24.大賢者様と城下街デート<前編>
いつもお読み頂いてありがとうございます!
お待たせしました、焔と梨里のデート回前編です。
「…………」
もう何度目になるかわからないけれど、私はまた姿見の前で、ついてもいないスカートの皺を伸ばしていた。
着ているのは休日用にともらった水色のワンピース。
何故こうなったのかよく覚えていないのだけど、今日は週末で、そして焔さんとデートをする日だ。
どうしてこんなことになったのか。
あの日デートしよう、といい笑顔で誘ってきた本人は、何故という問いをはぐらかし続け、結局今日まで答えてくれなかった。
あの会話の直前に「僕が最初に誘うべきだったのに」、なんて言っていたし、ちょっとした義務感からだろうな、とは思うのだけど。
それでもやっぱり緊張はする。
なにせ相手はあの大賢者様だ。
ふたりで町中を歩くなんて、周りにどんな風に思われるか知れない。
せめて見苦しくはないように……と見た目には気を遣っているけれど、緊張でぐらぐらしてきそうだ。
「おい、落ち着けって」
呆れたため息をついて、テーブルに丸くなったアルトが声をあげる。
「大体お前、自分の世界で焔とカフェで話し込んだことあったじゃねぇか。それと何が違うんだよ」
「な、何がって……違わないけど、なんかこう……だって……!」
上手く言葉にならない何かが、こう、ぐわーって。
言葉にできず両手をわちゃわちゃさせる私に、アルト様から哀れみの籠もった視線が向けられる。……ちょっと、というかかなり刺さるのでその目はやめて欲しい。
そんな会話を遮るように、控えめなノックの音が響いた。
「!はい……っ」
慌てて走り寄り扉を開ければ、いつもの豪奢なシャツとベストはどこへやら、地味目のゆったりしたシャツにゆったりした生地のズボン、普通よりは少し上等くらいの灰色のフードを被った焔さんが立っていた。
下級貴族の息子、くらいの見た目……だろうか。
地味なはずなのに変わらず目を引く容姿なのは、隠せていない。
「こんにちは、梨里さん。準備できた?」
「こんにちは、焔さん。えっと……本当に、行くんですか?」
「ん?」
こてん、と子犬のように首を傾げられても困る。
「だから、えっと、本当に城下街に行くんですか……?」
「都合悪いかな?」
「いえ、そうではなくて、その……焔さん、大賢者様ですし。ばれたりしたら困るのでは、と……」
「ああ、心配してくれたんだね。ありがとう」
いつもよりフードが浅いから、綺麗な笑顔がよく見える。
すっと自然に伸びてきた手に手を取られ、気がつけばぎゅっと握られていた。
「大丈夫だよ。今の市井の民で僕の顔を知っている人はいないから。見られたところでばれないし、このフードは僕が気に入ってるだけ」
「そう、ですか……?」
「ほら、いつもの色々ついてるローブじゃないでしょ?大丈夫、ばれないから、行こ!」
「あっちょっと待ってください……!」
アルトが呆れたようにひょんと背後で尻尾を振る。どうやら一緒に来てくれるつもりはないようだ。
少しだけ強引に繋いだ手を引いて、焔さんがいつも使わない扉の一つに手を掛けた。
「さあ、今日は楽しもうね」
はしゃいだ焔さんがきらきらした笑顔を向けてくる。
こうなったら、私も楽しんでしまったほうがいいだろう。
「――はいっ!」
もうなるようになれ、という気持ちで、握られた手をぎゅっと握り返した。
眩しい光が一瞬で通り過ぎて、最初に耳に届いたのはざわざわした喧噪。
扉が繋がっていたのは、まるでヨーロッパの裏路地のような、白い石畳に白い壁が続く細い小道。
焔さんの背を追いかけて小道を出るとそこは、色と音に溢れた大きな広場だった。
「わ……!」
まるで物語の中に入り込んだような景色に息を呑む。
中央には大きな噴水。丸い広場の至る所に屋台が建ち並んでいて、店側も客側も景気の良い声が飛び交っている。たまに聞こえるのは馬の蹄の音だろうか。小さな子供の笑い声、若い少女達の嬉しげな会話、酒場に行こうと肩を組む男達。
沢山の人に溢れたそこは、私の知らない世界だった。
「ここが城下街の東にあるマーケットだよ。主に庶民が売り買いする場所で、下区の中で一番規模が大きいんだ。……はぐれたら大変だから、手、離さないでね」
繋いだままだった焔さんの手に、ぎゅっと力が込められた。
ぶつかるほどではないけれど、本当に人は多い。
知らない世界で迷子になるのはごめんだ。
ここは恥じらっている場合ではない、と、焔さんの手に半ばしがみつくようにしてゆっくりと歩きだした。
「……ああ、だいぶ活気が出たなあ」
ゆっくりと屋台を見ながら焔さんの零した言葉に、ふと顔を上げる。
また、だ。
そう呟く焔さんの瞳が、いつかの真夜中のように、少しだけ寂しそうな色を揺らしている。
「この広場、久しぶりなんですか?」
「うん、本当にご無沙汰だよ。……建国当初なんて、数件の店が路上販売しているだけだったのに」
「今はこんなに賑わってますもんね。……これも、焔さんのおかげなんでしょうか?」
「……いや。確かに手助けはしたけれど、城下街がここまで大きくなったのはきっと、この国の人達の努力の賜物だよ」
「……そう、ですね」
本当に優しげな微笑みで、焔さんは広場を見渡していた。
すれ違う人々は誰も、焔さんが大賢者だということに気づいていないようだ。ばれる心配がなさそうだということに、少しだけほっとする。
立ち並ぶ屋台を眺めてゆっくり歩く。
しばらくすると、活気ある喧噪の中、いつも聞こえる昼の鐘が、リブラリカにいるときよりももっと近くで鳴り響いた。
澄んだ音に、青空を沢山の鳥が羽ばたいていく。
その色に見入っていたら、くい、と繋いだ手と一緒に意識を引き寄せられて、戻した視界にはいつも通りの焔さんの整った笑顔が映り込んだ。
「お昼だね、向こうに軽食の屋台が出てるから、見に行こう」
「はい、行きましょう!お腹空きました」
「僕も。何か美味しそうな物あるかな」
人混みに流されながらたどり着いた料理の屋台も沢山種類があって、ふたりで散々迷った結果、ミートパイに野菜たっぷりのキッシュ、ハーブソーセージやレモネード等々、目に留まったものを多めに買ってきて、分けて食べることになった。
広場の屋台に併設された休憩スペースにやっと席を見つけて、青空の下という珍しい場所でのランチを始める。屋外だからちょっぴりピクニック気分だ。
「あ、このソーセージ美味しいね」
「こっちのミートパイもとっても美味しいです!」
「外はあまり好きじゃないけど、たまにならこういうのもいいなって思っちゃうね」
「……はい、全面的に同意です」
そう、たまに、ならほんとうに悪くないと思える。
ここが私にとって異世界だということも、少しは関係するのかもしれないけれど。
レモネードのグラスを持ち上げた焔さんが、笑顔でこちらに差し出してくる。
そっと私のグラスをぶつけると、昼の鐘にも負けないくらい綺麗な音が弾けた。
昼休憩が終わると、今度は広場を離れて大きめの路地の一つへと入った。
周りを歩いているのは若い人達が多くなる。そっと覗き込んだ道沿いの店のショーウィンドウには、綺麗なアクセサリーや雑貨、文房具などが並んでいた。
「この通りには、文房具店や雑貨屋さんが多いんだ。梨里さん、そういうの好き?」
「はい……!すごく好きです!」
「よかった。じゃあ気になったお店があったら教えて。入ってみよう」
「……はい」
隣で、にこやかに歩く焔さんが、眩しい。
いつも最奥禁書領域にいるときは子供っぽい、と思うような仕草も多いのに、今日はとても紳士的な部分ばかり見ている気がする。
最初は迷子になりたくない一心で繋いでいた手も、この状況に少し慣れてきた今だとちょっぴり恥ずかしくなってきていた。
「あ……」
「うん?」
ふと、繋いでいる手から逸らした視線の先に、ある物を見つけた。
アンティーク調のショーウィンドウに、シックなデザインのマナペンや付けペン、手帳や便箋と一緒に、キラキラと控えめな光を放つ、華奢なアクセサリーたち。
「入ってみようか」
私の視線に気づいた焔さんにまたもや手を引かれ、返事をする間もなく、ドアのベルが鳴る中お店に足を踏み入れた。
ごっちゃりとした店内は、まるで物語に出てくる魔法使いのお店のようで、人がひとり歩けるくらいの通路の他は沢山の雑貨で埋め尽くされていた。
少し離れた奥のほうにも何人かお客さんがいるらしい。ふと見上げた天井からは、繊細な細工のランプや飾りのようなものまで沢山ぶら下がっていた。
狭い店内を歩くために、そっと焔さんの手を離して歩きだす。
見覚えのあるものから、ひと目では分からないものまで、目がいくつあっても足りないほどにある商品は、見ているだけで心が躍るようだった。
用途が分からないものを手に首を傾げていると、後ろからそっと身を寄せた焔さんが小声で教えてくれる。
そんなことを何度も繰り返しながら店内を進み、今度は小さなしずくの形をした、金属製の置物をしげしげと眺めていると、焔さんがまたちょっと身を寄せてきた。
通路は本当に狭いから、そうされると肩が触れてしまいそうなくらい、距離が縮まる。
「ああ、それは写真立てだよ」
「え?写真?」
「そう。こちらの世界ではジェムスタンドって呼ばれてる。機能が限られたジェムが入ってて、記録した映像を空間上に映し出せるんだ」
「へぇ……。形は違うけれど、似たような物があるんですね」
「そういうもの結構あるよ。……あ、この隣はアクセサリーだね」
「わ、可愛い……」
焔さんの言葉通り、その隣に飾られていたのは沢山のアクセサリー。
外のショーウィンドウで見たような、派手すぎず華奢で上品な光を放つネックレスや髪留め、ブレスレット等が綺麗に並べられていた。
実は今日、秘書の仕事の報酬としてもらった、こちらの世界で使える通貨も持っている。
お金の価値はシャーロットから教えてもらっているし、ここに並ぶアクセサリーでも、安いものなら買えそうだ。
気に入ったものがあったら、ひとつ買うのもいいかもしれない。
なんて、普段アクセサリーなんて買いもしないのに思ってしまう。……なんだか私も、ちょっぴり浮かれてしまっているらしい。
小さな石のついたペンダントも可愛いし、髪留めも、華奢な細工が綺麗で見ているだけで楽しい。
あれもかわいい、こっちも……と見ていた時、ふと、自分の手首で輝くブレスレットが視界に入った。
焔さんにつけられた、留め具のないブレスレット。
普段から意識なんてしなくなってしまうほど馴染んでしまったそれは、変わらず傷一つなくキラキラと輝いている。
手首を持ち上げてみると、3連の華奢な鎖がしゃらりと揺れて、一粒だけ輝く紅の石がきらりと反射した。
アルトのあの宝石の様な瞳や、焔さんのいつものローブについている飾りの宝石たちのような、深く吸い込まれそうな鮮やかな紅。
一度それを意識してしまうと、何故だか目の前に並ぶアクセサリーたちが全部いまいちに見えてきてしまった。
「梨里さん、どうかした?」
突然動きを止めた私に、焔さんがそっとまた身を寄せてくる。
「えっ!あ、いえ、なんでもないんです。……次、見に行きましょう?」
驚いて咄嗟にブレスレットを背後に隠してしまう。笑って誤魔化す私を見て、焔さんはちょっとだけ目を丸くしていた。
結局、ぐるりと店内を一周する頃には大分時間が経ってしまっていた。
そろそろ出ようか、と出口へ足を向けた刹那。
ふと、先ほどまで気づかなかった棚に目が行く。
「あ、これ、もしかして……」
そこに並べられていたのは、金属に飾り彫りを入れた、手のひらサイズの薄い長方形の板。
「栞だね。沢山種類があるなぁ」
「やっぱりそうですか……。これは、私の世界のものと同じですね」
予想通り、それは金属製のブックマーカーだったようだ。
花や動物、どこかの景色などが透かし彫りになった栞たちは、金や銀、果ては透明度の高い宝石で作られたものまである。
「すごい、綺麗……」
「うん、造りが良いね。すごく綺麗だ」
こういうものに夢中になってしまうのは、本好き故なのか。
焔さんまで真剣な目をして栞を見つめている。
「僕、栞って無駄に沢山集めちゃうんだよね」
「え、焔さんもですか?」
「やっぱり梨里さんも?」
「はい、綺麗な栞を見かけると、ついつい購入してしまって……。自宅の引き出しいっぱいにあります」
「そうなんだよ。そんなに何冊も同時に読むわけないんだけど、栞ってすごく魅力的に見えちゃうんだよね……」
「わかります……!」
そんな会話を小声で続けながらも、ふたりとも目は栞を品定めし続けているあたり、本当に気が合うというか。
しばらくふたりで、これも、あれもと栞を見ていたところ、ふと焔さんが楽しげな声を上げた。
「あ、そうだ。今日の記念に、僕が選んだ栞、梨里さんに贈ってもいい?」
「すごい、素敵ですね、それ!私も焔さんに栞、選んでもいいですか?」
あまりにもときめく提案に、がばりと食い気味に顔を上げた。
目が合った焔さんが、一瞬驚いたような顔をしてから、今日一番に優しい笑顔で頷く。
「わ、それすごく嬉しい。うん、そうしよう」
「やった。わあ、どれにしよう……」
焔さんに似合う栞。どれにしよう。
本当に沢山のモチーフがあるから、この中から選ぶとなると……うん、迷う。
猫、のモチーフは好きだけど、焔さんというよりはアルトなイメージだし。本……はなんというか、ありきたりな気がする。月や星も、大賢者、という焔さんのイメージではあるけれど、しっくりこないというか……。
アクセサリーが触れ合うような澄んだ音を立てながら、色んなデザインを見ていく中でふと、目に留まるものがあった。
綺麗な青い宝石に透かし彫りになっていたのは、雨。
宝石の部分の深い色合いと、繊細な雨の飾り彫りにふと、脳裏を掠めるものがあった。
――これ、似てる。
自分が初めて本という形にした物語は、雨がモチーフのものだった。
ちょっとだけ思い入れのある雨の栞に、これにしようかな、という気持ちが強くなる。
結局その栞を買うことにして、レジでラッピングをしてもらった。
隣で選んでいたとはいえ、すぐにわかってしまってはつまらない、という焔さんの提案で、お互いが選んだ栞を開封するのは帰宅後、という約束をしている。
「――はい、これ」
お店を出てすぐ、焔さんが差し出してきた小さな包みがとても大切なものに思えて、そっと両手で受け取った。
「ありがとうございます。私からは、これです」
「ありがとう、大事にするよ。……ふふ、帰ってからの楽しみができたね」
「そうですね」
くすりと、お互い顔を見合わせて笑う。
「さあ、もうちょっと時間あるね。次は僕が見たい物に付き合ってもらってもいい?」
「はい!勿論です」
「ありがとう。……さ、お手をどうぞ」
そっと差し出された手に、今度は自分から手を乗せることが出来た。
がやがやと賑わう通りの喧噪の中、繋いだ手の温もりが、じんわり心に沁みるようだった。




