流星の一撃、巨砲の咆哮
今月の投稿となります。
今回の描写は色々大丈夫かと自分では思いましたが、よく見れば他にも結構過激な描写あったよなーと思いつつ投稿させていただきます。
急降下爆撃による800kg爆弾の直撃を何発も食らったドラゴンは、とても苦しそうに体をよじらせていた。
流星のパイロットである小桜庄吉大尉は、重量級爆弾の直撃に大喜びしていた。
「よっしゃ!大戦果だぜ‼」
『転生前はこの機体でこんなことはほとんどできませんでしたからね』
流星は完成した際には高速性と高い攻撃力で期待された急降下爆撃機兼雷撃機……攻撃機というべき機体だったが、完成した時には既に運用できる空母がない状態だったため、活躍は限定的だったと言われている。
制空戦闘機である烈風も終戦に間に合わなかったという意味では同じだが、異世界で初めて日の目を見ることになるとは思わなかっただろう。
「どうだ、トカゲ野郎の様子は?」
『えぇと……げっ!』
「ど、どうした?」
意外な反応が返ってきたので、思わず聞き返してしまった小桜だった。
『ちょ、ちょっと鱗が砕けて血は噴き出してますけど、全然致命傷になってませんよぉ‼ピンピンしてますっ‼』
『なんだとぉ!?』
『嘘だろぉ……』
他のパイロットたちからも口々に驚愕の声が漏れる。
小桜もその異常な防御力には呆れるほかない。
800kg爆弾とは、ちょっとした戦艦の主砲弾くらいの破壊力がある。流石に1t越えの40cm以上の砲弾には及ばないものの、それでも巡洋艦ならば飛行隊の攻撃で大破、当たり所が良ければ(この場合は主機関や弾薬庫などへの直撃のこと)撃沈も狙える破壊力だ。
そんな重量級の爆発物を、確かに生物としては大きいとはいえ、駆逐艦どころか輸送艦や水雷艇より小さな存在が何発も受けて耐えているということに、パイロットたちは驚くと同時に称賛していた。
「これが……異世界か‼」
『ぶったまげましたねぇ』
もっとも、旭日は前世界で読んでいたアニメや漫画の影響もあったので『巨大なドラゴンの鱗は強化されており、超弩級戦艦の艦砲クラスでないとぶち抜けない』 可能性があることを初めから想定して大重量の爆弾を使わせていたのだが。
ドラゴンの鱗は魔法的ななにかで強化が施されており、爬虫類のような構造をしているのであれば、体の中でも背中は最も堅いということもあらかじめ理解していたのだ。
「ただのトカゲかと思ったが、大したもんだ……後続は来るのか?」
『一応発艦準備はしているそうですが、司令が『山城の主砲でぶち抜く』と言っているそうです』
「45口径41cm主砲か……確かに、あれに耐えられそうなのは長門型戦艦か大和型戦艦くらいしかいないからな。いくら頑丈なバケモノだって言っても、あれならなんとかなるかもな……」
すると、通信機から声が聞こえ始めた。旭日の声だ。
『総員に通達。間もなく照準を合わせ終わる。それまでなんとか敵の気を引いてほしい。ただし、先ほど烈風1機が墜とされたことも聞いた。故に厳命する。決して無茶をするな。以上』
どうやら、大蔵司令官は予想以上に人命を重んじているらしい。ついでに言うと、軍人に無茶をするなというのはある意味無茶である。
なぜならば、有利な時であろうとも不利な時であろうとも、常に『無茶をすること』こそが軍人の仕事だからであった。
旭日の無茶苦茶を聞いてパイロットたちは苦笑いする。
「全く……大した司令官だぜ」
『んじゃ、せいぜい引っ掻き回してやりますかぁ!』
『地団太だけはたっぷり踏ませてやりましょう‼』
烈風6機に加えて、流星6機もドラゴンへの攻撃に加わったのだった。
主兵装は12.7mm機関銃だが、気を引くだけならば十分であった。
――ダダダダダッ‼ダダダダダッ‼
流星の追加によって各機の機銃掃射は苛烈さを増し、ドラゴンはすっかり動きを封じられてしまっていた。
ドラゴンとしても本当は攻撃を放ちたいようだが、機銃掃射で先ほど同様に眼を潰されることを恐れているような動きである。
少なくとも先ほどまでの航空攻撃が無駄ではなかったということが伝わってきたことで、パイロットたちのやる気もさらに上がるのだった。
その頃山城では、観測機からの報告によってようやく照準を固定していた。砲術長からの報告が2人にあげられる。
「司令、艦長、いつでも発射できます」
見れば、機銃掃射を受け続けているドラゴンはほとんど動かなくなっている。船より小さいとはいえ、今なら格好の的である。
そんな姿を見た旭日は、カッと目を見開いた。カッコつけたかったからではなく、報告が来るまで緊張していたので目を瞑っていたのだ。
「痛いのをぶっ喰らわせてやれぇ‼」
「てぇーっ‼」
――ズドドドォォンッ‼
45口径41cm砲から放たれた41cm徹甲弾8発は、吸い込まれるようにドラゴンの方へと向かっていった。
ドラゴンは火山の噴火かと思うような轟音を耳にしたものの、沖合15kmにいる戦艦山城のことを目では確認できず、さらに上空からの機銃掃射の連続によってそれどころではなかった。
そして……その時、ふしぎなことが起こった。
ドラゴンは自分の右肩に強烈な衝撃と痛みを感じた。
――グルッ!?
ドラゴンが自分の右肩を見ようとした瞬間、猛烈な爆発と共に右肩とボロボロの翼が吹き飛んだのだった。
山城の発射した41cm砲弾は、8発中1発がドラゴンの右肩に命中し、肩から先を翼ごと吹き飛ばしたのである。
その瞬間、ドラゴンはあることを理解していた。なので、強烈な痛みに焼かれながらも思考回路の片隅であることを決めていた。
「(そうか……あれこそが……ならば、今こそ……)」
――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ‼
ドラゴンは断末魔としか思えない耳障りな雄叫びを上げると、そのまま猛烈な土煙と共に崩れ落ちたのだった。
「やったぞおおぉぉっ‼」
『『『ウオオオオォォォッ‼』』』
その喜びは、ドラゴンの真上を飛び続けていたためになんとか難を逃れていた観測機からも山城の艦橋にもたらされた。
『こちら観測機!ドラゴンは動かなくなりました!』
艦橋はあっという間に喜びの声に包まれた。中には握手しあう者や、どこで覚えたのかハイタッチする者までいる。
旭日も緊張感がほぐれたのか、思わず息を吐きだしていた。
「なんとか勝ったか……」
「やったな、司令」
山城がグッ、と拳を突き出してきたので、『あぁ』と言いながら旭日も拳をトン、と突き出すことで答えるのだった。
だがそこで、旭日はなんとも言えない感覚に包まれた。
『……て。大きな船の人、こっちに、来て……』
まるで、なにかに呼ばれているかのような感じであった。
「なんだ……?」
そんな旭日の様子を見た山城は『ん?どうした司令?』と不思議そうな顔をしている。どうやら、山城にはなにも聞こえていないらしい。
その声につられるように、旭日は顔を砦の方向へ向けていた。
「……山城。ちょっと陸軍と一緒に海賊の砦に行ってくる」
「えぇ!?そりゃいくらなんでも危険だって‼」
「あぁ、危険だな。だが、行かなきゃいけない気がするんだ」
一度言い出した旭日は梃子でも動かない……ではなく、この場合は梃子でも動かないと気が済まないようだ。
そんな旭日を見た山城は若干天然パーマ気味の頭をポリポリと掻くと、諦めたように『はぁ』と息を吐いた。
「司令ったら……ったく、しょうがねぇなぁ。アタシがしっかり守ってやるから、安心しろよ。副長!」
呼ばれた副長が『はっ!』と返答する。
「アタシは司令の護衛で陸に上がる。悪いがしばらく指揮を任せる‼」
「心得ました‼」
旭日と山城は沖へ戻ってきた二等輸送艦に乗り込むと、そのまま岸へと向かうのだった。
30分後、旭日は陸軍と共に砦へ向かうくろがね四起の車上に居た。
その腰には海軍刀と『浜田一式拳銃』が下がっており、背中には『九九式小銃』がかかっている。隣に座る山城も刀を杖のように突き立てながら車の座席に座っていた。
「敵ドラゴンは沈黙したとの報告があったが、万が一動き出したらドタマに榴弾をぶち込んでやれ。それでほぼカタはつくはずだ」
「はっ」
通信兵にそう命令した旭日だったが、なぜか『その必要はない』気がしていた。
なぜかはうまく説明できないのだが、そう思うのだ。
「(なんなんだ、この感覚は……?)」
そして、崩れ落ちた……というか、粉々になった砦の門をくぐると、正に地獄絵図が広がっていた。
「うわぁ……ひでぇ光景だな」
大蔵旭日は間違いなく一般人であった。
大口径艦載砲による艦砲射撃の成果など見たこともないし、そもそも『本物の戦闘』というものを見たこともなかった。
しかし、この戦闘によってもたらされた惨状が、自らの指示の結果によるものだということを重々承知していた。
なので、門をくぐった瞬間に思わず手を合わせて祈りを捧げていた。
「成仏しろよ、なんて大層なことは言えないが、それでも安らかに眠ってくれ」
隣では同じように山城も手を合わせている。
その間にも陸軍は全長3kmという山としては小さな、しかしかなり大きな砦の探索に乗り出していた。
「生存者は確実にいるはずだ。歯向かってくるならば射殺し、投降するならば受け入れろ」
実のところ、艦砲射撃による面制圧の破壊力は強い上にかなりの死者も出す。だが、実際には『見た目の派手さ』ほどの死者は出ない。
今回は12門とはいえ41cm砲を持つ戦艦1隻の砲撃だったこともあって、少なくとも生存者はいるだろうと陸軍では推測していたのだ。
兵たちは九九式小銃や日本刀を構えながらゆっくりと進む。
見れば、銃火器の類は存在しなかったらしいので、唯一怖いのは弓による射撃だ。
一方で旭日はというと、山城と共に例のドラゴンの方へ向かっていた。
だが、そこで一悶着あった。
旭日がドラゴンまであと500mというところまで来た時、岩陰から2人の海賊らしい男が飛び出してきたのだ。
男たちは幅広のカトラスを振り上げ、旭日たちに襲い掛かるが、山城が素早く抜刀し、居合い抜きの要領で男の1人を左斜め下からそのまま斬り上げる。
――ズバッ!ブシュウッ‼
だが、仲間が倒れるその隙に、もう1人が旭日の方へと向かった。だが旭日も慌てずに刀を抜くと、振り上げて上段で構えた。
「司令‼」
「死ねええええええええっ‼」
男がカトラスを振り下ろすと見た瞬間、旭日は一瞬体を引いた。
男のカトラスは斬るべき相手に当たらないまま振り下ろされ、空を切る。
渾身の一撃をかわされた男は、絶望に満ちた表情を旭日に見せつけた。
旭日は無表情のまま、上段に構えた日本刀を袈裟懸けに勢いよく振り下ろした。
「はぁっ‼」
――ズバッ!ブシュウッ……‼
「がはッ……ぐ、ぐぞっ……」
旭日は別に剣術を極めた達人だとか、スポーツ万能だとか、そんな人間ではない。
運動能力はそれなりに高いという自負があったし、剣道をやったこともあったが、本当の強者に勝てるとは思っていなかった。
だから、相手の攻撃を回避して相手にスキができたところで必殺の一撃を叩きこむ。それが旭日にできる最大の戦法だった。
旭日は返り血をたっぷり浴びていたが、特に取り乱したりはしなかった。それでも、かなり汗をかいているので緊張はしていたようだが。
「山城、そっちは大丈夫か?」
「あぁ、このくらいなら屁でもねぇ。それより司令は?」
「俺も平気だ。相手が弱者を相手にすることが多い海賊で助かったよ。本物の剣豪だったらなにもできずに真っ二つだ」
2人は自分たちが斬り捨てた海賊の目を閉じさせると、また手を合わせて奥へ進んだ。
「司令、さっきのデカいの……あの龍っていったいなんなんだろうな?」
「なんなんだろうな、ってのは?」
「なんでこんなに強い奴が、あんな海賊を守るかのようにアタシらに攻撃してきたのか、と思ってさ。飼われているって感じでもなかったし」
『それについて話したい』
いきなり頭の中に響いた声に、2人は思わず身構えた。
『そう身構えないでほしい。私にもう敵意はない』
聞こえてくるのは、優しげな女性の声だった。お姉さんボイスで有名な○原さ○かに似た声である。
そういわれて旭日はハッと目の前のドラゴンを見た。死んだと思っていたが、片眼が開いているではないか。
「生きていたのか……」
「マジか……アタシの41cm砲喰らったのに……」
旭日も山城も唖然とするほかない。巨大な戦艦の装甲すらぶち抜くことを想定されている徹甲弾を食らって生物がまだ生きている、というのは常識で考えれば『ありえない』のだ。
『あの攻撃……魔力は一切感じなかったが、すさまじい破壊力だった。まさか右肩を吹き飛ばされるとは思わなかった。元々ギリギリだったが……私の命も、もう長くはもつまい』
「君は、俺たちと対話できるのか?」
『念波を用いれば、な』
要するに、このドラゴンはマンガやラノベでよくあるようなテレパシーの類を使える存在らしい。
『改めて名乗らせてもらおう。私は、北方の国・クレルモンド帝国出身の魔龍種、メルフィット・ザンドラという』
「魔龍種?」
『クレルモンド帝国にのみ存在する種族だ。人龍族という人化できる龍種(竜の鱗を持つ竜人族とは異なるとのこと)と魔族のハーフでな。魔族由来の高い知能と、魔族と龍種を併せた強大な魔力を持っている種族だ』
「そんな種族もいるんですか……」
『もっとも、魔龍種が産まれることは滅多にない。私が知る限りでも、今は私しか帝国に存在していなかったはずだ』
どうやら、旭日が想像する以上にとんでもない存在だったらしい。
「そんな希少種であるあなたが、なぜこんな僻地に?」
『簡単なことだ。数年前、たまたま帝国を離れて飛行していたら猛烈な大嵐に巻き込まれてしまった。それで翼を損傷し、飛べなくなってしまった。気づいたら、この島に流れ着いていた』
流石の戦略級ドラゴンも、大自然の脅威である嵐には勝てなかったらしい。
大自然の前に、生命は無力なのであろう。
『そこに現れたのが海賊たちだった。奴らは私を見て最初討伐を考えたらしいが、頭目が私を利用しようと思いついたのだ』
そこまで言われて旭日もなんとなくわかった。要するに、食料を調達してくるから用心棒をやれ、ということだったのだろう。
「しかし、龍種といえば非常に誇り高い存在だと思われるのですが……なぜ海賊如きの要求を呑まざるを得なかったのですか?」
『それも簡単な話だ。たとえ海賊全てを食い尽くしたとしても、いずれ飢えは来る。そしてそれは回避できない。私は死ぬわけにはいかなかった……』
「なにか、深い理由がおありで?」
メルフィットは目を一瞬閉じると、自分の下腹部の方に視線を移した。
『私の腹の中には、我が子が……卵があるのだ。私は……なんとしても、なにを犠牲にしてもこの子を守りたかった』
これで全てが繋がった。彼女は母親であり、子供を守るため仕方なく海賊に加担していたのだ。
『海賊はそれなりに律儀でな。私にきちんと食事を運んできてくれた。だが、残念なことにこの島の魔素放出量は故郷と比較するとさほど多くなかった……そのため、卵が産み落とすに足るまで成長するのに数年以上かかってしまった』
つまり、豊富な魔力がなければ卵自体も成長しづらいのだろう。魔法を主体とした世界ならではの弊害である。
『もう……産み落としても問題ないくらいには成長したのだが……私の体がこれでは、もはや産んでやることはできない……』
「……」
ここまで来て、旭日はなんとなくメルフィットの言いたいこと……いや、『お願い』に薄々感づいていた。
だが、確証があるわけではなかったので、彼女からハッキリとその言葉が出てくるまで待つことにした。
『私を倒した勇敢なる者たちよ……もし貴殿らにこの愚かな死にかけを少しでも憐れむ心があるのであれば、我が腹を裂いて卵を取り出し、孵化して成長するまでの面倒を見てほしいのだ』
旭日の予想は大当たりであった。そして、自分が奪った命に対して、キチンと向き合わなければならないとも思っていた。
なので……
「わかった。あなたの子供は我々が面倒を見る。我々が育てよう」
列強国の出身というからには、希少種とはいえそれなりに情報はある可能性が高い。特に、大日本皇国は島国として大陸や島嶼国家との交易の要になっていたと聞いているので、なにかしらデータはあるだろう。
それを参考に子供を育てていくしかない。
あるいは、故郷の関係者が引き取りに来るようならば親族に引き渡すのも1つだろう。
『ちなみに1つ教えておこう。我ら魔龍種は一定の年齢……人間で言えば10歳になるまでは龍化はできない。多少人間離れした能力は発揮するが、精霊信仰の深い大日本皇国ならば問題あるまい』
旭日はまたも驚かされた。なぜ自分たちが大日本皇国から来たと分かったのか、と思わされたのだ。なぜなら、旭日は自分たちが大日本皇国から来たなどと一言も言っていないからだ。
『ふっ、簡単だ。倒れるまで気付かなかったが……沖合からとても特殊な魔力を感じた。大日本皇国の王族特有の、精霊の加護の強い色々な種族が混じった魔力だった。恐らくは、大日本皇国の国王か、王女が乗っているのではないのか?』
これまた大当たりであった。この龍の想像以上の知性の高さに、感服してしまった旭日だった。
「おみそれしました。あなたとは、違う形で出会いたかったものです」
『それは……こちらも同じだ。全く、焼きが回ったとはこのことだな』
メルフィットはすっかり優しい目になっていた。元々の彼女は、きっと穏やかな性格だったのだろう。
海賊に加担さえしなければ、良い母親になっていたに違いない。
『なるほど……貴殿も只者ではないとは感じていたが……転生者か』
「やはり、転生者はこの世界に多いのですか?」
『我が国にも僅かばかりいた。だが、ほとんどは大日本皇国だったと聞く。もしかしたら……世界が……変わるかも、しれん、な……』
メルフィットはそのまま目を閉じてしまった。それと同時に、彼女の放っていた圧倒的な存在感が雲散霧消したのを旭日は感じた。
旭日と山城はまたも手を合わせる。
すると、メルフィットの体が黒い霧に包まれる。霧がだんだん収束すると、そこには銀髪で真っ白な肌の美しい女性が横たわっていた。
だが、その右肩は吹き飛ばされており、右腕も喪失している。そして何より、右目が潰れていた。
「これが、メルフィットの人間態だったんだろうな」
そして改めてその裸身を見れば、お腹が大きく膨らんでいた。正に、臨月の妊婦のようなお腹である。
旭日は刀を抜くと、メルフィットの腹に押し当てた。
「あなたの残した命は、我々が守ります」
その数分後、あきつ丸が旭日からの連絡を受けて陸軍兵数名と車を率いて駆け付けた。
「司令、お待たせいたしました」
「悪いな、あきつ丸。この女性をお前の船へ運んでやってほしい。そして、日本まで連れ帰って、そこで埋葬してやりたい」
そこには、旭日の上着を上半身に被せられたメルフィットの姿があった。
「この方は……?」
「事情は後で説明する。それと、彼女の腹部には刃物で切り開いた傷がある。それをお前の医療班に頼んで縫合してやってほしい」
「……その手に持っておられる血塗られた卵に関係が?」
旭日の手には、人間の赤ん坊くらいはあるであろう巨大な卵が抱えられていた。
あきつ丸はそれを見て、この横たわっている女性の遺体と関連があるのだと気づいていた。
「あぁ。頼めるか?」
あきつ丸も深くは聞かなかった。旭日の顔色を見れば、そこになにか深いわけがあるのだろうということはすぐに理解できたからである。
「心得ました。直ちに運ばせます」
あきつ丸と兵たちがメルフィットの遺体を持ち上げると、ゆっくりと車に乗せる。旭日はもう1台に乗って戻ることにした。
あきつ丸に収容されたメルフィットの遺体は遺体保管用の冷蔵庫に入れられ、大日本皇国へ帰還した後に旭日が埋葬してやるつもりだった。
結局、海賊の生き残りはわずか10名ほどだった。その全員が既に戦意を失っており、あっさり降伏した。
その1時間後、旭日は山城の司令官室に戻るとドサッと座り込んだ。
「……はぁ」
改めて自分の手を見る。先ほどまでは、メルフィットの腹を裂いた時の血に塗れていたのだ。
「大丈夫、だと思ったんだけどな……」
そんな彼の傍らには、血を拭き取った卵があった。
卵は穢れのない純白で、美しい。
だが、それを見るとどうしても、自分の指示によってメルフィットの命を奪ったことを思い出してしまった。
海賊たちのことはほとんど歯牙にもかけない程度の認識しかなかったクセに、女性を手にかけたと思うと考えこまされてしまった。
ムシのいい、と言えばそこまでかもしれないが、我が子を守るためにと戦っていた母親を手にかけたということが、旭日の胸に重くのしかかっていた。
すると、扉を『コンコン』とノックする音が聞こえた。
「入ってくれ」
扉を開けて入ってきたのは、やはりというか艦長の山城だった。
「司令、確保した海賊は全員あきつ丸に収容したぜ」
「そうか。ご苦労さん」
「あと、海賊の持っていた財貨も没収したけど……それどころじゃないよな」
旭日の様子をずっと見ていた山城は、旭日がメルフィットを手にかけたことを悩んでいると既に気付いていた。
山城は『司令』と短く言うと、旭日の頭をその豊満な胸元に抱きしめた。
「確かに司令はアタシらに指示を出してメルフィットの命を奪った。でも、そうしなければアタシらの同胞の命だって危うかったんだ」
とある魔術師殺しも言っていた。
『なにかを救うということは、なにかを救わないということなんだ』
それは旭日もわかっている。理屈ではわかっているのだが、心がどうしても気にしてしまうのだ。
「だからさ、アタシらを助けたんだと思って自分を許してくれよ、司令」
自分を許せるのは他人ではない。自分だけである。
そういうことであった。
「……ありがとうな、山城」
旭日も山城をギュッと抱きしめる。山城の豊満な胸が旭日の頭で押し潰されるように広がるが、山城は全く気にしていない。
「いいさ。司令はさ、とにかく仲間や新しい祖国を守ることに尽力してくれよ。だって、それが『司令官』の役目だろう?」
山城の言うことももっともである。
旭日の今の立場は艦隊の司令官である。つまり、軍人であった。
軍人であれば、銃後の人々を守るために力を尽くすのは当然のことであった。
「あぁ、そうだった。それを忘れるところだったよ」
もちろん、旭日自身は元々軍人でもなんでもないただの一般人だ。
だが、それでも軍事について様々な形で学んだうえで、『軍人とはこういう存在』という認識は持っていたつもりだった。
今回、それを再認識した形である。
「もう一度言わせてくれ。ありがとな、山城」
山城は普段の勝ち気そうな表情から一転、穏やかな笑みを見せていた。
「もし欲しけりゃ……アタシを抱いたっていいんだぜ?」
「調子に乗るな」
旭日がデコピンすると、山城は『てへぺろ』と言わんばかりに舌を出した。
こうして、旭日たちは海賊を討伐することに成功したのであった。
魔龍種の卵が彼になにをもたらすのかは、後々の話……。
次回は2月の25日に投稿しようと思います。
いよいよ旭日たちが新たな活動を始めるようです。




