君の知らない私の同居人
「こんばんは、鈴木さん」
「……新田、先輩?」
状況が飲み込めない。
桃の同居人さんが来るのを待ってて……、同居人さんがもうすぐ着くと言って、新田先輩が――
新田先輩が、私と桃のところへやって来た。
私は戸惑いながら、桃へと視線を向ける。桃はなんだか気まずそうに肩をすくめて、私と新田先輩を交互に見つめていた。
「混乱させてごめんなさいね」
突然新田先輩に謝られ、「えっ、あっ」と間抜けな声を上げてしまう。プライベートで新田先輩に会うことさえ初めてなのに、今の状況が不思議すぎてまともな対応ができない。
私は一旦手元の飲み物をぐいっと飲んで、ふぅと一息ついた。
「えっと、桃の同居人さんが新田先輩……? あっ、えっと桃、新田先輩は私の上司で――」
「うん、知ってる」
慌てて説明しようとした私を、桃は静かな声で制した。知ってる? 桃が、私の新田先輩の間柄を?
私が一層混乱していると、新田先輩が穏やかな口調で教えてくれた。
「えっとね、鈴木さん。まず、私と桃は同居しているわ。それで、つい先日、桃の恩人が鈴木さんだってことを知ったのよ。その時に、鈴木さんは私の部下だと、桃に教えたの」
その説明を聞いて、私は思わず桃に文句を言った。
「桃、酷いよ。それなら教えてくれればいいのに」
「だって、私が勝手に言うのも何か違う気がして……」
と、ばつが悪そうに俯いた桃を、新田先輩は静かに見つめていた。
それにしても、まさか桃の同居人さんが新田先輩だとは……。世の中は思ったよりも狭いのかもしれない。
新田先輩から傘を受け取った桃は、忘れ物がないかを確認してから席を立ちあがった。
「林檎はどうするの?」
「私も同居人に傘持ってきてもらうよ」
「そっか。今日は本当にありがとうね」
そう言って嬉しそうに笑う桃。その隣に立つ苺さんが、お財布からお札を取り出してテーブルに置いた。
「これ、お代ね」
あまりにも当たり前のように置くので、反応が少し遅れてしまった。私は慌てて断る。
「いえいえ、新田先輩に払っていただくなんて……」
そんな私を、新田先輩はいつも会社で見せてくれる、あの優しい笑みを浮かべて制した。
「いいのよ。桃がお世話になったんだし。私からの気持ちよ」
「……はい、分かりました。ありがとうございます」
そう言われては無下にできない。私は有り難くそのお札を財布に仕舞った。
桃とまた何度か言葉を交わし、二人は店を後にした。
去り際、新田先輩は私を少しだけ見つめ、静かに
「ごめんなさい、鈴木さん。ありがとう」
と囁いて、桃のあとを追っていった。
なんの謝罪とお礼だったのか、私には分からない。
分からないけど、新田先輩の表情は何かを決意したような、穏やかな顔だった。
『ごめんミカン、傘持って迎えに来てくれない?』
『分かった。場所送れ』
『うん、ありがとう』
スマホを仕舞い、ふぅと一息つく。
桃が上京してきて、もう誰かと同居していると聞いた時は少し驚いたけど――
「そっか、新田先輩とだったんだ」
それなら、安心できる。私もあの人にどれほど支えられたことか。
今度三人でお出かけとかしてみたい……いや、ミカンが嫉妬するか。
二人も大事な人だけど、私が一番大切なのはミカンだ。
あぁ、早くミカンの顔が見たいな。
窓から雨が降り注ぐ店の外を眺める。
傘を並べて仲良さそうに歩く、二人の姿が見えた。




