君と酔いどれ、甘えん坊
珍しいこともあるものだ。
私は2缶目のビールをぷしゅっと開けて、それを飲みながらしみじみと対面のミカンを眺める。
普段であれば、この金曜日の酒盛りではミカンはおつまみ系やお菓子をつまみながら私のお話に付き合ってくれている。が、今日のミカンの手にはお酒の入ったグラスが持たれていた。
明日は雨が降るかもしれない。
◆
まず、決して私はお酒を強要していない。
いや、過去に何度も「ミカンも飲もうよ」と唆したり、実際に飲ませたこともあったけど……あの時ミカンはワインで泥酔して翌日までダウンしてたし、てっきりもう飲まないと思っていたのだけれど。
お風呂を上がっていつも通り晩酌の用意をしていた時、ミカンはさらっと言ったのだ。
「私も今日お酒飲むから」
そうして、今一緒にお酒を飲んでいるわけなのだが――。
「まさか、そんな少しだけとは……」
「うるさいな、一缶なんて飲み切れるわけないだろ」
ミカンの手元のグラスには、レモンサワーがちょびっとだけ注がれている。350ml缶の3分の1くらいだから、ほんとに少ない。ちなみに残りは私の1杯目になっている。まぁ確かに、あの弱さなら一缶飲み切る前にダウンしそうだ。
どうして量を減らしてまで飲みたいのかという質問については、今のところ答えてもらえていない。
まぁそれはそれとして、私は私で景気よく缶ビールを空けまくっている。普段は素面のミカンに抑制されながらだけど、今日はミカンは自分のお酒をゆっくりちびちび飲むのに必死で、あまりこちらのペースは気にしていないようだ。
それでも私の話は変わらず聞いてくれるので、いつも通り酔いどれな私は上機嫌にミカンとの談笑を楽しんでいる。
しかし、私5本目を空にする頃には、ミカンはほぼ相槌しかしなくなっていた。
「それでね、駅前の大道芸人さんがさー」
「うん」
「そういえば昨日のテレビさー」
「うん」
そろそろ限界そうかなと思ってミカンのグラスを見ると、もうレモンサワーは無くなっていた。どうやら潰れる前に飲み切れたようだ。
それでもだいぶ酔ってるようだし、私もハイペースで飲んで流石に一息つきたかったので、「休憩!」と席を立ってソファにぼすんと腰を下ろした。
ミカンも私に続いてソファへやってきて隣に座る、と思いきや、ごろんと私の膝に頭を乗せてきた。しかも、私のお腹に抱きついてぐりぐり顔を擦り付けてくる。膝枕だけなら何度もしたことはあるけれど、抱きついてくるのは相当珍しい。これは相当酔ってるな……。
ミカンの髪の毛を優しく撫で回しながら、「今日は甘えたさんなの?」と小さい子に話しかけるように尋ねる。普段なら子供扱いするなと叱られそうだけど、お酒のせいか照れのせいか、赤ら顔のミカンはちらりとこちらを見あげて呟いた。
「……朝からなんか、林檎に抱きつきたくて」
「そうなの」
「うん……でも恥ずかしかったんだ」
だから酔った勢いでこうして甘えたかったのだと、ミカンはやや怪しい呂律で教えてくれた。
はぁ……なんっっっって可愛いんだろう。
私は声を荒らげるのを我慢して、でも頭を撫でる手はわしゃわしゃと動かす。たまにくるこのミカンの甘えたは心臓に悪い。可愛すぎて寿命が縮む。
内心荒ぶる私を他所に、ミカンは眠たそうだ。私のお腹に顔を擦り付けて、小さく唸り声を上げている。
「ミカン、眠い?」
「んう」
「このままお膝で寝ちゃっていいよ」
そう囁きながら、ミカンの背中を優しくとん、とん、と叩く。小さい子を寝かしつけるみたいに。
ベッドで寝なきゃ風邪ひく、とやや残った理性で呟くミカンだったが、振動が心地よかったのかすぐに寝息を立て始めた。私はミカンを起こさないように近くのブランケットをそっと手繰り寄せ、ミカンに掛けてやる。これで風邪は引かないだろう。私はミカンの体温で丁度いいくらいだ。
膝上の温もりと撫で心地の良い髪の毛を堪能してるうちに、私も瞼が重くなってきた。
「おやすみ、ミカン」
愛しい愛狼の名を呼び、私は眠りに落ちた。
その日の夢では、狼のミカンと並んで横になり、草原ですやすやと昼寝をしていた。とても、幸せな夢だった。




