表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第2章
64/109

君しか知らない私の愛情(前編)

 雨粒が傘を叩く。

 苺さんと肩を並べて駅へ向かっていると、帽子を深くを被った女性が前から歩いてきた。

 すれ違いざまに視界に映った、揺れるグレーアッシュの雑なポニーテール。

 その瞬間、私の中で妙な既視感が湧き出し、思わずその人を振り返ってしまった。

 学生の頃に、あの人をどこかで見たことがある。そんな、気がした。


 揺れる、灰色の毛の、尻尾――


「? 桃、どうしたの」

「……いえ、なんでもないです」

 

 まさか、ね。


 ◆


 耳に届いた入店音に、私は視線を上げる。

「お待たせ、林檎」

 そう言いながら、私の最愛の同居人が頭を撫でてくる。

「ううん、お迎えありがとう」

「春野桃はもう帰ったのか?」

「うん、新田先輩と一緒に帰ったよ」

「……なんでそこで新田苺が出てくるんだ?」

 新田先輩の登場に困惑してるミカン。まぁ、そうなるよね……。

 これ以上居座るのも気が引けるので、私たちは一先ず店を出た。


「はい、林檎の傘」

 手渡された傘を受け取り、少し悩んだ末、私はそれを広げないままミカンの腕に抱き着いた。

 そんな私を戸惑ったように見つめるミカンの顔を見上げながら、私は微笑んだ。

「ミカンの傘に入れてよ。相合傘しよっ」

「……まったく、仕方ないな」

 そミカンは呆れたような笑顔を浮かべて、傘をさした。


 事のあらましを説明すると、ミカンは微妙な表情をして溜息を吐いた。

「なんか……世間て狭いんだな」

「ほんとだよ……」

 身近な人物の意外な繋がりに改めて驚きを感じながら、私はちらとミカンの顔色を窺った。

 いつもは新田先輩の名前が出ると顔をしかめるのに、今日はなんだか、平気そうだ。


 私の視線に気が付いたのか、ミカンと目が合う。

「なんだ、じっと見つめて」

 少し頬を赤くしながら訊ねてくるミカンに、私は素直に答えた。

「んーん、いつもは新田先輩の名前聞くと嫌そうにするのに、今日はしないからどうしたんだろうって」

 その言葉に、ミカンは真剣な顔で私を見つめてきた。

 不意にミカンが歩みを止める。腕に抱き着いていた私は、間抜けな声を出して体勢を崩してしまう。

 体勢を直した私を、ミカンはなおもじっと見つめてくる。

 ミカンの言葉を待って黙っていると、少ししてから、ミカンが空いている方の手で私の頬に触れてきた。


「私はな、もう決めたんだ」


 ミカンと視線を絡めあい、私はミカンの腕に抱き着く力を強める。

「……なぁ、林檎が一番好きなのは、誰だ?」

 不意に問われ、戸惑いながらも私は即答する。

「そんなのミカンに決まってるじゃん」

「あぁ、知ってる」

 そう言って、微笑むミカン。

 その微笑みは、新田先輩と私のことを心配していた時のような弱い笑みではなく、自信に満ちた力強い笑みだった。

「上司だろうが、親友だろうが知ったこっちゃない。林檎が私から離れたらどうしよう、なんて、もう不安がるのは辞めたんだ」

「ミカン……」

「林檎が一番好きなのは私で、私が一番大好きなのは、林檎だ」

 身体を折ったミカンに、優しく口付けをされる。

 ミカンの言葉と唇の余韻に暫く(ほう)けるも、ここが道端であることを思い出して、私は慌てて辺りを見渡した。

 幸い、周りに人はいないようだった。いたとしても、雨音でこちらの声は聞こえないだろうが。


「だからもう、いちいち新田苺に張り合ったりしないよ。林檎が私を一番だと言ってくれてる間は、な」


 イタズラっぽく微笑むミカン。私は堪らず、最愛の同居人(ペット)に抱きついた。胸元に顔を埋める。大好きな匂いが胸いっぱいに広がる。

「何があっても、ずっとずっと、ミカンが私の一番好きな人だよ」

 私は顔を上げ、こちらに向けられた優しい瞳を見つめ返し、

「ありがと。私を心から信じてくれて」

 背伸びをし、ミカンと唇を重ねた。

「これからもずっと一緒にいようね、ミカン」

「あぁ、勿論だ。愛してるよ、林檎」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ