53.オルフィード国王と大賢者様
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「やだなぁ、そんな大層なものじゃないよ。普通に接してくれ」
焔さんは王様に軽くそう言った。
「そうですか、それならばお言葉に甘えて失礼させて頂きます。……すみませんな、何しろ老体なもので」
「いいよ、本当に気にしないで」
「いやはや、私の命があるうちに、よもや大賢者殿と直接話ができるとは思いませんでした。本当に、なんと嬉しいことか」
「悪いね、外出が嫌いなんだよ。まぁ今日は、僕の可愛い秘書を舞踏会に参加させてあげたくて、つい出てきてしまったのだけど」
「それはそれは。では、秘書様に感謝せねばなりませんな」
そんな会話を頭上に聞きながら、いくつもの視線を肌で感じてちょっとだけ身じろぎする。
焔さんと王様の会話に、ライオット王子の声が加わってくる。
「父上。彼女には、私もとてもお世話になっています。良い友人です」
「なんと、ライオットまでもが世話になっておったか」
「世話っていうか……まあ世話かな。君、唐突に図書館に押しかけてくるもんね」
「なんだよ大賢者。つれないこと言わないでくれ。俺と大賢者の仲だろう?」
「そんな仲になった覚えはないけどね。まったく……君、ほんと思い込み強すぎでしょ」
「ほっほ。ライオットから大賢者本人と知り合いになったとは聞いておりましたが、まさか本当に、これほど打ち解けているとは。……今宵は、なんと嬉しい夜か」
「そんなに喜ばれても……まぁいいけどさ」
「父上、良ければリリーとも……秘書の彼女とも話したいのですが、ご紹介させて頂いてもよろしいですか?」
「ちょっと、リリーは僕の秘書なんだから。紹介するのは僕の役目でしょ」
王様の前だというのに、いつもの調子で喧嘩を始めそうな2人にはらはらしてしまう。
こんなに人目のある場所で、2人を止めるなんてとてもじゃないけどできそうにないから、さすがにやめてほしい。
しかしそんな心配は、王様の穏やかな一言によって救われた。
「まぁまぁライオットよ。秘書殿の紹介は、大賢者殿からお受けしようではないか。……大賢者殿、すまないが、その麗しいご令嬢の紹介を頂けまいか」
「うん、喜んで。……リリー」
……ついに、きた。
「はい……」
静かに深呼吸をして、応えた声はほんの僅かに揺れてしまった。
目の前に差し出された焔さんの手を取って、そっと立ち上がる。
転ばないように、落ち着いて、ゆっくりと。
どきどきと耳の奥で鳴り響く鼓動に焦る気持ちを必死に堪えながら、顔を上げずにそのまま綺麗に礼を取った。
「紹介するね。僕の秘書としてリブラリカで働いてもらっている、リリーだよ」
焔さんの声に、もう少し頭を低くしながら、お腹の辺りに力を込めた。
「大賢者イグニス様の秘書を務める、リリーと申します。お初にお目に掛かります、陛下」
何度も練習してきた台詞を、間違えないように口にする。
少し声が小さかったかもしれない、と、どきどきしながらその姿勢で待っていると。
「丁寧なご挨拶感謝する。リリー殿。顔を上げて欲しい」
国王の思いのほか優しげな声が聞こえた。
「失礼いたします」
静かに返事をして、またゆっくりと姿勢を戻し――今度は、顔を上げた。
礼をしている間ずっと支えてくれていた焔さんの手を離し、教えられた通りの姿勢で背を伸ばす。
正面の壇上に座る国王の顔を、はっきり見ることができた。
豊かな髭を蓄えた顔は皺が寄り、垂れた目元は声から受けた印象通り優しげだ。
薄紫の綺麗な色の瞳がライオット王子と同じで、ああ親子なんだな、と無意識に感じる。
分厚い生地で作られた衣装にはびっしりと豪奢な刺繍が施され、マントも宝石や刺繍に飾られて、オルフィードという国の豊かさを感じさせる。
目が合うと、にっこりと微笑まれた。
「これはなんとも美しいご令嬢だ。お初にお目にかかる、オルフィード国国王だ」
「本日は、ご招待賜りまして光栄で御座います、陛下。この様な素敵な場に来れましたこと、心より感謝申し上げます」
事前にシャーロットと用意した挨拶を告げて、微笑みを返す。
……内心はどきどきだ。
そんな私に、王様は優しく頷いてくれる。
「大賢者殿より秘書を雇ったと手紙を頂いた時にはまさかと思ったが、これほど若い令嬢だとは思わなかった。王子も世話になっているようで、感謝している」
「私の方こそ、王子殿下には大変良くして頂いていて、有り難い限りで御座います」
「彼女には本当に沢山のことを教わっているんです、父上。……リリー、今夜も色々と話せれば嬉しい」
「……ありがとうございます、殿下」
ライオット王子の爽やかな笑顔に、ちょっとだけ冷や汗をかきつつ、なんとか返事をした。
だから焔さん、そんなに睨まないでください。
視線が痛いです……。
ってそれより、王様の前でそんなとげとげしたオーラ出さないでください。
――なんて、私の心の叫びは、悲しいことに焔さんには届かない。
「仲が良いようで何よりだ。……秘書殿、これからも息子のことをよろしく頼みますぞ」
「はい」
王様の口調や表情が柔らかいので、何となくだけどこちらの肩の力も抜けるような気がする。
王様は満足そうに頷いて、再び顔を焔さんへと向けた。
「直接大賢者殿とお会いできた貴重な機会だ。可能であれば、別室でもうしばし話をしたいのだが……」
「今日は舞踏会を楽しみに来ただけだし、お断りしたい――と、普段だったら言うところなんだけどね。実はこっちも話さないといけないことがあるんだ」
てっきり、この手の話は断るものだと思っていたのに、焔さんが意外なことを言うので驚いた。
思わず焔さんを見ると、彼はちょっとだけ首を傾げてそっと私の手を取る。
「ごめんねリリー。仕事の話をしてくるから、少しの間だけ、ロイアーたちと待っていてくれないかな?」
申し訳なさそうな声がそう告げて、次いでとばかりに握った私の手の甲に口づけた。
不意打ちに、心臓が跳ね上がる。
こんな……人の目が集まっている、王様の目の前なんていう状況で――わざわざこんなことしなくても……!
動揺しつつも、取り乱したりはしなかった私を誰か褒めて欲しい。
顔くらいは赤くなっているかもしれないけれど、なんとか裏返ることない声を出そうと小さく深呼吸した。
「お仕事でしたら仕方ありません。私のことは気になさらず、マスター」
「ありがとう。すぐ戻るから、良い子で待っていてね」
最後のおまけとばかりに、焔さんの手がふわりと私の髪を掠めて離れていく。
触れはしなかったけれど、頬に触れそうだったその気配だけで肌が少しざわついた。
「リリー、ほんとにごめんね。……陛下、大賢者殿。ではこちらへ」
「すまないな、秘書殿。少しばかり大賢者殿をお借りするよ」
ライオット王子に促され立ち上がる王様が、最後にこちらへ一声掛けてくださったのに深く礼をして応える。
王様、焔さん、王子の背中がカーテンの裏へと消えていって、ようやくホールにもざわめきが返ってきた。
……やっと、息がつける。
ゆっくりと身体を起こして、大きく息を吐いた。
本当に、色んな意味で緊張した……。
「リリー、お疲れ様ですわ」
「ありがとうシャーロット……私、変じゃなかった?」
後ろから歩み寄ってきてくれたシャーロットの手を借りて立ち上がる。
「ええ、大丈夫でしたわよ。ちょっとイグニス様にはひやひやしましたけれど、何事もなくてほっとしましたわ」
「うん、本当によかった……」
「よく頑張りましたわね」
優しい言葉に、ちょっとだけうるっときてしまう。
でもまだ泣いちゃいけない。挨拶が済んだというだけで、舞踏会が終わったわけじゃないのだ。
「2人とも、そろそろ移動しないと――」
こそっとオリバーがそんな言葉を囁いてきた、その時。
「――ちょっと失礼してもよろしいかな?」
「え?」
背後から掛けられた声に、何かを考える前に振り向いてしまう。
そこにいたのは、数人の貴族男性たち。
「先ほどの陛下へのご挨拶、拝見させて頂きました。貴女が本当に、あの大賢者様の秘書ということでよろしいかな?」
突然話しかけられたことに驚きながらも、居住まいを正す。
「え……ええ、そうですけれど……」
「こんなに若く美しいレディとは思わなかった。是非僕たちとあちらでお話でもいかがですか?」
えっと……これは、ちょっと相手にしたくない。
というか、他の貴族の方たちとは極力話をしないでいるつもりでいたのに、こう直接話しかけられてしまうと……どうしたものか。
「……ああ、遅かったか」
困り果てる私の後ろから、オリバーの微かな溜息が耳に届いた。




