23.週末のご予定は?
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「もうっ!あの後ものすごく大変でしたのよ……!」
彼女らしくもなく大きな溜息を吐く姿に、やはり申し訳ない気持ちが大きくなった。
「貴女とイグニス様が消えた、これはどういうことだ、と仰って地団駄踏んで……。いえ、リリーさんが悪いわけではありませんのよ。あれは、運悪く鉢合わせてしまった事故のようなものですし……それにしたって……疲れましたわ」
「なんだかごめんなさい……」
予想通りというか、やはりあの王子は悔しがってだいぶ騒いだらしい。いつも凜とした姿のシャーロットがこんなにぐったりしているのだから、きっと相当お疲れなのだろう。
窓の外には、紅く染まった中庭。
毎日の楽しみであるお茶会が本日も開催されていた。
お茶会はモニカのいる職員用の食堂だが、その一角にある階段を上った半二階のテラスになっている個室、所謂VIPルームで開催されている。
階段のところには警備の騎士も立っていて、貴族以上の来賓か、もしくは館長、副館長までしか入ることのできない特別席らしい。
何度目かのお茶会の時、人目を気にせず過ごしたい、とシャーロットが連れてきてくれて以来、すっかりここが定位置になっていた。
「お、なんだ、もう来てたのか」
すっかり聞き慣れた声がして、よっと軽く片手を上げる仕草をしつつ階段からオリバーが顔を覗かせた。
がたっという音に驚いて隣を見れば、先ほどまでぐったりと机に突っ伏していたシャーロットが、普段通り姿勢を正していた。
オリバーの前ではあまり弱みを見せたくないらしいシャーロットだが、それでもまだわずかに背が猫背気味になっているあたり、本当にお疲れのご様子だ。
そんな彼女の背をそっと撫でつつ、オリバーに笑いかける。
「こんにちはオリバー。今日もお仕事お疲れ様」
「ああ、リリーもお疲れ。……ん、なんだシャーロット、疲れた顔して」
「……これだから貴方は嫌なのです」
幼馴染み故、だろうか。咄嗟に取り繕ったシャーロットをひと目見てそんなことを言うオリバーに感心してしまう。
シャーロットは悔しそうに溜息をついて、目の前の紅茶に口をつけた。
「ちょっとだけ、疲れただけですわ……」
「あれだろ? 王子が来てたやつ」
「知っているのに聞かないでくださいませ」
「やっぱりそれか」
深く溜息をつきつつも始まったお茶会は、いつものように仕事の愚痴や、ちょっとした世間話等が中心になっていく。
いつも通り、私は完全に聞き役だ。
穏やかな時間を過ごしつつ、手元のケーキが半分ほどなくなった頃に、オリバーが「そういえば」とポケットをまさぐった。
「ちょっとこれ見てくれよ」
そう言って彼がポケットから取り出した物は、机に置かれると硬質な音を立てる。
シャーロットと揃って覗き込んでみれば、それは二つの金属の棒。
「えっ」
驚きに目を丸くした。
見間違えでなければ、彫り物の入ったそれはおそらく。
「オリバー、それってマナペン……ですか?」
「そ、俺のマナペン」
彼は肩を竦めてあっさり頷く。
……いやいやいや。
私の目が曇っていなければ、固い金属でできているはずのそれは、まっぷたつになってしまっているのだけど。
唖然としたまま言葉も出ない私の隣で、シャーロットが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「オリバー……あなたまた折りましたの?」
「また?」
思わず聞き返してしまった。シャーロットのその言い方では、まるで常習犯のようだ。
「ええ。この男、マナペンの使い方が荒くて、よくこうしてだめにしてしまうんですのよ」
「使い方……ってこれ、ぼきっと折れちゃってますけど」
「マナペンに急に過剰な魔力を流すと、耐えられずにこうして折れてしまうのです。……ちょっとブリックス、それ、こちらで費用なんて出しませんわよ?」
シャーロットがじろりとオリバーを睨み付ける。オリバーはちょっとだけたじろぎつつも慌てて両手を振った。
「いやいや、わかってるよさすがに。今度の休みに文具店で買ってくるさ」
「それならいいのですけれど」
ふん、と満足そうに頷くシャーロットに、あからさまにほっとした顔をするオリバー。
その様子に苦笑しつつ、彼の先ほどの言葉に、私はそわそわしていた。どうしても聞き流せない単語が混じっていたのだ。
文具店。
筆記用具とか、ノートとか便箋とかブックマーカーとか……。一度入ったら何時間でも見ていられる大好きなお店が、この世界にもあるらしい。
「あの、オリバー」
「うん?」
「今、文具店って言った?マナペンって、文具店で買えるもの、なの?」
「?ああ、マナペンぐらいの魔道具なら、普通にどこの文具店でも扱ってるぞ」
「ってことは、他の魔道具とかも気軽に買えたりするのかな?文具店ってたくさんあるの?」
「ああ、小さい魔道具から大型のものまで、店の大きさによって置いてるものも違うけど……。もしかしてリリー、文具店を知らないのか?」
「あ、えっと……うん、まだリブラリカの外って出たことなくて……」
ちょっとひやりとしながらも控えめに答える。
オリバーとシャーロットが揃って似たような顔で目を丸くした。
「マジかよ」
「あら、まだ城下街にも行ってらっしゃらなかったのね」
「うん……」
「文具店、興味あるなら一緒に行くか?」
「え!」
オリバーの誘いに、がばっと食い気味に顔を上げる。
ひとりではさすがに外に出る勇気はないけれど、連れて行ってもらえるというのなら是非甘えてしまいたい。
「俺の休みがちょっと……、うん、今週末は用事があるから来週末でどうかな?」
「大丈夫!あの、ご迷惑じゃなければ連れて行ってほしい……!」
「勿論迷惑なんかじゃないよ。俺ひとりじゃ買う物買って終わりだし。何なら城下街案内してやるよ」
「本当?楽しみ――」
「――お待ちになって!」
がしっと、隣からシャーロットの腕が私の左腕を抱きしめた。
「来週末ですわね、私も!参りますわ!」
「え」
それに素っ頓狂な声を上げたのはオリバー。すかさずじろりとシャーロットの睨みが飛ぶ。
「ちょっと、なにがえ?、ですのブリックス。別に私が一緒で困る事もないでしょう?」
「え、あ、いや、その……」
「オリバー?」
一瞬真顔で固まったオリバーは、数秒して私たちから顔を逸らしてしまった。
急に挙動不審になった彼は、顔の下半分を手で覆って、思い切り目を泳がせている。
「えと、いや……うん、じゃあ3人で行くか、うん」
やがて早口にそう言ったオリバーに、シャーロットが満足そうに笑顔になった。
「よかったですわ!ねえリリーさん、せっかくですし、舞踏会のドレスや小物も見に行きましょう!」
「えっえええ?!」
「おーそうだな、出来合品の調整だけでいいならそのくらいのタイミングでいいんじゃないか?」
「えっ、えっと」
「やはりあなたもそう思います?ブリックス。ちょうど良いですわ、私も新しいアクセサリーが欲しかったところですし、ね?良い物があったら、お揃いにするのも良いですわね!」
急な展開に戸惑っている間にも、シャーロットとオリバーは楽しげに城下街お出かけツアーの計画で盛り上がっている。
来週末の予定がどんどん積み上がっていくのを眺めながらも、ちょっぴり温かい気持ちで心地が良い。
窓の外がすっかり暗くなるまで話して、それぞれに自分の仕事へ戻っていく。
うきうきした気分で夕食を受け取り最奥禁書領域へ帰ると、扉の手前まで迎えに来てくれていたアルトが、私を見るなり柔らかい表情で首を傾げた。
「なんだ?そんなにやけた顔して。嬉しいことでもあったのか」
「え、私にやけてた?」
「ああ」
いけない、と片手を頬に当てるけれど、自分ではよく分からない。
そうして焔の部屋へと入った時、彼にまでアルトと良く似た仕草できょとんと首を傾げられてしまった。
「……梨里さん、何か良いことでもあった?」
「私の顔、そんなににやけてますかね……?」
「うーん、にやけてるっていうか、なんだか……嬉しそう?」
「嬉しいは……そうかも、です。来週末なんですけど、シャーロットとオリバーと、城下街に行く約束をしまして」
「え、城下街?」
ここ毎日のように彼らとお茶会をしていることは、焔さんにも話してあることだから問題はない。
バスケットから温かい食事を出してテーブルに並べながら、うきうきした気持ちで話を続けた。
「はい。今日なんて、オリバーが折れたマナペンを見せてきて……あれって折れるんですね。びっくりしちゃいました。その流れで、文具店に一緒に行こうってことになったんですけど、せっかくなら……その、舞踏会のドレスとか小物も見ようって、シャーロットが」
「ドレス……」
「すごく楽しみです!シャーロットも、この国の文字の読み書きも大分できるようになってるから、私にとっても良い勉強になるだろうって」
「……」
「……焔さん?」
返事が返ってこないことに、やっと机から顔を上げる。
焔さんは、私のすぐ隣で考え込むように口元に拳を当て黙り込んでいた。
勝手に外出の約束をしてしまったのが、気に障ったのだろうか。
「……焔さんすみません、私、勝手に約束してきてしまって……」
「え?あああ、ううん、ごめん、違うんだ。梨里さんのお休みなのだし、自由にしてもらって構わないのだけど……その」
「?」
珍しく歯切れの悪い言い方に首を傾げると、焔さんは決まり悪そうに頬を掻きながらふいと視線を足下に落とした。
「君は僕が連れてきたのだから、城下街を案内したりとか……僕が初めに声掛けるべきだったのかな、って」
「……え、でも焔さん、引きこもりですよね?」
思いがけない言葉にあまり深く考えずに返すと、焔さんがぐっと変な声を出してがくりとうなだれた。
「うっ……まぁ、そう、なんだけど……。……その約束、来週末って言った?」
「はい、来週末です」
「ってことは、梨里さん、今週末は空いてる?」
「ええ、空いてますよ」
「よし、それじゃあ」
ぎゅっと、両手をとられて、温かい手で包まれる。
どきっとしたのは一瞬。ぐっと近づいてきた焔さんの整った顔が、子供のようなきらきらした笑顔を向けてきた。
「梨里さん。今週末は、僕とデートしよう?」
「……は、い?」
ずるっと視界が――伊達眼鏡がずれる。
え、今、なんて言われた?
今週末、デートしよう?
え?デート?
デートって、デート?
もう頭の中はぐるぐるで、混乱しかない。
「……えっと、誰と、誰が?」
「誰って、僕と、梨里さんが。一緒に城下街、行こう?」
「……焔さんと、私が。デート……」
……は?
「……っ、えええええええええぇぇーーー?!」
なんとも言えない私の悲鳴が、静かな最奥禁書領域に響き渡った。




