57.やっと再会
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やっとのことで合流できた焔さんは、ふーっと大きく息をついて、荒い呼吸を整えようとしていた。
こんなに息を切らした焔さんは、初めて見るかもしれない。
「……本当に、思ったより時間掛かっちゃってごめんね、リリー。途中で何かあったでしょ?」
「え?」
「守護魔術が発動した気配がしたし、それに……疲れた顔してる」
おもむろに伸びてきた手に、さらりと頬に掛かった髪を払われる。
心配そうにこちらを覗き込む焔さんのフードが少しずれてしまっていて、急いで来てくれたんだなと思うと、またじんわりと心の奥が温まるような感覚がした。
「……確かにちょっと、ピンチはありましたけど。シャーロットとオリバー……それに殿下が助けてくれたので、私は大丈夫です」
温かい気持ちのままそう返事をして、そっと手を伸ばす。
自分より少し高い位置にある焔さんのフードの位置を直せば、彼はほっとしたように口元を緩めた。
「そっか。……ほんと、怖い思いさせてごめんね。ロイアー、オリバーも。リリーのこと助けてくれてありがとう」
「大切な友人のためですから」
「同じく」
「そっか」
焔さんが戻ってきてくれたことで、皆の表情がいつも通りに緩んだように見えた。
私自身も、焔さんと合流してからやっと息苦しさのようなものがなくなった気がする。
慣れたリブラリカ以外の場所で、焔さんが一緒じゃないということが、こんなにも不安になるものだなんて……知らなかった。
焔さんの存在の大きさというものを感じていた。
「なぁ大賢者。俺も最後、リリーのこと助けたんだけど」
そこへ不満そうな声を出したライオット王子に、焔さんはふいっとそっぽ向いてしまう。
「ふーん。ありがとう」
「どういたしまして……って、何で俺にだけそんな態度なんだよ?!」
「さあて、お腹も空いたし、あっちで食事でももらおう?」
「あ、待てよおい!」
「城の料理人とうちのモニカ、どっちの料理が美味しいか食べ比べしよう。……ね、リリー。食べながらでいいから、僕がいない間に何があったのか聞かせて?」
完全にライオット王子を無視しながら、焔さんが自然な流れで私の腰に手を当てて、空いているテーブルへと促してくる。
「え、えっと――」
「ロイアー、オリバーも話聞かせて」
「はい。不届き者たちが沢山おりましたから、しっかりご報告しますわね」
「ちょっとシャーロット……」
「俺もばっちり報告しますよ、大賢者様」
「オリバーまでっ」
「おいってば!俺も混ぜろ……じゃなくてっ。俺も一緒に話を……!」
背後から、ライオット王子までばたばたとついてくる。
それから、食事の並べられた丸テーブルを5人と1匹で囲んで、談笑しながら軽食を取った。
舞踏会が始まってから、一番楽しく過ごせた時間だったかもしれない。
大賢者や王子、ロイアー家の当主代理までもが集まっているテーブルは、貴族たちが挨拶でもしたいのかそわそわと視線を送ってきていたけれど。
護衛のためか騎士が近くに控えてくれているのもあって、テーブルを囲んでいる間に話掛けてくるような人はいなかった。
「ふう……」
小一時間ほど、色々なものを食べて。
丁度良くお腹が満たされてきた頃、長椅子に座りながら息を吐いた。
ローストビーフのような味の何かの肉や、みずみずしい野菜のサラダも美味しかったし、ちょこんと果実が乗ったケーキやゼリー、ムースのようなデザートまで、シャーロットと一緒に一通り楽しんでしまった。
ほんの少しだけお腹周りが気になるところだけど……まぁ、こんな時くらいいいよね、なんて思ってしまう程には私も浮かれているらしい。
そんな時だった。
テーブルに近づいてくる人の気配がして、ふと視線を向ければ、ひとりの騎士が近づいてきて、何やらライオット王子に話掛けていた。
「……?」
騎士に促されたライオット王子がホールを振り返っている。
つられるようにそちらを向けば、少し遠いところで貴族と会話をしている王様の姿があった。
何かあったのかな。
ぼんやりとその様子を見守っていたら、やがて騎士と別れたライオット王子がまっすぐにこちらに向かってくるのが見えて、首を傾げた。
正面まで来たライオット王子は突然、座ったままの私の足下に片膝をつく。
予想もしていなかった動作に、思わず椅子の上で後ずさりしてしまった。
「殿下……?! え、どうし――」
「リリー。僕と踊ってくれないか?」
「え……!」
驚きの発言とともに、すっと差し出された手に戸惑う。
ライオット王子は正式にダンスの誘いをする姿勢のまま、ほんの少し眉尻を下げて苦笑した。
「君と踊りたいと思っていたのは本当なんだけど、さっき、父上からも一曲くらい踊れって催促されちゃって。丁度今ワルツ流れてるし、練習の時みたいに踊ってくれたら嬉しいんだけど」
「えっ、と……」
そうか、さっきのあれは王様からの伝言だったのか。
納得しつつも、どうしてもその手を取るのを躊躇ってしまう。
――これは練習じゃない。
この手を取れば、他の貴族たちも踊っているあのホールで、知らない人の目が沢山あるところでダンスをしなくちゃいけない。
……それに……。
チラリ、と焔さんがいる方へと視線を向ける。
案の定というか、フードから覗く口元がへの字になっている焔さんが、じとっとこちらを見ていた。
あんな顔されたら、なんというか……せっかくのお誘いだけれど、受けづらい。
どうしようかな……。
迷っているうちに、私の視線に気づいたらしいライオット王子は「ああ、」と焔さんを振り返り、対照的に得意げな表情をしてみせた。
「君の過保護な大賢者のことなら、気にしなくて大丈夫だよ。勝負に勝ったの俺だから」
「勝負……ですか?」
そういえば、さっきもちらっとそんなことを聞いたような。
「そう。僕がリリーと踊りたいって言ったら、案の定だめって言われてさ。父上との話が終わった後に、勝負に勝ったらリリーとダンスさせてくれるって約束してもらったんだよ」
「……いつの間にそんなことを」
いつもの少年のような笑顔をしているライオット王子に、焔さんが大きく肩で溜め息を吐いた。
「僕がこんなやつに負けるなんて……」
これは割と凹んでいるような気がする。
「ええっと……どんな勝負だったんですか?」
「単純に、このホールの中で、どちらが早くリリーを見つけられるかっていう勝負だよ。勿論、移動系の魔術の使用はなしで、ね」
「ホールがこんなに歩きづらいってこと、すっかり忘れてたよ」
「それに関しては俺、現役だからな!勝ったのは俺なんだから、踊ってきてもいいだろ?大賢者」
「……仕方ない。1曲だけだからね!……リリーが断らないなら、だけど」
拗ねた様子で腕組みしてそっぽを向いた焔さんは、ぽすっと空いていた長椅子に腰掛ける。
丁度その隣にいたオリバーが、苦笑しながら焔さんの肩をぽんぽんと叩いていた。
その様子に、思わず笑みが零れる。
「だってさ、リリー。……どうかな?」
再びこちらに向き直ったライオット王子に、私は少しだけ眉尻を下げて苦笑した。
「そういうことでしたら……でも、殿下。私まだ、人前で踊る自信がなくて」
練習相手にもなってもらったわけだし、彼の助けにもなるというなら、喜んで……と言いたいところではあるのだけれど。
それでもやっぱり、ひらひらとドレスを揺らしながら踊る貴族たちの中に自分が入っていくというのは、怖い。
正直に答えれば、ライオット王子は薄紫の瞳を細めて、私を安心させるように優しい笑顔で頷いた。
「大丈夫。俺がワルツ得意なのは、リリーも知ってるだろう?完璧にリードするから、俺に任せて」
「殿下……」
確かに、練習でライオット王子と踊ったときには、まだたどたどしいはずだった私でも綺麗に踊ることができて驚いたのを覚えている。
王子のリードなら失敗することもない、というのも、信じられるのだけれど――。
一度は差し出された手を取ろうと出した、私の手。
けれど、どうしても躊躇いが邪魔をして、王子の手に触れる前に少し、迷ってしまっていた。
「……リリー」
宙ぶらりんになった私の手が、横から伸びてきた手にそっと握られる。
温かくてしなやかな優しい指先が、私の手を包み込んでいた。
「シャーロット」
「初めての怖い気持ちは、私にも覚えがありますわ。でも、せっかくの舞踏会に、せっかくの殿下からのお誘いですもの。踊っていらしたら?」
「……うん……」
シャーロットの微笑みと優しい言葉に、心が揺れる。
「大丈夫ですわ。あんなに練習したんですもの。それに、会場で踊るダンスは、とても楽しいんですのよ。貴女にも、楽しんできて頂きたいですわ」
いつもいつも、私の背を押してくれる大切な友人。
「……ありがとう、シャーロット」
沢山の気持ちを込めて言った言葉に、彼女は頷いて、そっと手を解いた。
まだ彼女の温もりが残る手を今度こそ伸ばして、私はライオット王子の手を取る。
「未熟な私でよければ……喜んで」
嬉しそうな笑顔で立ち上がるライオット王子に手を引かれ、シャーロットとオリバー、そして焔さんに見守られながら、私はダンスホールの中央へと足を踏み出した。




