君とあの日の姿の私
ぎしりと音を立てながら、ミカンをベッドに押し倒す。馬乗りになる私を見上げるその表情は、いつにも増して扇情的だ。
思わず舌なめずりをした私は、組み敷いたミカンに覆い被さった。
◆
事の発端は、諸用で実家に顔を出した時のことだ。
「久しぶりに顔を出したと思ったら、なんでミカンちゃん連れてきてないのよ」
「今日はすぐ帰るもん。ミカンはあのー、あんな感じになってるし、お母さんが会いに来てよ」
ミカンがいないことに不満を漏らすお母さんを相手しながら、私は自室に置きっぱなしだった本を何冊か回収していく。まったく、久しぶりに一人娘が帰ってきたのにミカン、ミカンって。この前私がいない時に勝手に来て、勝手にミカンと仲良くなってたくせに。
そんなことを思いながら自室を後にしようとして、ふと壁にかかった高校生の頃の制服が目についた。懐かしいなぁ、と暫く眺めていた私は、ふとあることを思いついた。
「ねーお母さん。これ持って帰っていい?」
制服を手にしたままお母さんの元に行く。お母さんは懐かしそうに制服を眺めながら、片手でOKマークを作ってくれた。
「卒業してからクリーニング出してそのまま壁にかけてたから綺麗だと思うわよ」
承諾を得た私は、踵を返して制服を入れる袋を探しにクローゼットへ向かう。「でも、何に使うの?」というお母さんの問いかけは、なぁなぁにして躱した。
皺がつかないように制服を丁寧に袋にしまい、回収した本やらも鞄に詰める。玄関で靴を履いていると、お母さんが見送りに来てくれた。
「林檎ね、もう少し頻繁に顔を出すなり、そうじゃなくてもメッセージで近況報告するなりしてよ。お父さんも寂しがってたわよ」
言われてみれば確かに、全然帰省もしないし両親とのメッセージのやり取りもしていない気がする……。反省はしているが、ミカンとの生活が幸せで充実しすぎているのが悪い。しかしそんなことはお母さんにはバレバレのようだった。
「まったくもう、昔からミカンちゃんに依存しっぱなしなんだから……。あんまり便りがないと、ミカンちゃんに頼んで定期報告してもらうからね」
「わーかったって! ちゃんと顔出したりしますー!」
玄関先でまでやいのやいの言い合いながらも、私が立ち上がっていざ帰ろうとすると、「林檎」と呼び止められる。振り返ると、お母さんにぎゅっと優しく抱きしめられた。
「久しぶりに会えて嬉しかったわ。身体に気をつけてね」
いきなり抱きしめられて面食らったが、私も素直に抱きしめ返す。懐かしい匂いに、安心感が込み上げた。やはり、いつまで経ってもお母さんには敵わない。
「うん。今度うちでミカンとご飯とかしよ」
そんな約束をして、私は見送られながら実家を後にした。
ただ……お母さん、ごめんなさい。貴女の愛娘は、この制服で良からぬことを企んでます。
◆
夜になり、お風呂から上がった私はミカンに「お風呂空いたよ〜」と声をかける。交代で風呂場へ向かうミカンを見送ってから、私は寝室で制服を取り出した。
「上がったぞ」
お風呂から戻ってきたミカンが寝室に入ってくると、待ち伏せしていた私はミカンに「じゃーん!」と制服姿をお披露目した。全然体のサイズも変わってなかったからすんなり着れたし、あんまり顔も変化がないから我ながら違和感は少ない気がする。
「どう、似合う?」
「え、あ、あぁ。懐かしいな。似合うよ、さすが林檎だな」
くるりと回って見せながらも尋ねると、ミカンは多少狼狽ながらも褒めてくれた。しかし、その顔がお風呂上がりであることを差し引いても、やけに赤いことを私は見逃さなかった。
「ね、ミカン。お顔赤いけど……どうしたのかな」
顔を覗き込みながらそう問いかけると、ふいとそっぽを向かれてしまう。が、真っ赤になったその顔は隠し切れていない。
分かりやすく制服姿に興奮しているミカンの手を引き、ベッドに押し倒した。馬乗りになるとより一層顔が赤くなり、その目は私に釘付けになっている。
「ふふ、私の制服姿見て、こういうの期待したの? えっちな狼だねぇ」
自分のことは棚に上げてミカンを揶揄いながら、その柔らかな耳を優しく撫でる。びくんと震えるミカンが、堪らなく可愛らしい。
夜の営みにおいてネコであるミカンは、こうして揶揄われるのが満更ではないことを私は知っている。うっすらマゾヒスト気質なのだ。そんなミカンに毎度毎度劣情を駆り立てられる私も私だけれど。
「ね、ミカン。今日は電気、消さないでいいよね」
無言のまま、何度も首を縦に振るミカンに「あは」と笑い声が漏れる。
懐かしいあの日の姿で、私はミカンの服の中に手を滑り込ませた。




