35.休日は城下街で<3>
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城下街ツアー回の続きです。
豪奢なフロアにどうしていいかもわからない私とは違って、オリバーとシャーロットは慣れた様子ですたすたとショーケースの方へ歩いていってしまう。
慌てて追いかけると、すぐ傍にあるケースの中に、ずらりと並んだマナペンが見えた。
金や銀色のものに様々な彫刻がされたものが多いけれど、中には宝石のような鮮やかな色をしたものや、水晶のように透明なものまでひたすらに膨大な数が陳列されているようだ。
アンティーク調の金属軸のマナペンが飾られたショーケース前で足を止めたオリバーは、並べられたものをのぞき込みながらふむ、と顎に手を当てる。
「これだけ色々あると、毎回悩むんだよなぁ……」
「そんなに悩んだところで、またすぐ折ってしまうのではなくて?」
「言うなよシャーロット。俺だって折りたくて折ってるわけじゃないんだ」
「貴方はマナペンの扱い方が雑なんですのよ。もっと大切に扱いなさい」
「えー」
オリバーとシャーロットが軽口を言い合いながら覗き込むショーケースに、私もそっと首を伸ばしてみる。
ずらりと並んだ、品のあるくすみ掛かった金属のマナペンに、綺麗な蔦が巻き付いていたり、繊細な花や鳥が彫り込まれていたり。
ひと目で高級そうだとわかる品ばかりな上に、ケースの中にはどこにも値札のようなものが見当たらない。
……これは、本当にセレブの買い物だ。
少しだけ背筋が寒くなって、ショーケースから一歩後ずさる。と、思ったよりもすぐ近くに焔さんが立っていたらしく、温かな手にそっと背中を受け止められた。
「あ、すみません」
「ううん。……んー、それにしても、なかなか趣味がいいものが揃ってるみたいだね」
見上げた焔さんは、真剣そうな瞳で陳列されているマナペンを眺めていたと思えば、次の瞬間にはぎゅっと私の手を握っていた。
「オリバー、ロイアー。僕もちょっと品選びしてくる。あ、リリーは連れてくね」
「えっ」
っと驚いた声を上げたのは私。
「あら」
「おー」
そのままずるずる手を引かれていく私に、オリバーはショーケースから目を離さずに軽く手を振り、シャーロットはちょっと嬉しそうな顔で頬を染めていた。
取り敢えず、シャーロットが何か誤解していそうなのだけど、この場所で声を上げる訳にもいかないし、仕方なく手を引かれるまま焔さんについて行く。
「僕のマナペンも、ちょうど替え時かなって思ってたんだよね。梨里さん、よかったら選んでよ」
「わ、私がですか?!」
「嫌?」
「嫌、とかではなく……!」
こそこそとそんな会話を続けながら、焔さんが足を止めたのはフロアの奥の方にあったショーケースの前。
近くに立つスタッフから礼をされてちょっとだけ居心地悪く感じる私のことなどお構いなしに、焔さんは、ほほうとショーケースに見入っていた。
「ほら、見てごらん梨里さん。綺麗でしょう?」
「……わ……」
焔さんの言葉に促され、ようやっと目に入ったショーケースの中の光景に、一瞬呆けてしまいそうになるほど魅入られた。
ケースの中からきらきらと零れる光の量は、他のケースとは比べものにならない。
ペン先と軸の中心に純白の金属が使われたそれは、全体が透明度の高い無色透明の宝石か何かで出来ているようだった。
透明の宝石部分に彫り込まれた彫刻は、先ほどまで見ていたものとは段違いに細かく繊細で美しい。その彫りによってまた乱反射した光が、きらきらと降り積もるように輝いていた。
ショーケースの中に並んでいるのは、わずか10本程度。
別のケースには数十本ものマナペンが並んでいるというのに、このケースだけが別格だと素人目にも分かるほどに美しく陳列されていた。
「ほ、焔さん、これ……もの凄く、お高いのでは……」
微かに震える声で小さく尋ねると、肝心の大賢者様はけろっとひとつ、頷いて笑った。
「うん、多分。でもこの宝石すごく綺麗だし、まーこの程度なら余裕で買えるから平気」
――値札すら出てないのに余裕って言葉、使っちゃうんですか?!
なんて、言葉に出しては言えないのだけど盛大にツッコミをいれてしまいたくなる気持ちは、誰か分かって欲しい。
だめだ、大賢者様の金銭感覚は、庶民には分からないレベルのものらしい。
「ね、梨里さんはどれが良いと思う?」
「こっ、こんな高いものじゃ選べませんよ……っ」
「えー、梨里さんが選べないなら全部買っちゃうけど」
「は?!」
思わず大きな声が出そうになってしまったけれど、なんとか堪えた。偉い、私。
さすがに冗談だろうと思ったけれど、ショーケースを覗き込む焔さんの瞳が、いつも仕事をしている時のような真剣なものに見える。
……時々何を考えてるのか、何をするのか分からない人だけど、今回ばかりは、本気で有言実行しそうな気がしてきた。
これは本気で、ひとつ選ばないと何本でも買ってしまいそうだ。
さっと青ざめた私にくすりと笑みを零して、焔さんはちょこっと身を寄せてくる。
「ほら、値段とか気にしなくていいからさ。梨里さんだったら、どれを選ぶ?」
本気で誰か助けて欲しいと思うけれど、これはもう選ぶ以外の選択肢は残されていないようだ。
わくわくと心底楽しそうな表情の焔さんの隣で、仕方なく腹を括った私は改めて10本のマナペンたちとにらめっこを始めることになった。
「……そんなに心配しなくたって、大丈夫だって」
「なっ……わ、私はそんなんじゃ……」
先ほどからそわそわとリリーとイグニス様へ視線を送っていたのがばれていたのか、隣でマナペンを選んでいるオリバーの言葉に、私はびくりと身を揺らした。
「シャーロットが思ってるより、大丈夫だと思うぞ。あの人だって、リリーの保護者なんだろ」
「それは、そうですけれど……」
敬愛するイグニス様のことでこの男に諭されることになるなんて、なんだか面白くありませんわ。
ふんっと小さくそっぽを向くと、幼馴染みの小さな笑い声が聞こえて心臓が小さく音を立てる。
リリーとイグニス様がいなくなって、ふたりきりになってしまったのだから、本当はすぐにでも離れたほうが良いのだけれど。
……離れがたい気持ちがどうしても強くて、足が動かずにいる。
「お、なぁなぁ、これとかどう?」
この男はそんな複雑な私の心情など知ってか知らずか、脳天気にこれは、あれはとマナペンを選んでいる。
ちょっと溜息を吐きつつも、指さされた先のマナペンを覗き込んだ。
平原と、大きな木が彫り込まれたものだ。綺麗だけれど、ちょっとシンプルすぎる気がする。
「それだと、少し飾り気がなさ過ぎなのではなくて?」
「ちぇ、これもだめかよー」
私が何か指摘すると、この男は別の物を探し始める。
そんなことをもう何度も繰り返していた。
「……ちょっとブリックス。ご自分で使う物なのでしょう?いちいち私に聞かずに選べばよろしいのではなくて?」
「んーでもさ、やっぱマナペンくらい、ちゃんとしたの持っていたいだろ? いつもは適当に選んじゃうけどさ、良い物をきちんと選べば、お前が言うように大切に扱うようになるかもしれないし」
「マナペンは確かに貴族の身だしなみでもありますけれど……うーん」
確かに、大切に扱えと言ったのは私。だけれど、だからと言って、私に聞かなくても。
「あー、それならさ、シャーロット。お前が選んでくれよ」
今思いついた、みたいな軽い口調の言葉に、かっと頬が熱くなるのを感じた。
怒鳴りつけたくなるような勢いを小さな理性で必死に押さえる。
「ばっ……!!ちょっとオリバー!貴方、自分が何言ってるか、わかって……っ」
「え?……分かってるけど、別に友達同士だしさ、良くない?」
「か、軽すぎますわ……っ!」
勢いよく彼に背を向けて、両手の平で頬を隠した。
近しい人、親しい人にマナペンを贈る、という行為自体は、割と一般的な習慣だったりするけれど。
それが若い男女間で行われる場合には、つまりが「そういう」意味のものになる。
貴族の間では庶民より顕著なそれを、いくら鈍いとはいえこの男が理解していないはずがないのだが。
そろりと彼の顔を盗み見れば、自分がこれだけ羞恥で顔を染めているにも関わらず、憎たらしいくらいに平然とした顔をしている。
「それより、久々に聞いたな。お前がオリバーって呼んでくれるの」
さらに小さい声で告げられたその言葉が、いつも以上にそっけなくて平坦に聞こえたことくらい、気づいている。
昔から、この男は自分の感情を隠そうとするときに、そっけない平坦な言い方をするのだ。
「……たまたまですわ。驚きすぎて、口が滑りましたの」
それに気づかないふりをして、いつも通りに返す私も、私ですわね……。
どうしても素直になれない。
――いや、なってはいけないのだ。
友人と一緒とはいえ、オリバーとこんな風に休日に一緒に出掛けて、買い物をするなんて。
信じられないほど幸せで、ありえないことのはずだったのに。
彼の使うマナペンを私が選ぶだなんてそんなこと――本当だったら、許される訳がない。
それは、この男だって十分にわかっていることだろうに。
――友人として。
そんな言葉に包んで誤魔化して、良いことなのだろうか。
素直になれない自分の気持ちと、目の前に突如差し出された甘い誘惑に、大きく心が揺れる。
一体、どのくらい黙ったままでいたのだろう。
「…………3段目」
同じように黙ったまま、私とは視線も合わせずショーケースを見つめているオリバーに、結局、ぼそりと呟いた。
「右から……6本目。リリーや……友人に選ぶなら、それにしますわ」
貴方のために選ぶとは、口が裂けても言えない。
大切な友人の名前を出して、可愛げの欠片すらなく、ぼそりと呟くのが私の精一杯だ。
「おー……綺麗だな、鳥の彫刻か」
示したのは、蔦模様が美しい太めの軸に、楽しそうに飛ぶ2羽の鳥が彫られたマナペン。
しばらくそれを眺めたオリバーは、相変わらずこちらを見ることはなかったけれど――満足そうに頷いた。
「うん、気に入った。それにするよ」
「…………」
それ以上何も言えずに押し黙る私の頭を、温かくて大きな手が昔のようにぽんと一度だけ撫でて離れていった。
そのままスタッフに声を掛け会計を済ませる彼から、今度こそ足早に離れる。
視界に煌めくシャンデリアが、溢れそうな感情でほんの僅かに滲んで見えた。
目の前には変わらず、10本の超高級なマナペンが眩しいくらいに輝いている。
だいぶ悩んで、ようやく2本にまで絞り込めたけれど、この2本から選ぶというのがまた大変そうだった。
焔さんは隣でにこにこしたまま私の様子を見守るばかりで、まったく口出ししてこない。
ただただ楽しそうに、私が唸るのを眺めているようだった。
早くこの状況をなんとかしたいのだけれど、この2択がどうしても決められないでいる。
片方は、様々な形の星の彫刻がちりばめられた、夜空のような模様のペン。
透明な宝石と軸の純白が合わさって、白夜のような印象を受けるマナペンだ。
もう片方のマナペンには、雪と月の彫刻が施されていた。
繊細で細かい雪の結晶の彫刻が見事で、逆にシンプルに彫られたちょっとだけ欠けた月とのバランスがいい。
……もしこれが自分のものだったとしたなら、雪の方のマナペンにするのだけど。
今選んでいるのは自分のマナペンではなく、焔さんの使うマナペンだ。
焔さんに似合いそうなのは、どちらかといえば白夜のようなマナペンのほうなのだけど……自分で一度いいなと思ってしまうと、どうしても雪の結晶のマナペンにも心が惹かれてしまう。
2本のペンを眺めうなり続ける私の様子を、私が知らぬうちに焔さんにはしっかりと観察されていたのだが、私はそれどころではなく全然気づいていなかった。
そんな時。
「――、――」
遠くから小さく聞こえたオリバーの声に、はっと顔を上げる。
見れば、スタッフと会話してマナペンをショーケースから出してもらっているオリバーの姿が遠くに見えた。
まずい、あっちの買い物が終わってしまう。
一気に焦りが吹き出してきて、うっかりしてしまっていた。
そう、うっかり。
このショーケースの一番近くにいたスタッフと、ばっちりと目が合ってしまったのだ。
当然、スタッフは静かにこちらに移動してきて、綺麗に微笑みながら予想通りの言葉を並べる。
「お客様。どれか気になるお品物がございましたでしょうか?」
さーっと血の気が引いていく音が、聞こえた気がした。




