帰還と仕官
今月の投稿となります。
ちょっと今回は書いた当時再放送で見ていた番組の影響が……書いてた時期バレるな(笑)
その翌日、旭日たち海賊討伐艦隊は大日本皇国の港湾都市キイへ帰還した。
港の岸辺を見れば、人々が割れんばかりの歓声で迎えている。
海賊に悩まされている者たちからすれば、それを退治してくれたというのはとてもありがたかったのだろう。
異世界のファンタジーな雰囲気の種族に属する人々が、江戸時代的な日本風の服装に身を包んで出迎えてくれているというのは、日本人でありアジア人である旭日からすると中々シュールな光景であった。
旭日が山城から下船すると、さらに大きな歓声が上がるのだった。
その姿に旭日は冷や汗を流す。
「マジか……どんだけ被害出てたんだ海賊って……」
すると、ドラゴンが出現してからほとんど喋れていなかったエリナが解説してくれた。
「我が国は大陸と大陸の中間にある島国、という立ち位置から、東方海域における島嶼間における交易国家でもあるんです。なので、それを襲う海賊というのは不俱戴天の仇でしたから……」
「なるほどな。そりゃぁ恨み骨髄だわな」
旭日、山城以下の艦長クラスは正に英雄扱いである。
旭日たちは多くの衛兵に守られながら、メルフィットの卵も抱えて駅へと向かった。
と、駅舎の前で、扶桑や阿賀野、津軽たちとも合流した。
「ただいま、扶桑」
「お帰りなさいませ、旭日司令」
扶桑を始めとして、艦長職にある女性たちが一斉に頭を下げると、またも歓声が上がり、旭日は『大袈裟な……』と若干呆れるのだった。
そして、それから3時間後、アヅチ城の天守閣において、旭日と扶桑及び観戦武官であるサイゴウ・ツグミチ、サイタニ・ウメコ、サカイ・ナミエ、そしてエリナの6人がアケノオサメノキミに報告をしていた。
流石のアケノオサメノキミも、魔龍種の話になると目を見開いて驚愕の意を示したほどだった。
「では、魔龍種があの島を守っていたというのか!?」
「はい。そのドラゴン……メルフィット・ザンドラという方はそのように名乗りました」
「メルフィット・ザンドラ!聞いたことがあるぞ‼北方の大帝国、クレルモンド帝国の当代における唯一の魔龍種であったという希少な存在だ!数年前から行方不明になっていたとは聞いていたが……なるほど、嵐に遭って絶海の孤島に流れ着いていたのか。それでは誰にも分らぬわけだ」
旭日の予想通り、メルフィットは他国にも名の知られた有名人(龍?)だったらしい。
「海賊自体は我々に船を沈められたこともあってか、もはや残党と呼べる程度の勢力しか残っておりませんでした」
旭日からの報告は以上であった。
次に観戦武官3名とエリナである。
余談だが、娘のお転婆ぶりは国王がよくわかっていたため、まずは無事に戻ってきたことそのものをよかったと言われ、同時に旭日に対して『娘のわがままで迷惑をかけた』と謝罪するほどであった。
まずは陸軍のツグミチからの報告である。
「驚くべきはあの車両群ですな。全く整備されていない土地であるにもかかわらず、それなりの速度で走ることができるあの走破能力はすごいです。武器については海軍と航空機がほとんど片付けてしまったので申し上げられることは少ないのですが……ただ、大砲などは船に搭載されているモノと同等に近い能力(この場合は連射速度や装甲貫徹力など)を発揮できるらしい、ということだけはわかりました」
続いて海軍のウメコからである。
「海軍としては、65口径の10.5cmという口径を持つ大砲の艦砲射撃に驚きました。我が海軍の大砲は前装式大砲の上、飛翔して1kmと短く、爆裂もしません(大航海時代のカルバリン砲に近い威力と射程)が、今回見せて頂いたもの……中でも、戦艦と呼ばれた山城殿の41cm砲弾による砲撃は『凄まじかった』の一言に尽きます。なんと言っても、全長3kmはあったであろう砦は崩れ落ち、さらにあの魔龍種の鱗を撃ち抜くのみならず右肩を吹き飛ばすという強烈なモノでした」
魔龍種はこの世界においてもかなり強力な存在である。その攻撃に耐えられる存在は、列強国の兵器の一部を除いてほとんどないと言われるほどであった。
「ふぅむ……では、メルフィット・ザンドラにとどめを刺したのは、扶桑殿の妹御であったということか」
「はい。海軍としては、あのような力が我が国に加わってくださるということであれば諸手を挙げて歓迎しとうございます」
続いて空軍卿のナミエが前へ出た。
「航空機と呼ばれる飛行機械はとんでもないです!時速500kmを超えるほどの快速と、我々生物ではありえない上昇能力!どれをとっても興奮することばっかりですよ‼」
各軍の幹部たちは皆冷めやらぬ興奮でいっぱいのようであった。少なくとも、アケノオサメノキミがドン引きするくらいには。
「しかも、流星と呼ばれた航空機は我が国の大砲の砲弾より巨大かつ威力の高そうな爆弾を、角度60度以上で急降下しながら叩きつけたのです!落下時の速度による相乗効果も考えれば、魔龍種以外で耐えられるものはそれほど存在しないものと思われます‼」
「そ、そうか。わかったわかった。少し落ち着け」
横を見れば、イトウ首相も『大丈夫かコイツら……』と言わんばかりのジト目をしていたが、3人はそれどころではないらしい。
だが、首相以下、居並ぶ重鎮たちも大蔵艦隊が相応の能力を持っているらしいということは理解したようだった。
すると、アケノオサメノキミがボソリと呟いた。
「ワシの時代より飛行機は発達していたのか」
ここでようやく、アケノオサメノキミが咳払いをして話し始めた。
「アサヒ殿。貴殿らが非常に高い能力を持っているということ、重々承知した。その上で改めて問いたい。我が国で働いてはくれぬだろうか?」
旭日が戻ってきた時点で、特設輸送船に乗っていた工兵隊と科学者から『油田がある』という連絡が入っていたため、この地に施設さえ築くことができれば、間違いなくいい拠点になると判断していた。
その代わり、技術提供や軍事力強化への協力を求められるだろうが、それも旭日からすれば『転生・転移小説ではよくあること』と既に心の準備ができている。
つまり、答えは決まっていた。
「ははっ。非才の身ではございますが、日本人が深く関わっている場所であるということと、太陽神様の御導きもございます故、私の方からお願いしたいほどでございます」
「うむ。皆ももはや、異存はないな?」
すると首相以下、その場にいた全員がアケノオサメノキミに対して頭を下げたのだった。
「うむ。では今この時より、大蔵旭日度の率いる『大蔵艦隊』を、我が大日本皇国麾下に加えることとする」
アケノオサメノキミの言葉に呼応するように、旭日も声を上げた。
「それにつきまして、お願いがございます」
「む、なんだ?」
「私共の船は動かすのに特殊な加工を施した油が必要になります。我が配下の者に調べさせましたるところ、その油が産出する場所が明らかになりましたる故、兵器に必要な鉄資源などに加えて、燃料となる油の採掘も許可願いたいのです」
アケノオサメノキミは『そんなことか』と言わんばかりに苦笑した。
「おぉ、それは構わんぞ。必要だというならばいくらでも掘り出すがよい。ただ、もし技術があるというならば、それを我が国に伝授してもらえるとありがたいのだが……」
要するに技術供与してほしい、ということである。
しかし、先述したようにそれは想定内の話である。
「もちろんでございます。我が艦隊、我が部隊が持てる軍事・民生問わず、全ての技術を供与させていただきたいと考えております」
そこまで聞いてようやく満足したのか、アケノオサメノキミは今までにない笑みを見せた。
「そうか。では、ここからは腹を割って話させてもらおうかな。いや、交渉と言うべきか」
「ようやくそのように対応していただけるのですね」
旭日としても、国王のこれまでの対応を見ている限りでどこか自分たちを試すような部分があることには気づいていた。
「うむ。我が本名も今こそ教えよう。私は大日本皇国48代目天皇、タカマガハラ・アケノオサメノキミという。親しい者には『メイジの君』などと呼ばれておるな」
なんとなくだが、メイジという響きが『明治時代』の明治に聞こえる旭日であった。
「それでは、ひとまずは陛下と呼ばせていただきます」
「うむ。それでよい。で、技術供与についてなのだが……」
「まずは軍事力強化のために、各地に工場を建設したいと考えております。また、港湾都市キイをさらに開発し、巨大な造船所を建造したいと考えております」
造船所を作れれば、戦闘艦はもちろんだが鋼鉄製の客船なども作れる。特に、旭日の艦隊に所属している飛鷹と隼鷹は元々貨客船として作られる予定だった船なので、彼女たちの船体を参考にすれば、いい船ができあがるだろう。
もっとも、そのためには現地の人々に治金技術に加えて鋳造技術や溶接技術、造船ならば電気溶接とブロック工法なども身に着けてもらう必要があるのだが。
当面は旭日の部隊に所属している科学者と造船関係者に指揮をとらせて鉄鋼関連をやらせるつもりである。
他にも、これまで手作業で生産していたものを効率化するために機械化していく必要があるのだが、それについても教導しなければならないだろう。
だが、この国で生きていくため、そして船を万全の状態に保つためには、鉄鋼及び造船能力を大幅に発達させる必要があるのだ。
また、金属の加工技術が発達すれば、現状で軽量な航空機も作りやすくなる。
「(江戸時代レベルということを考えれば、既にステータスとしての刀を持つ時代にはあるはず……刀の品質を向上させようという意味で精錬技術が向上していてもおかしくはない)」
少なくとも、日本刀を作る技術がしっかりしているだけあって、鍛造技術は既に高レベルにあるようだ。
実際、戦国時代に伝来した火縄銃は日本の鍛造技術によって改良を施されたことにより、不純物が外国製の物に比べて均等化したことにより、銃身の強度が増していたという話もある。
だとすれば、今度はそれを高度な鋳造などに活かすのである。
え、活かせないモノの方が多いという意見もあるでしょう。しかし、『感覚がなにもない』よりは遥かにいいはずである。
実際問題、明治時代以後の大砲製造には鋳造のみならず、砲身として加工する際に鍛造による素材強度の均一化などがされていたことを考えれば、無駄にはならないはずである。
また、転生者が多いのであれば、前世で工業経験者がいる場合に優遇するというのも大事な話である。
「用地確保か……港湾部はそれほど問題ないが……」
「なにか問題でもあるのでしょうか?」
扶桑が問うと、アケノオサメノキミは『うむ』と言いながら港湾部付近の地図を広げた。
「これを見てくれ。港湾部に繋がる川があってな。この付近は港湾奉行が住んでいることもあって広大な土地を持っていてな。ここならばお主らの拠点にちょうどよかろう」
「港湾奉行殿にお話をつけることは?」
「……いや、それより早い方法があるな」
「え?」
「旭日よ、もう一仕事してもらおうか……」
いつの間にか片言臭い呼び方から流麗な呼び方になっていたのはさておき、嫌な予感のする旭日であった。
それから数日後、とある屋敷において、2人の男が密談を交わしていた。刀を差した男はドワーフ族で、商人風の男はホブゴブリン族だった。
「それではソデシタ様。こちらは些少ではございますが、ソデシタ様の大好物の黄金色の蜜でございます」
男は日本の千両箱のようなものをソデシタと呼ばれたドワーフの前に置くと、ソデシタもニヤリと笑う。
その箱の中には、大量の札束が入っていた。小判じゃないんかい、というツッコみはナシで。この世界では既に紙幣が発達しております。
「ふっふっふ。また随分と持ってきたのぅ。ここ30年以上平和が続いているおかげで、交易が活発になっておるからなぁ。お主のワイロン商会も、がっぽり大儲けであろう?」
「いえいえ。全ては大陸間大戦終結時に交易がこれまで以上に盛んになることを見抜いて私めに御用商人を仰せつけ下さったソデシタ様の慧眼あってのことでございます」
「ぬっふっふ。これがあるからこの仕事、やめられぬわなぁ。ワイロン、お主とて大戦が終わらぬうちにワシに接近してきたではないか。お主も悪よのぉ」
「いえいえ。ソデシタ様に比べますれば私如き……」
2人は互いに顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出したのだった。
「なるほど。それがあなた方の悪行でしたか」
突如響く、凛とした女性の声に、思わず2人は立ち上がっていた。
「何奴だ‼」
襖を開けると、そこには着流しに身を包んだ(意味深)エルフ耳の容姿端麗な女性が立っているではないか。
「港湾奉行、ソデシタ・スキヨシ。そして廻船問屋のワイロン商会会長、ドゲンザ・ワイロン。あなた方が港湾の利権を欲しいままにして私腹を肥やしていること、この目で見させていただきました」
「貴様……どこから入ったか知らんが怪しい奴め‼えぇい、出会え!出あえ!」
ソデシタが叫ぶと、ヒト種やホブゴブリン族、さらにオーク族などの男たちが刀を腰に差しながらドカドカと現れた。
「曲者じゃ、斬り捨てい‼」
男たちが刀を引き抜くと、『えぇい、控えい‼控えい‼控えおろう‼』と叫びながら、黒髪でヒト種の男女3人が飛び込んできた。
誰あろう、大蔵旭日と扶桑、山城である。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る‼恐れ多くも天皇陛下が1人娘、タカマガハラ・エリナ殿下であらせられるぞ‼」
呼ばれた女性――エリナが今まで見たことのない目つきでギラリとした目つきで男たちを睨みつけると、男たちが完全にすくみ上ってしまっていた。
「え、エリナ殿下!?」
奉行も商人も、誰もが素早く跪く姿を見て、『やっぱり本物のお姫様は違うわ』という感想と、『ああいう目もできるのね』という感覚が渦巻く旭日だった。
「港湾奉行、ソデシタ・スキヨシ。並びに、廻船問屋、ドゲンザ・ワイロン」
「「は、ははーっ‼」」
「あなた方の罪は明白であります。港湾の発展に努める奉行と、公正な取引を是とする商人として、誠に許しがたいことです。あなた方の不正が、どれだけ無辜の民を苦しめているか……恥を知りなさい‼自分の責任は、自分で取ることです。よろしいですね?」
すると、ソデシタが血走った眼でこちらを見てきた。
旭日は『あ、これ時代劇で見たことあるパターンだ』と冷静に考えてしまう。
「えぇい。このようなところに皇女殿下がおられるわけはない‼こ奴は皇女殿下の名を騙る曲者じゃ‼斬れ、斬ってしまえ‼」
すると、まるで示し合わせていたかのように家臣たちが立ち上がり刀を抜いた。
エリナは『仕方ないですね』とため息を吐きながら自身も剣を抜き、名乗りを上げる。
「我が言葉は六文銭。迷わず三途を渡るがいい‼」
「イヤーッ‼」
男が刀を上段に振りかぶると、前へ出た扶桑が素早く抜刀し、その勢いのままに斬り捨てる。
山城も既に斬り合いを始めており、あっという間に3人の男を斬り捨てていた。
というか、心構えをしていたにしても早すぎるだろう。
「死ねええっ‼」
――ガキンッ‼
旭日も男たちの攻撃をかわしつつ、エリナを守ることに徹している。元々それほど強いわけではない旭日としては、これが限度だ。
「はぁっ‼」
――ズバシュッ‼
「ぐふぅっ!?」
扶桑の気合がこもった裂帛の一撃は、オーク族の頑強な喉元をあっさりと切り裂き、斬撃のショックで即死させる。
扶桑の刀は薄く、剃刀のようになっており、一瞬で頸動脈のような重要箇所を切り裂くことができるのだ。
特に先端部分の切れ味とくれば、その威力は下手な刀剣類とは比較にならない鋭さであるため、斬られた方が一瞬気付かないほどである。
「うりゃぁっ‼」
――ズシャッ‼ブシュウッ!
逆に山城の刀は日本刀の形をしてはいるが、扶桑の刀と違って刀身は分厚く、相手を骨ごと断ち切るように斬り捨てている。
似たようなものとしては、かつて戦国時代に朝倉義景に仕えていたという猛将、真柄直隆の『太郎太刀』などが有名だ。
そんな山城を、物陰から弓で狙っているエルフの男がいた。
――キリキリキリ……
音に気付いた扶桑が自身の足元に落ちていた刀を素早く拾って投げつけると、見事に刀は男の胸に突き刺さった。
そのまま手を離したことで番えていた矢は放たれたが、刀が突き刺さった際の衝撃で手元がずれたため、別の敵に矢が刺さるというミラクルも発生した。
扶桑自身もこれには驚いたらしく、『おや』と短く言いながら再び壮絶な斬り合いに戻るのだった。
十数人はいたであろう男たちは、10分も経過しない内に半数以下に数を減らしてしまっていた。
本来ならば日本刀は、腕にもよるものの3人を斬るだけで刃こぼれして刀としては使い物にならなくなる場合が多いのだが、扶桑は剣尖のもっとも鋭い部分で頸動脈を切り裂くことでなんと7人も斬り捨てていた。
山城も鉈のような豪刀で文字通り『叩き斬る』状態だったこともあってか、既に6人を斬っていた。
しかも、それでいて刀はまだ十分に斬れる状態である。
言うなれば、『技の扶桑、力の山城』と言ったところか。
旭日もまた、攻撃をかわしつつ3人を倒すことに成功していたのだが、扶桑や山城のド派手さに比べると地味なのは否めない。
もっとも、旭日本人は本来近接戦闘をするような立場の人間ではないことになっているので別に構いはしない。
しかし、旭日が側にいるはずのエリナも、物陰から襲い掛かってきたダークエルフの男を鋭い一閃で斬り捨てていた。
『皇女様』というのは、名前だけの伊達ではないらしい。
そして、遂に残ったのはソデシタとワイロンの2人だけになってしまった。
「おのれえぇっ!」
――ザシュッ!
ソデシタはドワーフらしく柄の短い斧を振りかざして襲い掛かってくるが、一瞬のすれ違いざまに扶桑が素早く首を切り裂いていた。
ソデシタはそのまま首から鮮血を吹き出しながらその場に倒れこみ、二度と動かなくなる。
ソデシタが斬られた姿を見たワイロンは往生際悪く逃げ出そうとしたが、旭日が前に立ちはだかる。
「観念しなって、商人殿」
「い、嫌だぁぁぁぁぁっ‼」
ワイロンは懐から短刀を取り出すと、旭日に向かって突進してきた。が、文字通りの猪突猛進状態だったため、素人に毛が生えた旭日でもヒョイとかわすことは簡単であった。
その勢いのまま回転し、旭日はワイロンの背中に向かって袈裟懸けの一撃で斬り捨てたのだった。
――ズバシュッ‼
勢いの付いた一撃は、着物の背中部分を斬り裂いて背骨に大きな斬撃による傷をもたらし、人を死に至らしめる。
「ぐへぁっ!?」
ドサリと音を立てながら崩れ落ちた初老の商人を見下ろしながら、旭日たち4人は刀に付いた血糊を懐紙で拭い去ると、素早くその場を後にしたのだった。
王城への帰り道で、旭日はなんの気なしにエリナに尋ねる。
「そういえば、あの『我が言葉は六文銭』のくだりだけど、いつの間にあんな名乗りみたいなのを?」
エリナは『えへへ』とはにかみながら頭を掻く。その姿は、先ほどまで大立ち回りを演じていた女性と同じとは到底思えなかった。
「なんというか……あぁ言った方が印象深くなるじゃないですか?ね?」
「劇の見過ぎですよ」
旭日はバッサリ言うが、実際旭日が前世で見た時代劇でも『俺の名前は引導代わり!迷わず地獄に堕ちるがいい‼』という謳い文句のネタがあったのだ。
「ですが旭日様。あの『控えおろう!』はとてもカッコよかったですよ」
「くうっ、どうせなら俺がちゃんと全員を地獄に叩き込めればよかったんだけどなぁ……」
旭日としてはそれが残念で仕方なかったのだが、それだけの剣術の腕と運動神経がないので仕方がなかった。
転生したとはいえ、旭日の身体能力は現代日本における一流スポーツ選手と同程度の能力までしか引き上げられていなかった。
それでも本人の反射神経が元々鋭いのもあって十分立ち回れているのだが、やはり実践を積んだものたちに比べれば劣る部分の方が多い。
そもそもの始まりは、天皇陛下から『港湾奉行が不正を働いているようだから、始末してくれればその土地をやろう』と言われたことなのだ。
「全く、陛下も無茶を仰るけど……エリィもエリィで無茶しすぎですよ。『自分も行く』なんて言い出して」
だが、実際にはそのおかげで一瞬とはいえ悪党どもを黙らせることには成功したので、状況を整えるという意味では十分役に立ったと言える。
「まぁ、これで想像以上の広大な土地が一気に手に入ったわけだけどな」
「世間にはなんと言うつもりなのでしょうか?司令」
「さぁなぁ……ただ、不正を働いていた証拠の類は全部残しておいたから、一応大丈夫だとは思うけど……」
「あとはお父様に報告しないと、ですね」
だが旭日からすれば、こんなことをあっさりとやらせることができるアケノオサメノキミの方が数段上のワルに見えるのだから恐ろしい。
なにせ、自国の発展のため、そして不正を糺すためとはいえ、自国の港湾部を管理する重責にある役人を斬り捨てさせてその土地を与えようというのだから。
「それはそうとエリィ。1つ、気になっていたんだけど……もしかして陛下って、日本人の転生者?」
エリナは笑みを崩さぬまま『さすがアサヒ様』と肯定してきた。
「やっぱりな……エリィも転生者なの?」
「いえ。私は間違いなくこの世界出身の魂です。お父様は……死後に『明治天皇』と呼ばれた方らしいですわ」
もしかしたらどころか、ドンピシャであった。明治天皇であるとすれば、前弩級とはいえ、戦艦の概念も、それに航空機の知識もあるだろうから兵器についての説明はある程度なんとかなるかもしれない、と思った旭日であった。
「明治時代までの方に、昭和時代の兵器について説明せにゃならないのか……魚雷はさておき、空母は理解できるかな……近代的な潜水艦や戦車もか」
魚雷を除けばどれも第一次世界大戦後に大きな戦場で登場し活躍した兵器ばかりなので、認識が通じるかどうか怪しいところであった。
ただし、飛行機に関して言えば日本では明治時代後期に飛行機が来日して初飛行を行っているのでそれの進化系と言えばある程度理解してもらえそうな気もするが。
潜水艦に関しても同様で、原始的な潜水艦であれば明治時代にはもう完成していたのだ。
だが、エリナが『それは大丈夫だと思います』と言ったので、『どういうこと?』と旭日は問いかける。
「お父様は既に君主の地位にあって30年以上が経過されていますが、その間にアイゼンガイスト帝国にもいかれたことがありまして、その時にそういった最新兵器についても学ばれているのですよ」
「そうか。それの科学発展版とでも言えば、理解は可能か……どっちにしても、こりゃ忙しくなりそうだな」
こうして、大蔵旭日は軍事・技術顧問を兼ねた『大日本皇国第0艦隊司令』となり、異世界の日本を守るために東奔西走することになる。
いよいよ近代化に向けて始動です。
次回は3月の25日に投稿しようと思います。




