君に振り回されるのも
今日も今日とて、彼女は可愛かった。
私は会社を背に歩きながら、うんうんと独り頷いていた。
鈴木さんは相も変わらず熱心に失敗を重ねていたけれども、そこが彼女の魅力でもある。
とはいえ、今の私には桃という恋人がいるわけだから、以前のように狙ったりはしていないのだけれども。それとこれとは別なのだ。可愛いものは可愛い。仕方がない。
その件に関しては桃も承諾してくれている。というより、快諾だった。
『気持ち分かりますもん、私も。林檎は何というか、そういう性質なんですよ』
そう苦笑しながら言っていた。確かに、その通りだ。雰囲気が特殊なのかどうかわからないけれど、彼女には人を惹きつける魅力があるのは間違いない。
まぁ彼女から許諾もされいるわけだし、今後も鈴木さんのことは陰ながら支えよう。
そう思いながら、桃の待つ我が家のドアを開けると――
「あ、おかえりなさい! 焼肉行くので着替えてきてください!!」
「……は?」
既に外行きの服で準備万端の桃は、困惑する私にニパッと微笑んだ。
◆
肉の焼ける良い音と、店内に広がる客たちの声と雑音。そして、桃のお腹の音。
「もういいですかね!」
「まだ駄目よ。豚はちゃんと焼きなさい」
せっかちな桃を宥めながら、徐々に色づいていく肉を眺める。
そして、はっと我に返った。
「というか何でいきなり焼肉なのよ。行くなら行くって前もって言いなさい」
「だってテレビで焼肉特集やってて食べたくなっちゃったんですよ」
「まったく……もう貴女、作業しながらテレビ見るのやめなさい」
私がそうバッサリ言い切ると、桃はえーと不満げに唇を突き出して拗ねてしまう。桃は小説家だから、基本的に家で仕事をしている。その時にいつもテレビを垂れ流しているらしいのだけど――
『苺さん! 今日の夕飯やっぱりラーメンにしませんか?』
『苺さん、聞いてください! テレビでやってた簡単なストレッチが凄く効くんですよ!』
『苺さん苺さん。明日休みでしょう? 一緒にランニング行きましょ!』
「桃はすぐテレビの影響受けるんだから。巻き込まれるこっちの身にもなって」
しっかりと火の通った豚肉を頬張り、別の肉を網に乗せた。
「そんなこと言って~。何だかんだ付き合ってくれる苺さん大好きです」
「……はぁ、調子のいいことばかり言って」
恋人になってからも暫く時間が経ち、私の元カノ事情も受け入れてくれた桃は、元来の図太さを遺憾なく発揮し始めていた。
いや、しかし思い返せばかなり初期の頃から、いきなり夕飯を餃子にしようとか言っていたな……。
私がぼんやりとそんなことを考えていると、不思議そうな顔をした桃が覗き込んでくる。
「苺さん? 疲れちゃいました?」
仕事帰りに連れてきたことを今さら反省しているのかは分からないが、その眉は八の字に下がっていた。しょっちゅう振り回してくるくせに、たまに申し訳なさそうにしてくる。
まだ完全には甘えきれていないそんなところが、可愛かったりもする。
「何でもないわよ。ほら、これ焼けてる」
少し焦げた肉を桃の取り皿に乗せてやると、桃はそれを嬉しそうに頬張った。
その幸せそうな顔が見れるなら、まぁ振り回されるのも悪くないかもしれない。
調子に乗るだろうから、素直には伝えてあげないけどね。




