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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第3章
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君から零れる甘え声

「ミカン、起きて」

 朝日の差し込む寝室――ではなく、もう間もなく正午を迎えようとしている寝室で、私は未だ目を覚まさないミカンの身体を揺すっていた。

「んぅぅ」

「もー、今日出かけようって昨日話したじゃーん」

「んーー」

 ダメだ。朝から何回かに分けて根気よく起こそうと試みているが、ミカンが目を覚ます気配は一向にない。

 私は「もー!」と一人でぶうたれて、ミカンの隣にぼふんと身を放り出した。ベッドに背を預け、ぼぉっと天井を眺める。窓から差し込む日差しも、寝室の照明もこんなに明るいのに、それでも起きないとは。

 私はすぐ隣から聞こえる寝息に、深くため息を吐いた。


 それにしても、ミカンがこんなに起きないなんて珍しい。普段は休日であっても私よりも早く起きるし、寝足りない時は朝食後に二度寝することが多かった。

 はてさて、昨日なにか疲れるようなことがあっただろうかと、昨日土曜の一日を振り返る。

 ……特にない。いつもと変わらないのんびりとした休日だったはずだ。

 もしかして、体調が悪いのだろうか。そんな不安が過り、首を横に向けてミカンの寝顔を覗き込んだ。

 ……うん、実に安らかな寝顔だ。私に身体を揺すられた時に限っては、眉間にシワが寄っていたが。

 なんだろう、珍しいこともあるものだ、と片付けるしかないのだろうか。うーんと唸る私を他所に、ミカンはもぞもぞと身体を動かしていた。何か夢でも見ているのだろうか。

 私は寝坊の原因を探ることをやめ、身体をミカンの方にぐるりと向けた。

 いやに忙しなく動くミカンを眺めていると、何故か懐かしいという感情が込み上げてきた。

 何故だろう、ミカンのこの現状に懐かしさは無いはずなのだが……狼女になってからは私より早起きが多かったし――ということは。

 そこで私はピンと来た。そしてその瞬間、さらに猛烈な懐かしさが込み上げてきた。


 思い出した! この動きは、まだミカンが狼だった頃、よく昼寝してる時にしていた動きだ!


 そう理解するや否や、「んんん」とミカンが喉を鳴らした。ピタリと動きが止まる。起きたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

 私はじっと、ミカンの様子を見守る。

 すると、


「……クゥン」


 それは、狼のミカンがよく甘える時に出す声だった。

「か、可愛いいい!!」

 と叫びそうになるのをぐっと堪える。偉いぞ私。こんな状態のミカンを起こす訳にはいかないのだ。だって、勿体なさすぎる!!

 当初の目的など放棄して、私はあまりの可愛さに悶えながらも、ミカンの動向を見守り続けた。

 おそらく、狼時代の夢を見ているのだろう。人の姿から零れる狼の甘え声は、形容しがたい尊さで溢れていた。

 私は幸せそうな寝顔をこちらへ向けているミカンの首元へ手を伸ばし、首の下や横あたりをワシャワシャと撫で回す。ここはミカンが昔甘えてきた時に良く撫でてやっていたところで、ここを撫でてやるとミカンはえらく気持ちよさそうにしていたのを覚えている。

 案の定、ミカンの表情はますます幸溢れるものになり、あまりの愛くるしさに、私はスマホを取り出した。

 ミカンの顎の下に手を添え、ミカンの緩みきった寝顔をフレームに収める。

 パシャリと音が鳴るが、あれだけ起こしても起きなかったミカンだ。勿論その程度の音では反応すらしなかった。

 一日の予定をミカンの寝坊によってずらされてしまったのだ。このくらいしてもバチは当たらないだろう。そう自分を正当化して、私は愛しい愛しい同居人の寝顔の写真を眺めた。


 ◆


「おい林檎! 待ち受け画面! なんだこれ!」

「人のスマホ勝手に見ないでよ〜」

「うるさい! 寝顔隠し撮りするなんて悪趣味だ! 変態!」

 非難轟々をすまし顔で聞き流す。あの時寝坊したミカンが悪いのだ。

 またミカンが寝坊したら、待ち受け更新してあげるからね。

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