84.夏空のお茶会
最初はまだ緊張した様子だった子供たちも、広場の隅にあるテーブルにどんどん並べられていくお菓子やケーキ、サンドイッチを目にすると、きらきらと表情が明るくなっていった。
予備のコップでランジェも渡して、木陰で賑やかなお茶会が始まる。
モニカ特製の焼き菓子やケーキを頬張った子供たちは、口々に「美味しい!」と喜んでくれた。
「何これ!知らない味がする!」
「甘いー!」
「都会ってすごい。こんなの流行ってるんだー」
「こんなお菓子食べたことない」
可愛らしいその様子を少しだけ離れたベンチからにこにこしながら見守っていると、子供たちの輪に一緒になって座ったライオット王子がふふん、と得意げに笑った。
「そうだろうそうだろう。俺からの褒美だから、当然だな!」
子供たちはお菓子やサンドイッチに手を伸ばし続けながらも、お互いにちらりと目配せをし合った。
リーダー格の男の子が、嬉しさを隠せない様子のまま口を開く。
「そ、そうだったな!これ、報酬、だったな。……こんなに美味しいもんもらったんなら、少しくらい話してやらないとな!」
そうして、その男の子の言葉を皮切りに、5人の子供たちはせっせとお菓子を平らげながら村についての話をしてくれた。
ロランディア村の小さな子供は、彼らの他にミモレしかいないらしい。
彼らより大きくなると、付近の町にある宿舎付きの学舎に通うようになるため、一時的に村を出てしまうのだそうだ。
この村には本当に何もないため、大人たちが作物や商品をその学舎のある町に売りに行く際、たまに子供たちも連れて行ってもらって遊んだり、買い物したりする。
大人が町に行くのは2週に1回ほど。
街道は絶対に安全というわけではないので、複数の大人が示し合わせてみんなで行くとのことだった。
この村から持って行く商品は、主にランジェ、農作物、そして狩りで得た獲物や手芸品など。
そういったお出掛けのない日は、大人は仕事で忙しいし、子供たちだけで村の中を遊んで回っているのだそうだ。
「なるほどなー。毎日沢山遊んでるんだな」
頷くライオット王子に、ちょっとむすっとした様子の女の子が不満そうな声を上げる。
「そう、だけど……やっぱりつまんないよ」
「たまに、リヒトー先生が授業してくれたりするけど、毎日村にいてもやることなくなっちゃうもんね」
「リヒトー先生……って、あの図書館の?」
思わず口を挟むと、一番近くに座っていた男の子がこちらを振り返ってこくりと頷いた。
「ん、そう。文字とか、たまに魔法とか教えてくれる」
「たまにだけどねー」
「そうなんだ……」
会ったばかりでまだレグルのことはよく知らないけれど、何となくふわふわしたインドア派っぽい人だと思っていたから、子供たち相手に文字を教えているなんて少しだけ意外だ。
……こんなふうに思うこと自体、失礼なのかもしれないけれど。
「そういえば、あのリヒトーってやつも最近村に来たとか言ってたか?」
「だね、確かにそんなこと言ってた」
ライオット王子と私の会話に、リーダー格の男の子が顔を上げる。
「リヒトー先生は、元々大きい町で先生してたって言ってたぞ」
「先生って、学舎の?」
「学舎かどうか知らないけど。先生が来てすぐの頃も、大人たちぴりぴりしてたよなー」
「ああ、なんかよそ者だからって最初は言われたっけ」
「でも先生は、村のために色々頑張ったからな!すごい頭良いんだぞ」
「たまに難しいこと言うけどねー」
「ねー」
「あ、そういえば昨日さ――」
言うだけ言って、子供たちはその話題に飽きてしまったかのように、別の話題へとうつってしまう。
子供たちの会話を聞きながら、私は自分のコップのランジェを見つめていた。
……そうか。協力者とはいえ、レグルさんだってもう、この村の住民だ。
この村全体のことを調べるのが私の仕事なら、レグルさんやレディ・オリビアのこともある程度調べないといけないのかもしれない。
食べるものがあらかたなくなった頃、子供たちは照れくさそうにお礼を言うと、また元気に遊びに出掛けていった。
それを見送って、かなり軽くなったバスケットを手に立ち上がる。
「警戒してた子供たちからあんなに簡単に話を聞けるなんて。すごいね」
私ひとりでは絶対に無理だったと思う。
素直にそう声を掛けると、ライオット王子は嬉しそうに笑った。
「そうか?リリーの役に立てたならよかったよ」
「この調子なら、なんとかなるかな……調査」
「おう、何事もコツコツと、って言うだろ?頑張ろうぜ!」
「うん!」
片付けを終えて広場を出ると、いつの間にか陽が傾き始めているようで、空の遠くが鮮やかな橙色に染まり始めていた。
陽が長いはずの今、こんな空模様なら、そろそろ夕食の時間のはずだ。
「今日はもう、図書館に帰ろうか」
「だなー!結構お菓子とか食べたけど、もうすぐ夕食の時間だろう?」
「うん。またマスター呼びにいかないとだね」
きっとあの人は今頃も、本の山に埋もれて調査に夢中になっているのだろう。
陛下にも依頼されている大切な調査、とはいえ――リブラリカに居るときよりも焔さんと話す機会が減っているような気がしてしまって、帰り道はほんのちょっぴり、寂しさを感じた。
そのまま悶々とした帰り道を言葉少なく歩いて、ロランディア図書館に帰り着いた私は……玄関ホールで思い切ってライオット王子へ声を掛けた。
「殿下、あの」
「ん?」
「……私、マスターを呼んでくるから、先に食堂へ行っていてくれる?」
「え?」
さすがに唐突すぎただろうか。
突然の私の言葉に、ライオット王子はきょとんと足を止める。
「……別に、一緒に行くけど……?」
……そうだよね!一緒に来てくれるつもりなんだよね!知ってた!
予想通りの反応にしかし、本音をぶちまけるわけにもいかなくて。
「あ、えっと、その……」
しどろもどろになってしまう私に、肩の上のアルトが盛大に溜息をついたのがわかった。
次の瞬間、アルトはひらりと跳躍して、ライオット王子の肩の上へと飛び移る。
「おお?!」
「アルト?」
急なことに驚くライオット王子の肩に腰を下ろして、アルトは偉そうにぺちぺちと尻尾で彼の頬を叩いた。
「俺様腹が減ってな。もう我慢できないんだ」
「へ?」
「イグニスのやつを呼びに行くのも待てないから、仕方ないしお前が先に俺様を食堂へ連れてけ」
何を言い出すかと思えば……ず、随分と理不尽な……!
大賢者の使い魔とはいえ、王子に対してあまりの言い草に一瞬ひやっとしたものの。
「おおそうだったのか。それなら仕方ないな!」
「ええ?!」
単純……じゃなくて、素直にその言葉を飲み込んだらしいライオット王子は、そうかそうかとアルトの背をぽんぽん叩いて、あっさりとこちらに背を向けた。
「そういうことなら、俺が先にこいつを連れて行っておくよ。リリー、大賢者は頼んだ」
「え……あ、うん、あの、よろしく……」
私がぽかんとしている間にも、アルトを肩に乗せたライオット王子は食堂の方へとすたすた歩いていってしまう。
その肩の上からアルトがちらりとこちらを振り返ると、尻尾でしっしっと払うような動作をした。
……早く行け、ということだろうか。
その動作にはっと気づくけれど、アルトたちの姿は廊下の角に消えてしまう。
……アルト、気を遣ってくれたんだ。
玄関ホールに、大きな振り子時計の音がポーンと響いた。
夕食まであまり時間がない。
ちょっぴりの期待と、胸の奥のほうにある淡い気持ちを握りしめるように拳に力を込めた。
――行こう、保管書庫へ。




