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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第2章
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君との面倒くさいこの関係

『今日少しだけ残業するから遅くなる』

『はーい! 適当なお店で時間潰してますね!』


 スマホの電源を切り、手元の缶コーヒーを一口飲んでから、再び作業に取り掛かる。社内には他にも数名が残っていた。私と同じ、残業組だ。残業とはいっても、桃に送ったメッセージ通り、そんなに大したものではない、切りのいいところまで作業をしたら、直ぐに退社するつもりだ。

 少しの残業でも桃に連絡を入れるのは、私が帰宅しない限り、桃は玄関の前でずっと待っているからだ。家の鍵は勿論かかっているので桃が私の家に入ることはできない。以前少し残業で遅れた時も、ずっと玄関の前に居たらしい。それからは、帰宅が遅れるときは桃に連絡を入れ、どこかで時間を潰してもらっている。

(まったく、面倒くさいわね……)

 私はいつからか、そう思うようになっていた。


 近場の喫茶店で時間を潰していた桃と合流し、自宅へ向かう。その道中、桃の話を聞き流しながら、私は考えていた。

 残業で遅れると、桃に連絡をしなければならない。今まで残業した時は簡単な料理で夕飯を済ませていたが、桃もいるとそういうわけにもいかない。桃が当番の日だって、今から料理し始めるのだ。従って夕飯の時間は遅くなる。

 なんて面倒くさいのだろう。

 だから、この面倒くささ、煩わしさを解消する術を、私は用意した。すごく、簡単なことだったのだ。

 この関係を、終わらせればいい。

「苺さーん? ちょっと、話聞いてます?」

「ごめん、聞いていなかったわ」

「もう、どうしたんですか。ずっと上の空で」

 そう言って私の顔を覗き込んだ桃に、私は言った。

「帰ったら、大事な話があるの」


 ◆


 手早く着替えを済ませてリビングに向かうと、先に桃が席について待っていた。私はその向かいに座り、桃を真っ直ぐ見つめる。

「……で、大事な話って、なんですか」

 桃が不安そうに眉を下げて訊ねてくる。体を縮こまらせて、まるで怯える子犬のようだ。

 私は一呼吸おいて、桃に正直に伝えた。

「今のこの関係が、面倒くさいのよ。正直言ってね」

 桃は私の言葉に俯いてしまった。顔が隠れてしまい、その表情を読み取ることはできない。私は続ける。

「恋人が居たことはあっても、こんなに高頻度で会うようなことはなかったの。ましてやこんな、半同居みたいな関係。私が帰ってこないと貴女は外で待ってなきゃならないし」

「……」

「貴女もいい加減面倒くさいでしょう。だから……」

 その時、がたっと音を立てて桃が立ち上がった。私に向けられたその目には涙が浮かんでいた。……何故だろう。

 桃は震える唇をなんとか動かして、声を振り絞った。

「め、迷惑かけたなら謝ります。でも、私は、苺さんと……!」

 最後はどもってしまってよく聞こえなかったが、なんだか大きな誤解を生んでいる気がする。

 ぼろぼろと涙を零す桃に、私は慌てた。結論をはっきり言わないままだったから、桃が勘違いをしてしまったようだ。

 私は呻きながら頭を掻くと、ポケットから小さな金属を取り出して桃の目の前に突き付ける。桃は涙を止め、呆然とその金属を眺めた。

「これって……鍵?」

 私は何だか恥ずかしくなり、そっぽを向いて、桃に伝えた。


「面倒くさいだろうから、もうここに住みなさい」


 上京して数か月の一人暮らしで、私の家に入り浸っているような彼女のことだ。どうせ自分の家にはほとんど物がないだろう。だから、こっちに移るとしても作業は大したことないはずだ。

 だから、私は合鍵を桃に渡したのだ。

 泣き止んだと思った桃は、合鍵を受け取るとまた涙を零し、だけど笑顔を浮かべて私を見つめると、

「前置きが不穏なんですよ、苺さん……」

「……悪かったわよ」


 泣き止んだ桃と食事をして、お風呂を済ませ、ベッドに横になる。

 ふふと笑い声がして、私の隣の桃に目を向ける。

「どうしたの桃」

「いえ、これから苺さんと同棲だと思ったら嬉しくて」

「同棲じゃなくて同居ね。ど、う、きょ」

「もう、素直じゃないですね」

「自惚れないの、まったく」

 そう言って、目を瞑った。頭の中に、いつも通り浮かぶ鈴木さんの笑顔。

 そして、桃の笑顔も浮かび上がった。

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