君の知らない私の変化
見送りという名目で、私たちは桃に声の届かない玄関先に出た。
少し強い風が吹いて、私は身をすくめた。走って汗をかいてるし、上着を部屋に置いてきたから肌寒い。
柚子は壁に背を預け、鞄から取り出した煙草を咥えて火をつけた。そして煙草を口から離して煙を吐くと、私を真っすぐに見て言った。
「恋愛対象でなくてもあの子が大切なら、ちゃんと自分のことを話せ。ビビッて隠すな」
「……」
柚子に説教されている屈辱と、何も言い返すことが出来ない悔しさに、私は押し黙ることしかできない。柚子は呆れたようにふぅと煙と溜息を吐きだし、次には不敵な笑みを浮かべていた。私はその笑みの意味が分からず、訝しんで思わず一歩後ずさってしまう。
そんな私を見て短く声を漏らして笑った柚子は、煙草の灰を携帯灰皿に落としながら、その不敵な笑みをもう一度私に向けた。
「私はな、正直お前がそうやって悩んでることが嬉しくて仕方がない」
「……それは、どういう嬉しさなのよ」
その質問に、柚子は咥えていた煙草を下ろしてにやりと広角を上げた。
「勿論、ざまぁねぇなって嬉しさだ」
◆
柚子とは関わりこそなかったが、高校からの同級生だった。
その頃からすでに金髪で、生徒指導の教師にしょっちゅう追い掛け回されていた。かたや私は校則を破ったりなどせず、全うな生徒として過ごしていた。だからこそ、二人の間に接点はなかった。
「だけど、お前のことは知ってた。有名だったからな」
柚子はそう言って、私をじっと見た。その目を直視できず、私は目をそらした。
「まぁそりゃ共学の高校で女と付き合って、それを周りに隠してなければ噂にもなるわな」
一際多い煙を吐き出して、柚子は笑う。
柚子の言う通り、高校二年生のときに初めてできた恋人は女子だった。当時は特に恋愛対象が女性だなんて自覚はなく、一番仲の良かった友人ともっと一緒に居たいと想った結果、なら付き合ってみようという話になったのだ。
隠すことでもないと思って、女子同士でオープンに付き合っていた私たちは瞬く間に校内の噂になった。
「噂で聞いたんだよ。先にお前がその相手にグイグイ迫って、だけど付き合うのを提案したのは、相手の方だったらしいな」
「……まぁ、そうね」
「だよな」
柚子はそう言ってから、私に煙草を向けた。すっかり辺りを包んだ夜に、煙草の火が赤く目立って見えた。
「私の時も、お前はそうだったな」
その言葉に、私は思わず押し黙る。
「その気にさせるだけさせといて、お前は絶対に私に告白しようとして来なかったよな。そのくせ、痺れを切らして私から告白したら、してやったりみたいな顔しやがって」
私を鋭い視線で睨みつけた柚子は、小さく溜息を吐いて視線を地面に落とした。
「同性愛者じゃなかった私を、こんな風にしたのはお前なのにな」
その言い方で、私ははっと息をのんだ。柚子にどう声をかければいいか分からず、俯いてしまう。
知らなかった。柚子が今も、《《そう》》であることを。
「だからアタシは、そんなお前があの子のことで色々葛藤してんのが、嬉しい。いい気味だ」
「……」
そう言うと、柚子は煙草を吸いながらスマホに視線を落とした。
――しばらく沈黙が続いたあと、柚子は疲れたように溜息を吐いてタバコの火を消すと、よいしょと立ち上がった。
「そろそろ帰るわ」
「……そう」
「桃ちゃん、だっけ。ちゃんと話してやれよ」
「……分かってる」
柚子はスマホで誰かと連絡を取っているようで、スマホに視線を注いだまま立ち去ろうとした。私は少し気になって、その背中に声をかけた。
「今連絡取ってるの、恋人?」
「……そうだよ」
そう答えてこちらを振り返った柚子は、悪戯な笑みを浮かべながらスマホ画面を私に向けてきた。
「同じ経験を持ってる、とびきり気の合う女だよ」
まばゆい光を放つその画面には、懐かしい名前が表示されていた。




