君の髪の毛に魅せられて
「林檎、風呂場に落ちた髪の毛ちゃんと取っとけよ」
ソファに座っていた私はテレビから視線を外し、声のした方ヘと向ける。そこには、首から下げたタオルで髪の毛を拭いているミカンが居た。
「あぁ、ごめん気を付けるね。おかえり」
「ん。ただいま」
風呂から上がったばかりのミカンは、まだ髪の毛が乾いていないために結ばずに下ろしている。日中と違うその髪型は、毎日のように私の視線を奪った。
水気を含んで艶やかなグレーアッシュの髪の毛はそれだけで美しく、平凡な黒髪の私は時折、ミカンの髪の毛が無性に羨ましくなるのだ。
ミカンは私の横に腰を下ろすと、不思議そうな顔をして私に目を向ける。
「なんだ、人のことをそんな眺めて」
そう言いながら、私の頬を突いてくる。
私はミカンにされるがまま、素直に自分の想いを打ち明けた。
「んー、ミカンの髪の毛が羨ましいなーって思ってたの」
「……髪の毛?」
ミカンは乾かし途中の自分の髪の毛をつまんで少し眺め、不可解そうな表情を浮かべた。
「……分からん。別にただの髪の毛だろ」
「自分の髪だからだよー。グレーアッシュで格好良いし、程よい感じのくせっ毛で本当に羨ましい……」
「そうか? 林檎の黒髪だって、充分すぎるくらい綺麗だよ」
そう言って私の頭を撫でたかと思えば、手で救った私の髪の毛に口付けをして微笑んだミカン。
思わず顔が熱くなり、咄嗟にそっぽを向いてしまう。そんな私を見て、ミカンは浮かれたような口調で私の髪を撫で始めた。
「照れた林檎は可愛いなぁ」
最近どうも、ミカンのイケメン具合に磨きがかかっている気がする……。この前ナンパから助けてくれた時も、優しくおでこにキスしてくれたし……。
どうしよう……ますます好きになりそう……。
私がミカンに顔を向けられずにいると、突然ソファに押し倒されてしまう。戸惑う私をよそに、ミカンが私に四つん這いで覆いかぶさってくる。
まだ少ししっとりとしているミカンの髪の毛が重力に従って垂れ下がり、カーテンのように私の視界を隔てた。ミカンの顔と髪の毛以外、私の視界には何もない。自分と同じシャンプーとは思えないくらいの良い香りが、鼻孔をくすぐった。鼓動がうるさい、ミカンにまで伝わってしまいそうだ。
別世界かのような不思議な感覚に惚けていると、ミカンの目尻が下がり、期待を帯びたような声を唇から私に注ぐ。
「私は林檎のモノだから、私の髪の毛も何もかも、林檎の好きにしていいんだよ」
まるで誘うような―いや、確実に誘っている口調に、私はまんまと色欲を駆り立てられてしまった。
身体の奥底から溢れだす感情に身を委ね、愛しい髪の毛にそっと手を触れる。
「……このまま」
「うん?」
すべてを許してくれそうな微笑みで、ミカンが私を促した。もう、我慢なんてできるはずもなかった。
「このまま、シて。私の目に、ミカンだけを映したまま――」
「あぁ。ご主人様の仰せのままに」
恭しくそう呟いたミカンの顔が、さらに近づく。
ミカンが隔てた私達だけの空間で、二人の夜が静かに幕を開けた。




