君しか知らない私の愛情(前編)
雨粒が傘を叩く。
苺さんと肩を並べて駅へ向かっていると、帽子を深くを被った女性が前から歩いてきた。
すれ違いざまに視界に映った、揺れるグレーアッシュの雑なポニーテール。
その瞬間、私の中で妙な既視感が湧き出し、思わずその人を振り返ってしまった。
学生の頃に、あの人をどこかで見たことがある。そんな、気がした。
揺れる、灰色の毛の、尻尾――
「? 桃、どうしたの」
「……いえ、なんでもないです」
まさか、ね。
◆
耳に届いた入店音に、私は視線を上げる。
「お待たせ、林檎」
そう言いながら、私の最愛の同居人が頭を撫でてくる。
「ううん、お迎えありがとう」
「春野桃はもう帰ったのか?」
「うん、新田先輩と一緒に帰ったよ」
「……なんでそこで新田苺が出てくるんだ?」
新田先輩の登場に困惑してるミカン。まぁ、そうなるよね……。
これ以上居座るのも気が引けるので、私たちは一先ず店を出た。
「はい、林檎の傘」
手渡された傘を受け取り、少し悩んだ末、私はそれを広げないままミカンの腕に抱き着いた。
そんな私を戸惑ったように見つめるミカンの顔を見上げながら、私は微笑んだ。
「ミカンの傘に入れてよ。相合傘しよっ」
「……まったく、仕方ないな」
そミカンは呆れたような笑顔を浮かべて、傘をさした。
事のあらましを説明すると、ミカンは微妙な表情をして溜息を吐いた。
「なんか……世間て狭いんだな」
「ほんとだよ……」
身近な人物の意外な繋がりに改めて驚きを感じながら、私はちらとミカンの顔色を窺った。
いつもは新田先輩の名前が出ると顔をしかめるのに、今日はなんだか、平気そうだ。
私の視線に気が付いたのか、ミカンと目が合う。
「なんだ、じっと見つめて」
少し頬を赤くしながら訊ねてくるミカンに、私は素直に答えた。
「んーん、いつもは新田先輩の名前聞くと嫌そうにするのに、今日はしないからどうしたんだろうって」
その言葉に、ミカンは真剣な顔で私を見つめてきた。
不意にミカンが歩みを止める。腕に抱き着いていた私は、間抜けな声を出して体勢を崩してしまう。
体勢を直した私を、ミカンはなおもじっと見つめてくる。
ミカンの言葉を待って黙っていると、少ししてから、ミカンが空いている方の手で私の頬に触れてきた。
「私はな、もう決めたんだ」
ミカンと視線を絡めあい、私はミカンの腕に抱き着く力を強める。
「……なぁ、林檎が一番好きなのは、誰だ?」
不意に問われ、戸惑いながらも私は即答する。
「そんなのミカンに決まってるじゃん」
「あぁ、知ってる」
そう言って、微笑むミカン。
その微笑みは、新田先輩と私のことを心配していた時のような弱い笑みではなく、自信に満ちた力強い笑みだった。
「上司だろうが、親友だろうが知ったこっちゃない。林檎が私から離れたらどうしよう、なんて、もう不安がるのは辞めたんだ」
「ミカン……」
「林檎が一番好きなのは私で、私が一番大好きなのは、林檎だ」
身体を折ったミカンに、優しく口付けをされる。
ミカンの言葉と唇の余韻に暫く惚けるも、ここが道端であることを思い出して、私は慌てて辺りを見渡した。
幸い、周りに人はいないようだった。いたとしても、雨音でこちらの声は聞こえないだろうが。
「だからもう、いちいち新田苺に張り合ったりしないよ。林檎が私を一番だと言ってくれてる間は、な」
イタズラっぽく微笑むミカン。私は堪らず、最愛の同居人に抱きついた。胸元に顔を埋める。大好きな匂いが胸いっぱいに広がる。
「何があっても、ずっとずっと、ミカンが私の一番好きな人だよ」
私は顔を上げ、こちらに向けられた優しい瞳を見つめ返し、
「ありがと。私を心から信じてくれて」
背伸びをし、ミカンと唇を重ねた。
「これからもずっと一緒にいようね、ミカン」
「あぁ、勿論だ。愛してるよ、林檎」




