部と港湾都市キイに住む建築家や左官たちに指示を出して、ワイロン商会の跡地に自分たちが居住できる大きな屋敷を建築することを計画していた。
なにせ、数十人が住む家にして軍務を行うための場所とする必要があるため、広大な土地としっかりした地盤が必要だった。
その点、暴利を貪っていたとはいえ、ワイロン商会の跡地は正にその条件を満たすに相応しかったのである。
「それにしても、色んな人が集まってきてるな。明らかに日本出身じゃなさそうな服装の人もいるけど」
旭日の目の前では、石材を加工しているドワーフ族や獣人族、オーガ族の屈強そうな男たちの姿があった。
彼らの格好や顔立ちは日本人というよりは、古い東南アジア系の人に近い。
彼らは大日本皇国から見て東にある島嶼国家群から出稼ぎに来ている人たちらしく、今回旭日たちの保有している『昭和時代』の建築方法を伝授する、と伝えたところ、たちまち5千人を超える人が集まったのである。
元々旭日の大蔵艦隊が連れてきていた職人や技術者、さらに資源も含めてそれだけでは色々限りがあったので、これは嬉しい誤算だった。
しかも、必要になるだろうと考えられていた資材の多くは、明治天皇が20年以上前から備蓄を続けていたものを使わせてもらっている。
なんでも、明治天皇には以前に神託があったらしく、それを受けて鋼材を含めた様々な資源を備蓄していたのだという。
コンクリート精製用の資材も蓄えられており、その量には驚かされていた。
おかげで資材の手配は楽なので旭日は助かっていたが。
明治天皇は明治時代、激動の日露戦争を経験しているからか、コンクリートの重要性も理解していたのだろう。
明治天皇は旭日のためにと色々骨を折ってくれているらしい。
もちろん、これを快く思わない者も多く現れるだろうと予測できるため、態度には十分注意しなければなるまい。
「で、川辺の土地に工場を建設するとのことですが……司令はまずはなにを造られるおつもりなのですか?」
「そうだなぁ……弾薬の共通化、ってところが重要なんで、まずは歩兵用に『九九式小銃』と『九〇式野砲』の生産からかな?」
どちらも昭和の日本が作り出した、近代兵器(ただし九九式小銃は三八式歩兵銃のアップデート版みたいな存在で、口径こそ7.7mmに増大しているが、やはりボルトアクション式のライフル)である。
強いて言うと、『九〇式野砲』はフランスのシュナイダー社の75mm砲を技術導入して作ったモノなので、純粋な国産とは言い難いのだが、それはツッコまない方向性で1つ。
それでも『九〇式野砲』は後にチヌたんこと『三式中戦車』の主砲に転用されるなど、当時としては信頼性の高い大砲でもあった。
他にも、『四式中戦車』の量産や『九九式軽機関銃』の開発、そして巨大な造船所とドックの建造もさせるつもりであった。
というか、しばらく休めそうにないほどに忙しくなりそうな予感がひしひしと伝わってくる計画である。
しかし、旭日の目は輝いていた。軍艦オタクにしてミリタリーオタクである旭日からすれば、自分の思う通りに動いてくれる軍隊というのはとてつもない魅力にあふれている。
だが、それと同時に改めて思い直すのは、自分の肩に何万人を超える人間の命がかかっている、ということである。
ついこの間の海賊との戦いでも、メルフィット・ザンドラの攻撃によって貴重な烈風が1機撃ち落とされてしまった。
幸い搭乗員は無事だったので、工場が建設できて稼働を始めれば十分回復できるレベルの損害だったが、そもそも論の話、万が一を考慮して大鳳を連れて行っていなかったらと思うと、今でも冷や汗がドッと溢れてくる旭日である。
なお、そんな海賊の島で預けられたメルフィットの卵はといえば、現在アヅチ城の最奥で保管されている。
アヅチ城は島国としてはとても広い大日本皇国の中でも、特に精霊の加護が強い場所に建てられており、魔力も豊富なので龍種の卵を活性化させるにはいいのだと明治天皇から教えられていた。
「問題は、工業や燃料の精製によって生じる汚水や煤煙をどう処理するかってところなんだよなぁ……もうすぐエリィが来て解決策を教えてくれるって言うけど、魔法でどうにかするのかな?」
「浄化の魔法でもあるのでしょうか?」
実際、工業排水というのは非常に大きな問題である。現代でこそ浄水技術が大きく向上していることで自然環境への負担を大きく減らすことができているが、黎明期と言っていい明治時代などは正に酷かった。
『足尾銅山事件』と言えば、詳しい人ならばすぐにわかるだろう。
それ以外にも工場から出る煤煙も大きな問題である。これで空が曇る、あるいは煤で真っ黒になってしまえば、人々の健康問題に直結する。
昭和時代には『四日市ぜんそく』のような煤煙公害も発生していた。
特に旭日は、かつて姉の撫子が小児ぜんそくで苦しんだ姿を見たことがあるため、その点はなんとしてでも解決したかった。
それからしばらくして、エリナが侍従らしき侍を何人かつれて現れた。
どの人物もエルフやダークエルフ、さらに小柄なフェアリーらしき人も見受けられるが、腰にはきっちり日本刀と脇差らしきものをさしている。
「(腰に刀こそ差しているが……むしろ魔法の強そうな面々だな。魔法武士、とでも言うべき立場なのか?)」
もしかしたら、日本風の剣術に魔法を混ぜ合わせて戦うのかもしれないと思うと、かなりの脅威な気がする旭日だった。
「お待たせしました、アサヒ様。遅くなって申し訳ありません。お父様がどうしても今度は護衛を連れて行け、というので……」
「今まで護衛なしで抜け出してばかりだったからそんなこと言われるんですよ。自業自得ってやつです」
旭日はエリナと出会ってまだそれほど経過しているわけではない(というか艦隊の面々を含めてまだ日はかなり浅い)が、すっかり親しげに会話できるようになっていた。
エリナの雰囲気なのだろうか、高貴ではあるのだが親しみを持たせてくれるのである。
そんな彼女のことを理解しているからか、後ろの従者たちも、扶桑でさえ苦笑いを浮かべている。
「もう、アサヒ様の意地悪」
エリナは少し頬を膨らませるが、そんな仕草も可愛らしく見える。
「あ、それはさておき……汚水の浄化方法と煤煙の浄化方法についてなんですが……本当に解決できるんですか?」
「はい。水に関しては『毒薬の精霊』に願えば問題ありません」
「毒薬の精霊、ですか?」
「はい。『毒と薬は表裏一体』とよく言いますが、毒も薬も、あくまで我々人類にとって有用な効力を及ぼすかそうでないか、という違いしかありません」
「それは……確かに」
旧世界で処方されていた薬も、用法・用量を間違えれば副作用及び過剰作用で死に至る危険があった。
逆に、毒から生まれた薬というのも少なくない。いい例はチョウセンアサガガオから生まれた麻酔薬であろう。
「なので、毒と薬は一つの存在として精霊がまとめているのです」
「なるほど、そういうことか。それなら納得がいく」
「毒薬の精霊は、水の中に含まれる『生き物に有害なもの』を魔力に変換して空中に放出してくれるんです。ちゃんとお願いをすれば、環境汚染などの心配はいりませんよ」
「それなんてチート?」
旭日はもちろんだが、扶桑も『えぇ~……』と呆れている。
「それに、煙の精霊に頼めば、工場の排煙もキレイにしてくれますよ?」
「ほ、本当ですか!?」
扶桑が珍しく興奮した声を上げているが、軍艦も煙突の排煙とそれによる被害とは無縁ではない。
特に、『扶桑型戦艦』の山城はその構造物の都合上、排煙が艦橋に逆流するという致命的な欠点があったことから、問題解決には悩まされたのである。
ちなみに、先の海賊退治の際に旭日は山城の艦橋に乗っている間、マスクとゴーグルで『どうにか』した。
「はい。アイゼンガイスト帝国でも魔導工学における工業化を進めた際に同じ問題が発生したそうですが、精霊に祈りを捧げることで解決したそうです」
「はぁ~……世界最強と言われる国も精霊の前では形無しか……」
この世界では日本とアイゼンガイストという国だけが精霊の加護を受けているらしく、他の国は空中に存在する魔素を練りこんでから魔法を発動しないといけないため、発動速度に差が出てしまうのだという。
「なんで他の国は精霊信仰を捨ててしまったんですか?」
「簡単です。『ヒトこそこの世の頂点』と驕り高ぶってしまったため、精霊たちが愛想を尽くしてしまったんです」
「よくある話と言えばそこまでだが……そりゃそうか」
物語ではよくある話である。人間はどうしても傲慢になりがちで、すぐに自然というものを軽んじる悪癖がある。
日本からすると自然はもちろん、この世の全てが神様(八百万の神々)、という考え方なので、キリスト教やイスラム教などの様々な宗教が広まった今でも神道として『それなりに』感覚としては残っている。
それ故、かはわからないが、日本人は基本的に『悪魔』のような概念がない。海外において宗教上の悪い存在であろうとも、日本人からすれば『怖い神様が怒っているのだから、供え物をして鎮まってもらおう』という考えに至る。
だからこそ、悪魔だろうが邪神だろうがクトゥルフ神話のSAN値が削られるような這いよる混沌でさえも萌えキャラ化してしまうような図太さも持ち合わせているのだが。
「他の国々では基本的に『人間主義』と言って、ヒト種を含めたヒト型種族こそが至高の存在、という考え方が根強いんです。そのせいか、多くの国が傲慢になりつつありまして……ただ、文明に属さない弱小国などは我が国ほどではありませんが、わずかに精霊の加護がありますので、精霊の信仰が残っているのです」
「弱小国だからこそ、自然を敬い、崇めることを忘れていないんだな」
自然や宗教的構造物を大切にする心は現代日本の都心部などではだいぶん廃れているような気がしなくもないが、日本人の行動の端々に今でも残っているモノはある。
「だとすれば……そういった島嶼国家を仲間として取り込めれば大きな共同体、同盟国家群として形成すれば……それも面白いかもな」
旭日はこの時既に頭の中である計画を練り始めているのだが、それはまだ誰も知らないことである。
「他にはなにか必要な精霊はいますか?なるべく多くの精霊に声をかけようとは思っていますが……」
「そうだな……俺たちが運用している飛行機のように、風を捉えて空へと舞い上がる存在の補助になるようなものがあると助かるんだけど……」
「でしたら、そちらも風の精霊が役に立つと思います。精霊の起こす風はとても強力ですので、ご期待に応えられるのではないかと思います」
空母から発艦する際、転生した今でこそ空母に油圧式カタパルトが完備されているが、向かい風があるに越したことはない。
「港湾部を開発するのに、水深を掘り下げる必要もあるんだけど……それもなんとかなるかな?」
この場合の港湾は第二次大戦水準の軍艦や特設輸送船が多数停泊できる港湾都市キイではなく、北部港湾都市オオミナト、東部港湾都市オオアライ、そして西部港湾都市のナゴヤである。
名前の由来は恐らく、『大湊』、『大洗』、そして九州で豊臣秀吉が建築した『名護屋城』であろう。
「そちらならば水と土、それに重力の精霊もお役に立てると思います」
重力の精霊までいるとは、もはやなんでもありのようだ。
いや、精霊という存在が日本の『八百万の神々』に近いものなのだとすれば、むしろ無限の可能性があってもおかしくはないのだが。
それにしても重力の精霊がいるというのは驚きである。
「いやぁ……これはまさに精霊様様ですね。こちらも失礼のないようにしなければ……」
「失礼のないように、とは言いますけど、精霊は基本的に友好的です。ただ、傲慢さをなによりも嫌うので、そこだけは十分注意してください」
実を言うと、ソデシタたちのような悪人でさえ精霊信仰に対してはとてもうるさい一面がある。悪いことをしている自覚があるからこそ、精霊に罰せられたくないと思っているのかもしれない。
「どれほどいいことがあっても、心の片隅にそれを留め置くとしましょう」
だが、逆に言えばそれで精霊の加護を受けられるならいくらでも謙虚になるつもりの旭日である。
慢心、ダメ、ゼッタイ。
「ですが、港湾開発については一番賑やかなキイだけではダメなのですか?」
「そうですね。旧世界の我が国もそうでしたけど、軍港はできれば4つ、我が国は島国で特殊な形状であることを考慮すると5つ存在するといいですね」
実際、日本の大きな軍港はと言えば横須賀、呉、長崎、舞鶴の4つで、そこに規模は小さいものの大湊の基地が加わる形だ。
さらに対潜哨戒機を中心とした航空基地も含めれば、その数は全国多数に渡る。
「なるほど……港湾部を重点的に開発することで、経済活動の発展を促すわけですね。いい考えだと思います」
「というか、天皇陛下がとっくに手を付けてらっしゃるかと思いましたよ」
「それが……精霊様の加護があるとはいえ、全てを頼り切るわけにはいかなかったものですから……あと、人手と技術とお金が……」
いくら資材をコツコツ備蓄していたとはいえ、金や人手はそうもいかなかったらしい。
「どこも世知辛いな……」
旭日たちは自分たちの館が建つことになるであろう場所を離れると、大きな広場へと向かった。
そこでは、旧日本軍の軍服に身を包んだ男たちが、侍姿の人々に銃の持ち方とボルトアクションの使い方を教えているところであった。
転生者もいるからか、割と銃の構え方も様になっている。
「おぉ、艦隊司令‼お疲れ様であります‼」
「どうですか、軍曹殿。具合は?」
軍曹と呼ばれた男は屈強そうな顔をニッ、と笑顔で歪めると、嬉しそうに話しだした。
「大したもんです!元々火縄銃があるからか『銃の構え方』はかなり様になっています。ただ、銃剣をつけて突撃が可能というところは驚かれましたが」
「まだ訓練を始めて5日だったか?」
「ですが、これはもはや習得しましたぞ‼」
どうやら、なにか重要な技を覚えたらしい。
「よし。エリナ殿下もいらっしゃるんだ。是非見せてくれ」
「心得ました‼」
軍曹は男たちに向き直った。
「総員、付け剣!」
男たちが慣れた動作で銃剣を装着していく。その姿は、まるで元々そういう存在だったのではないかと思わせるほどに洗練されていた。
「総員、死に方用意‼」
男たちは九九式小銃を槍のように構える。そこから漂う気迫は、先ほどまでの訓練とは比較にならないほどのものだった。
「すごい気迫です……」
「待てよ。まさか……」
エリナは息を呑み、旭日は嫌な予感に包まれる。
そして、軍曹が日本刀を引き抜きながら町中に聞こえるほどの大声で叫んだ。
「突撃いいいぃぃぃぃぃっ‼」
男たちも軍曹の声が響いた瞬間に『クワッ』と目を見開くと、勢いよく駆け出した。
そして……
「「「天皇陛下、バンザアアアァァァァイ‼」」」
男たちは力いっぱいに叫びながら、素早く銃剣を的の藁人形のあちこちに突き刺していくのだった。
しかも、首や心臓、顔面などの急所ばかりである。
「……よりによって最初に万歳突撃教えるか……」
旭日はある意味最大とも言える日本面を目の当たりにし頭を抱えていたが、軍曹は『なにを仰います‼』と異を唱えていた。
「陛下への敬愛の念を込めて突撃を敢行する‼これなくして帝国軍人を名乗る資格はありませんぞぉ‼」
「や、それはわかるんだけどね……」
「なにより!」
その時軍曹が見せた顔は、今までの鬼気迫るものとは違い、どこか切なく、哀愁が漂っていた。
「己の母国とその君主を愛せないようでは、国民たる資格はないと愚考します‼」
その言葉は、旭日の胸に強く響いた。
旭日は別に右翼とかそういうタイプではなく、純粋なオタクだ。
だが、それだけにそんな存在が許容される土壌を作り出し、色々な形で官民ともに楽しめる日本という国を心から愛していた。
愛国心を馬鹿にする気はない。むしろ、旭日自身は日本に対する深い愛国心のある男であった。
なので、軍曹が最後に見せたその顔にはむしろ同意できてしまうのだった。
「そうだな」
旭日はポツリと呟くと、大きく息を吸い込んだ。
「大日本皇国、バンザアアアアアァァァァイ‼」
ビリビリと広場はおろか、街中に響いた声に、思わずエリナや扶桑を含めた面々がビクリと肩を震わせたのだった。
「し、司令?」
「アサヒ様!?」
扶桑もエリナも突然のことに驚いたらしく、未だに旭日のことをポカンとした表情で見つめている。
旭日は全力で叫んだことで若干息切れを起こしていたが、呼吸を整えるとすぐに皆の方に向き直った。
「旧世界じゃ、こんなこと叫んだら頭がおかしくなっただとか、この戦争論者とか言われることは間違いなかっただろうな。だが、この世界では違う。力こそが正義であり、弱者は強者に食われるしかない弱肉強食の世界であるならば、自分たちを守れるだけの力が必要なのは道理‼」
旭日の目は、今までにない強い決意に満ちていた。
「だから、俺はこの『新しい日本』をなんとしてでも守り抜く!それが、今の俺の『やるべきこと』であり、『やりたいこと』だ‼」
しばらくその場はシンと静まり返っていたが、扶桑とエリナがゆっくり拍手し始めると、その拍手が段々と広がっていき、広場中の人が拍手するようになっていたのだった。
その後、旭日たちは現在仮拠点としている旅館に戻っていた。
「いやぁ、スッキリした。あそこまで大声張り上げたのなんて久しぶりだったからな」
「前世の記録を拝見すると、司令は割と物静かでしたからね。歌箱などで景気よく歌うこともあったようでしたが、ほとんど1人だったそうですし」
「歌箱って、カラオケボックスのことか……言い方古いな」
まぁ、扶桑は大正から昭和の前半を生きた存在なので、言い方が古めかしいのはどうしようもない。
そんな旭日はというと、これから夕飯まで近隣の弱小国について、名称と国家規模をエリナから教えてもらう予定であった。
もっとも、弱小国とは言うがその大きさは小さいものでも北海道を一回り大きくしたくらいはあり、大きいものになると朝鮮半島並みの国家もあるので、弱小国と一口にまとめられてはいるが、文字通り『ピンからキリまで』というやつであった。
「我が国より東にある島嶼国家群の中でも、群を抜いて我が国に近いだけの国力を有しているのは、このアルモンド王国ですね」
エリナは広げた地図上の、朝鮮半島並みの大きさを持つ国を指さした。
「この国は我が国同様に鉱山資源が豊富な国でして、良質な鉄鉱石及び鉛鉱石が産出するのです。強国も我が国以外ではアルモンド王国に直接買い付けに行く場合があります」
「では、鉄鋼技術は発達しているんでしょうか?」
扶桑の質問に、『かつての我が国と同程度には』と答えるエリナであった。
最低でも、江戸時代レベルの鍛造技術は保有していると考えるべきだろう。
人口は1千万人いるという。つまり、規模の小さくなった大日本皇国のような国、ということらしい。
「ってことは、少数だろうけど火縄銃や大砲……もとい魔導砲のような火器類を配備している可能性もあるな。この国は最優先で技術協力できれば、今後の兵器生産に対する大きな力になると思う」
旭日が目で促したので、エリナが次を指さした。
「逆に、一番小さな国はこのトンボロ共和国です」
指さしたのは、北海道を一回り大きくした程度くらいの島であった。
「トンボロ共和国は人口わずか20万人で、おまけに精錬技術や造船技術などは我が国と比較すると800年くらい離れています」
要するに、大日本皇国を江戸時代後期くらいとして基準とするならば、平安時代くらいの文明水準だと思えばいいわけだ。
それにしても、北海道を一回り大きくしたくらいという、島としては広大な面積にもかかわらずたったの20万人というのは情けない人数である。
「ひえぇ……ここまで国力差があるとはなぁ。トンボロ共和国はせめて50万人から100万人くらいはいてほしいよ」
「あ、今の情報は10年前の話ですので、少しは状況が変わっているかもしれませんが……」
エリナは補足するが、旭日は『どうかな?』と否定気味に言う。
「たった10年じゃ、目に見えるほど増減しているかどうか怪しいもんだ。しかも、厄介なことに『山だらけ』だ」
居住可能な土地が少ないというのは、それだけ人口を増やす余地が少ないのだ。
ただ、実は利点もある。
「この国……活火山が多いんだな」
「はい。その影響なのか、温泉が多く湧いているんです。あと、食事については研究熱心ですので、その点では文明圏に属さない国々の保養所みたいになっていますね」
意外にも観光立国らしい。だとすれば、なにかある際にはこちらも利用できるかもしれないと心に留め置く旭日であった。
「他にも、カールグスタフ公国、フレッチャー共和国、シェフィールド王国、コルカタ王国、フォーミダブル神国、フォルバン共和国、ナンセン王国、ラファイエット王国、ハリファックス諸島王国など、小さな島嶼国家群だけで30を超えます」
聞けば、確かに1国当たりの規模は小さいものの、うまく連携させることができればそれなりの戦力になるのではないか、と考えられる。
「(確かに、1国1国は駆逐艦1隻どころか、水雷艇を運用するのも難しいだろうな。渡せるとしても精々海防艦くらいか……だが、共同体か大東亜共栄圏のように仲間として引き込めれば、あるいは……だがそれだけじゃ足りないな。航空機か、水上機くらいは持てるようになってほしいけど……うぅん)」
旭日は頭をフル回転させて、各国と連携する場合のことを考えている。
そんな旭日の代わりに、扶桑がエリナに質問をする。
「各国との交流はあるのですか?」
「えぇ。我が国への出稼ぎ労働者も多いですし、なにより貿易に際しては我が国を経由して大陸へ持っていく場合がほとんどなので、基本的にはどの国とも国交を締結していますよ」
「なるほど……やはり関係は深いようですね」
扶桑は素早く『東側島嶼国家群とは既に深い関係にあり』と書き記した。
「司令。司令は『大東亜共栄圏』を再現するおつもりですか?」
旭日はそこでようやく顔を上げた。
「いや。あれは天皇崇拝などを押し付ける部分もあったからな。それはよくない。各国の独自性を殺すわけにはいかないことを考えると、経済、技術方面で協力し合い、お互いに守り合っていければ、なんて思うけどな」
ある意味、旧世界のEUに近い考え方だ。
扶桑は納得したのか『なるほど』と言いながら頷いた。
「まぁ、今はまず自国の開発からだな。幸い南部のキイは既にこの発展具合だし……ここを拠点にするしかない」
「いよいよ始まりますね。司令の野望が」
「いや野望って……まぁ、野望か」
「頑張ってくださいね、アサヒ様」
こうして、旭日の計画は少しずつ動き始めるのだった。
次回は4月の29日に投稿しようと思います。




