293.終章
――針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの、静寂。
立ち並ぶ書棚たちは、果てが見えない程遠くまで連なり。
ランプの灯りに照らされたそこは、静かな本の楽園だ。
「んん……むにゃ」
ふっと目が覚めて、上質なビロードの長椅子から身体を起こす。
どうやら、作業中に気が抜けて、居眠りしてしまっていたようだった。
ふわああっと伸びをする。
目の前の机には、やっとのことで書き上げたばかりの自伝が置いたままになっていた。
装飾のないすっきりした表紙を、さらりと撫でる。
私が、まだ堀川梨里だった頃――元の世界で、焔さんと出会った時から、妖精の国へと行ったことまで。
自分が経験したことを、文字にして残しておこうと思い立ってから……仕事の合間を縫って、少しずつ書き進めていって。
そろそろ、5年が経つかと思われた今日、やっと書き終えることができた。
「おーい、リリー」
呼ぶ声に振り向けば、相棒の黒猫がとてとてと書棚の影から姿を現す。
「そろそろ夕飯の時間だろ。食堂行くぞ」
「わかった。ちょっと待ってて」
「早くしろよー。イグニスが寝落ちしかけてた」
「わ、それは大変」
早くしろ、なんて言いながら、ごろごろクッションの上で転がるアルト。
急いでマナペンを片付けて、本を引き出しにしまう。
「行こう!」
今日もきっと、モニカが美味しい夕飯を用意してくれているのだろう。
受け取ったら、焔さんの所へ行って、一緒におしゃべりしながら夕食の時間を取って……。
やっと本が書き上がったよ、と、大切な仲間達にも報告しよう。
応接室へと続く扉をくぐる直前。
ふと足を止めて、最奥禁書領域を振り返った。
古いインクと紙、そして妖精避けの薬草の匂い。
どこまでも続く、本の海。
誰も邪魔をする人なんていない。
私と、焔さんのためだけの場所。
……ああ、ここが大好きだなって。
ふとした瞬間に、何度だって胸が弾むのだ。
この場所は――これまでも、これからも。
この国の大賢者様の聖域で、私がやっと見つけた、最愛の家なのです。
大賢者の秘書、リリーの手記より
約5年間に及ぶ連載期間、毎週楽しみにしてくださった皆さま、これまで本当にありがとうございました。
無事に完結まで書き切れたことが信じられないような、ふわふわした気持ちの櫻井です。
長い時間向き合ってきた、焔と梨里の物語は、これからもリブラリカにて、ずっと続いていくのでしょう。
彼らの物語と出会えたこと、綴ることができたこと、なんと表せば良いのか……心の中は、感謝の気持ちでいっぱいです。
これからのことは、別に活動記録のほうに詳細を書かせていただきますね。
ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございました。
もしよろしければ、評価やレビュー、感想など頂けると、とてもありがたいです。
それでは、また別の物語でお会いしましょう。
櫻井 綾




