39.休日は城下街で<6>
いつもお読み頂いていてありがとうございます。
城下街ツアー回、アクセサリー選びのお話です。
ふと視線を感じて顔を上げると、窓際の長椅子にゆったりと腰掛けた焔さんと目が合った。
一瞬どきっとしたものの、焔さんがにこっと手を振ってくれるので、こちらも軽く手を振り返す。
あちらはあちらで、オリバーと楽しそうに過ごしているようでほっとした。あの2人はなんだかんだと、気が合うようだ。
そんな私と焔さんの様子を見ていたらしいシャーロットが、ふうん、と口元を緩めた。
「随分と仲がよろしいようではありませんか、リリー?」
「えっ」
振り返れば、手に持っていた綺麗なネックレスをテーブルへと戻したシャーロットが、すすすっと肩を寄せてきていた。
なんとも楽しそうな表情で小さく肘をつつかれる。
「……イグニス様とお付き合いされてますの?」
「…………へ?」
思いもよらない質問に、間の抜けた声しか出てこない。
きょとんと首を傾げている私に、シャーロットは呆れたように肩を竦めた。
「その様子では、相変わらずのようですわね……。少しは意識するようになったかと期待しましたのに」
「えっ……え、なんで……いきなりそんな話?」
「いきなりじゃありませんわよ。今日見ていただけでもだいぶ距離が近いようでしたし、とても良い雰囲気ではありませんか」
「そう、かな?」
「そうですわ。イグニス様だって、貴女のことをすごく大切にされているようですし……」
「それは……」
それは、私の保護者のつもりだから――、なんじゃないか、と思うのだけど。
「……でも、やっぱりイグニス様は、私の憧れの人だから」
結局、返す言葉も見当たらなくて、いつだったかの恋愛談をした時と同じような返事をしてしまう。
焔さんはだって、そういうのではない……ない、はずだよね?
「たぶんその、好きとかそういうのじゃない……と思う。……よく、わからないけど」
小声でぼそぼそ付け足しながら、手に持ったままだったネックレスに視線を落とす。
それは小さめの鮮やかな紅い宝石が連なって、いくつも流線形に繋がれた、華奢ながらに綺麗なネックレスだった。
紅い輝きは、どうしても焔さんを連想してしまう。……一番最初にもらったブレスレットの石が紅いのが原因だと思うのだけど。
歯切れの悪い私の言葉に、シャーロットは小さく微笑んだ。
「では質問を変えますわ。……リリーは、イグニス様にどきどきすることは、あります?」
「えっっ!!」
今度はちょっとだけ、ひっくり返ったような声が出た。
危うくネックレスを持つ手を滑らせそうになって、ひやっとする。幸い落とすようなことにはならなくてほっとした。
「そ、それ、は……」
ある。どきっとすることだったら、日常的に心当たりがあると言える。
なんとなく動揺して目を泳がせてしまう、どう見てもわかりやすい私の様子を見たシャーロットはくすくすと嬉しそうに笑った。
「なるほど、覚えはあるようですわね」
「そ、そんな、その……っ。だ、だって!イグニス様、すごくかっこいいし……!」
「確かにお顔は整っているようですし、品のある立ち居振る舞いをなさるお人ですわね」
「そう!だから、そんな……どきっとすることくらい……ある、でしょ?」
「ふふ……どうしてそこ、疑問形なんですの?」
だって仕方ないのだ。本当に焔さん、顔が良いんだもの。
女の子だったら、誰でもあんな風に優しくされて綺麗な笑顔を向けられれば、どきどきすると思うのだ。
なんとなくやられっぱなしな気がして、私はふと、ちょっとした反撃に出ることにする。
「そういうシャーロットだって。イグニス様のこと好きなんじゃなかったの?」
「あら。私確かに、大賢者様へ恋をしていた時期もありましたけれど、過去形ですわよ?」
「過去形ってことは、今は?好きな人とかいないの?」
私としては本当に、ちょっとした仕返しのような、友人との戯れの会話のつもりだったのだ。
ただその瞬間、私の言葉にぴたりと一瞬動きを止めた彼女の表情は、何となく寂しいものに変わっていた。
「……私は、ロイアー家の人間ですから」
静かな声は、切ない色をしながらさらりと零れていく。
「貴族の中でも地位ある家に生まれた、その定めですわ。私には、恋をすることは許されませんの」
「…………」
なんだか今日、似たような色の切ない言葉を、別の誰かから聞いた気がする。
そんな風に思った次の瞬間には、少し離れた場所で寛ぐ赤毛の友人が脳裏に浮かんでいた。
オリバーもシャーロットも、貴族として生まれたというただそれだけのために、自分の気持ちを素直に持つことすらできないらしい。
恋という気持ちは、私にはわからないけれど。
それはなんだか……寂しいと、思う。
「貴族って、難しいんだね……」
しばらくの沈黙の後、そう呟けば、シャーロットはちょっとだけ痛みを堪えるような笑みを浮かべて、私の肩にことんと頭を乗せてきた。
甘えるようなその仕草に、私はネックレスを置いて、彼女の手をそっと握った。
一層近くなったその距離で、シャーロットは微かな声で囁いた。
「……それでも私、好きな人はおりますのよ」
「!」
「心の中で、思うだけなら自由でしょう?」
「うん……うん、そうだよ」
ぎゅっと、握った手に更に力を込める。
私にはまだわからないけれど、好きって、きっと素敵な気持ちなのだと思うから。
自由にならない気持ちなのだとしても、大切にして欲しいと思う。
「ねぇ、シャーロット?」
「なんですの?」
「誰かを好きになるって、どんな感じなの?」
「そうですわねぇ……」
思い切って尋ねてみると、シャーロットから微かに、楽しそうな笑い声が聞こえた。
「なんだか……とても優しくて、幸せで、くすぐったいような気持ち……でしょうか。でも私は、どうしても素直にはなれないんですの。その人を見かけるだけで気分が明るくなって、たまにどきどきすることもありますわ。……そんなときめく気持ちを感じたら、それが誰かを好きになるってことなのかもしれませんわね」
「幸せに、どきどきに、ときめく、かぁ……」
どきどき……は、たまに焔さんの顔が良すぎるせいですることもあるけど。
幸せ、に、ときめく気持ちか……。
「私にもいつか、そんなふうに思える人、できるかなぁ」
そんなふうに呟くと、微笑みながら身を離したシャーロットが、何故か苦笑したように肩を竦めてみせた。
「……私には、時間の問題のようにも思えますけれどね」
「え?」
互いの距離が離れてしまったせいで、シャーロットの囁き声がぼそぼそとしか聞こえなかった。
首を傾げて聞き返す私に、シャーロットは首を振る。
「いいえー、なんでもありませんわ。それよりほら!アクセサリー選び、再開しましょう!」
「えっえっ」
「ほらほら!早くしないと日が暮れますわよ!」
ぐいぐいと背中を押されて、結局彼女がなんて言ったのかわからないままにアクセサリー選びに戻されてしまった。
再び視線を落とした机の上には、シャーロットと一緒に選び途中のアクセサリーが、まだ100個以上は並んでいるだろうか。
これでも、絶対に選ばないなと思う物から減らしていった成果……なのだけど。
改めて机に残った物を見つめても、もうこれ以上はどれもが似たような雰囲気に見えてしまって困り果てている。
そっと手に取った、ちょうど手前にあった髪飾り。
大ぶりの薔薇のような造花が印象的で、土台になっている赤い大きめのリボンがとてもかわいいのだが、リボン自体に光沢があるのが少しだけ気になっている。
先ほどシャーロットと話した時には、リボンなどの生地には光沢があったほうが会場の照明に照らされて綺麗に見える、ということだったけれど……。
手元のリボンを傾けた時の光沢部分が、あの日選んだドレスにはどうにも合わない気がするのだ。
似たような形の髪飾りを3つほど手元に引き寄せて比べてみても、どうにもしっくりこない気がする。
小さく唸りながら首を傾げていると、突然後ろから小さく肩を叩かれた。
「……!」
シャーロットかな、と、何気なくくるりと振り返って、視界に入ったそれに驚いて、びくりと身体が飛び跳ねた。
かなり至近距離に立っていたらしいのは、少し前まであちらの長椅子に座っていたはずの焔さんで。
「――ああ、ごめん、ちょっと動かないで」
反射的に離れようとした私の肩が、あっという間に焔さんの手にがしっと固定された。
「っ焔さん、びっくりさせないでください……」
まだどきどきしている胸元を押さえながら、仕方なく動かないでいることにする。
机に向かって仕事をしているときのような真剣な表情で私の頭を見ていた焔さんは、しばらくすると「うん」と満足そうに頷いて、表情を崩した。
やっと焔さんが一歩下がってくれて、空いたお互いの距離にようやく身体の力を抜く。
ほっとしながら見上げると、焔さんはにこにこした顔で何かを手渡してきた。
「はい。これならどうかな?」
「これ……?」
差し出した私の手に乗せられたのは、大きな赤いリボンの髪飾り。
紅く煌めく宝石がいくつかの小さな薔薇のような花の形に飾られたそれは、リボンの生地がベルベッドのようなさわり心地で光沢がない。
その代わりのように、合わせられた繊細な黒のレースの所々に、紅い極小粒の宝石かビーズのようなものがちりばめられているようだった。
先ほどまで手に持っていたものと比べるとリボンの部分が大きくて、でも煌めきのバランスはこちらのほうがすごく良い。
この髪飾りなら、あのドレスにも似合いそうだ。
「わ……これ、どうしたんですか?」
そっと受け取りながら尋ねると、彼は机の端のほうを指した。
「あの辺にあったんだ。梨里さんが迷ってたものと似たもので探してみたんだけど……どうかな?」
「はい、すごくいいと思います……!私じゃまだ机の端まで見れてませんでした。……髪飾りはこれにします」
「そっか、役に立てたならよかった」
嬉しそうにふにゃりと崩れる笑顔に、一瞬どきっとして――ついさっきのシャーロットとの会話を思い出して、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
赤くなっているかもしれない顔を俯けて、なんとなく落ち着かない気持ちで話題を変えようとする。
「えっと……でも、どうして急に焔さんが?さっきまで、オリバーとお茶してたんじゃ……」
「ん?それは……」
頭上で途切れた声にそろそろと視線を上げれば、焔さんがふと後方を見つめていた。
そっと身を乗り出して、焔さんの向こう側を見てみると……。
「あ」
机の向こう側で、シャーロットの手に持つアクセサリーに、横からオリバーが何か言っているようだった。
頬を染めて何事か主張しているシャーロットに、オリバーが楽しそうに笑顔を見せている。
「オリバーと、僕らもお手伝いしようかって話になってね」
「そうだったんですね」
なんだか楽しそうにじゃれ合っているようにも見える2人の様子に、焔さんと顔を見合わせて少し笑ってしまった。
その後は、焔さんに手伝ってもらったのもあって、とてもスムーズにネックレスやイヤリングを選ぶ事が出来た。
さすがは焔さん。アクセサリー選びまで得意らしい。
何かで迷っていると焔さんがとてもイメージ通りのものを見つけてきてくれる、ということが何度もあって、選ぶのに苦戦していた私には本当にありがたかった。
さくさく進んだ私のアクセサリーより少し時間は掛かってしまったけれど、結局シャーロットもオリバーと元気に言い合いをしながらアクセサリーを決めることができたらしい。
最後にシャーロットとのお揃いのアクセサリーとして、色違いの小鳥のブローチを選び、購入などの手続きが終わった頃には、すっかり夕焼けの柔らかな光が城下街中を包み込む時間になっていた。




