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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第2章
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君の知らない私の想い人

「そういえば、桃のその恩人の子はなんていう名前なの? 気になるわ」

「あれ、言ってませんでしたっけ。名前はですね、鈴木林檎、っていうんですよ!」


 ◆


 箸を落として固まる私に、桃が心配したように声をかけてくる。

 心臓の音が嫌というほどはっきり聞こえる。困惑のあまり、声が思うように出ない。

「ど、どうかしましたか?」

 どうしたもこうしたも……今、桃は自分の恩人の名前を"鈴木林檎"と言った。聞き間違えではないだろう。

 鈴木林檎。それは毎日のように職場で呼んだ名字であり、いつか呼べたらいいなと、常日頃から思っていた名前だ。

 いやいや、同姓同名なんていくらでもいるじゃないか。何を焦っているんだ私は。


 激しくなった鼓動を抑えようと、深呼吸を何度か繰り返してなんとか落ち着きを取り戻す。

 不安そうな顔で私を見つめている桃に、私は無理やり笑顔を作って向けた。

「ごめんなさい、ちょっと身近な人と同じ名前だったから、動揺しただけだから、心配しないで」

「そ、そうですか……」

 大丈夫。鈴木も林檎も、よく聞く名前じゃないか。この程度の偶然なら起こってもおかしくはないだろう。

 そう、自分に言い聞かせる。


 不安そうな目でこちらを見ていた桃が、ふと思いついたように箸を止めて言った。

「その子の学生時代の写真もあるんですよ。見ます?」

 その提案に、私はしばし迷う。名前だけならば同姓同名の可能性もある。しかし、ここで写真を見て、それが本当に鈴木さんだったら――

 しかしあろうことか、私が悩んでいる間に桃は、


「ほら、この子です!」


 と、そのスマホ画面に表示された写真を、私の目の前に差し出してきたのである。

 視界に飛び込んできた、女子高生二人が肩を寄せ合っている自撮り。左側で屈託のない笑顔を浮かべているのは、どう見ても桃だった。今よりもだいぶ幼く見えるが、それでも一目で分かる。

 そしてその隣―桃の右側に居る少女も、やはり一目で分かった。分かってしまった。

 今よりも髪が少し長く、柔らかな笑みでこちらにピースサインをしている女の子。


 それは、どう見ても鈴木さんだった。


「……苺さん? どうしたんですか?」

 その写真を見て思わず黙り込む私に、桃がまた不安そうな表情を浮かべる。

 思考がぐちゃぐちゃに混ざり、私は混乱した頭を何とか整理しようと頭を抱えて俯いた。


 私は一年以上鈴木さんに想いを寄せてきた。

 しかし、桃と出会って、一緒に暮らし始めて……桃が恩人に会うと聞いて、不安になった。

 桃が私の元を離れて、恩人―長年の想い人へと移ってしまうのが怖かった。


 そして、その相手は鈴木さんだった。


 整理はついたものの、心の乱れは収まらない。どう転んでも、今の関係が崩れてしまう気がした。

 鈴木さんを選んだら、桃との関係は当然終わる。

 桃を選んだら、鈴木さんへの想いを閉じ込めなければいけない。

 桃が鈴木さんへと移ったら、私はどうすることも出来ない。

 (しら)を切って、誤魔化して、「何でもない」と笑えば、この現状は続くかもしれない。だけれど、


「……その鈴木林檎さんは、私の、会社の部下なの」


 あんなことがあった直後に、桃に隠し事なんて出来るほど私は強くなかった。あの悲しそうな目を、もう見たくないのだ。

 私の言葉に顔全体に驚きを浮かべて、私とは裏腹に、目を輝かせて、

「え! すごい、そんな偶然ってあるんですね!」

 とはしゃぐように、明るい笑顔を浮かべた。

 私はそんな桃に、なんとか笑顔を返して、「そうね」と短く相槌を打つ。


 どうすればいいか、分からない。私はどうしたいのか、何を選びたいのか。

 桃に気づかれないように、そっと、溜息を吐いた。


 ◆


 鈴木さんに想いを寄せていたはずの私はいつの間にか、鈴木さんと桃のどちらかを選ぶことが出来なくなっていた。

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