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【WEB版】大賢者様の聖図書館  作者: 櫻井 綾
第1章 大賢者様の秘書になりました

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20.甘いケーキとお茶の魔法<後編>

ブクマ、評価いただいていて本当にありがとうございます!

感想も、大変嬉しく拝見させて頂いてます。

前回に続いて、3人になったお茶会のお話です。


「…………」

「あ……びっくり、しました……ロイアーさんでしたか」


 彼女を認識してほっと胸をなで下ろす私を見て、ロイアーはいつも通り綺麗に礼をしてくれる。


「ご機嫌よう、リリーさん。突然失礼して申し訳ありません」

「いいえ、私こそ失礼しました。こんにちは」

「…………」


 和やかに挨拶を交わす私たちの横で、オリバーは無言でロイアーを凝視したまま固まっている。


「……で?」

「!!」


 あ、動いた。

 ロイアーが低い声で言ってじろりとオリバーへ視線を移すと、かちこちだった彼はぎくりと身を震わせた。


「……ねぇブリックス、私の聞き間違いだったのかしら?今、どなたかがどなたかの兄のようだというお話がこのテーブルから聞こえた気がしましたの」

「あ……えと……。よ、よう!シャーロット!お前も昼か?」

「誤魔化さないでくださいませ」

「ぐっ」


 ぴしゃんと言い放ったロイアーはしばらくそのままオリバーを睨み付けていたけれど、やがて溜息をついて私たちのテーブルの空き席へ手をかけた。


「まぁよろしいですわ。聞かなかったことにして差し上げます。……リリーさん、お茶とケーキをお持ちしましたの。私もご一緒してよろしいかしら?」

「えっ!ケーキ……!ありがとうございます、すみません!お席どうぞ!」

「ありがとうございます」


 ふん!とロイアーが席に着くと、オリバーが弱ったような様子で目を泳がせた。

 先ほどまで妹のよう、と言っていたロイアーにたじたじになっている様子がちょっとだけ面白いやら微笑ましいやらで、笑い声が漏れそうになるのを堪える。


「オリバー、大丈夫?」

「え、ああ……平気……」


 しかし、気遣いで掛けたこの一言があまり良くなかったらしい。

 ぴくり、と肩を揺らしたロイアーの背後に、黒いオーラが揺れたような気がした。


「オリバー……ですって?」


 地を這うような低い声がした、と思った次の瞬間には、がばりと顔を上げた彼女が勢いのままにこちらに身を乗り出してきていた。

 鼻がくっついてしまいそうな至近距離に、思わず椅子の上で可能な限り仰け反る。


「ちょっとリリーさん、今貴女、この緑男のこと名前で呼びましたの?」


 み、緑男……。

 ロイアーの彼の扱いが、どんどん雑になっていっている。


「え……えっと、はい……」

「ずるいですわ……」

「……え?」


 なんとか返事をすれば、わなわなと震える彼女がさらにぐっとこちらに身を乗り出してくる。

 ちょっとその、ほんとに近い……!


「ずるいですわ、と申しました!!何故この緑男は名前で呼ばれて、私は家名のままですの?!」

「え、えええ……」

「納得いきませんわ、ブリックス、あなたどんな手を使ってリリーさんを誑かしましたの?!」


 今度はオリバーの方を向いたロイアーが、拳でぽこすかと彼のの二の腕辺りを殴り始める。

 全然痛くはなさそう……だけど、これはどうしたものか。


「ええぇ、わ、ちょっとやめろってシャーロット!誑かすってなんだ人聞きの悪い……!」

「ずるいですわ!今日だって、気がついたら2人でいるから私、急いで参りましたのよ!リリーさんとお茶するお約束は、私の方が先に取っていましたのに……!」

「お、落ち着けって!ほら、リリーがびっくりしてるだろ!」


 オリバーの言葉に、彼女はやっと我に返ったらしい。

 はっとこちらを向いたロイアーは、何度か咳払いした後にちらりと上目遣いでこちらを見た。

 美人の上目遣いは、女性の私でもどきっとするほど、破壊力がすごい。


「私ったら……取り乱して、申し訳ありませんでした」

「い、いえ……」

「館内で私服の貴女を見かけた、と他の職員からうかがいまして、今日ならお茶をご一緒できるのではと来たのですけど……。やっと見つけたと思えば、寄りによってこの緑男と一緒にいらっしゃるし、果てにはブリックスのことを名前で呼んでいたので、つい……」

「あの……オリバーのこと、名前で呼んではいけなかったでしょうか?」


 何か、彼女が不愉快に思う事だったのだろうか……、と尋ねてみれば、ぶんぶんと首を振られた。


「いいえ、仲がよろしいのはよいことだと思うのですが……その……」

「?」


 彼女の頬が薔薇色に染まって、照れているらしいことは分かるけれど――


「……ブリックスのことを名前で呼ぶのなら、私のことも名前で呼んでくださって良いと思いますの」


 そんなことを言われるとは、思っていなかった。

 つまり彼女は、私がオリバーを名前で呼んでいるのに嫉妬したということになる、のだろうか?


「えっ、と……」


 つい最近まで彼女という人は私の指導をしてくれる先生で、とても厳しい人だと思っていたから……なんというか、こんな展開は予想外だ。

 休憩時間にお茶をしながら恋の話題を振られた時に、ほんの少しだけ……歳も近いし仲良くなれたら、なんて心の片隅で思ったりしたこともあったけれど。

 彼女も私と仲良くなりたいと思っていてくれたって、思ってもいいのかな。


「本当に、あの……名前で呼んでも、よろしいんですか?」


 こちらまで妙に緊張してしまってこわごわ尋ねれば、彼女は自分の持ってきたティーセットを見つめながらこくりと頷いた。


「……歳も近いということでしたし、その、貴女はいつも一生懸命でとても好感が持てましたし……。友人、と呼べるような関係に、なっても構わないかと思って……いないこともなかったのです!」


 完全に素直になりきれていないところが、彼女らしさ、なのだろうか。

 これは……甘えてもいい、のかな。


「お友達に、なってもらえるんですか?」

「あ、貴女ならば特別に、なってあげてもよろしいんですのよ」


 素直じゃなくて不器用な、それでいて可愛らしい彼女の様子に、自然と笑みが浮かんだ。

 嬉しいこの気持ちが、きっと私の答えなんだろう。


「ありがとうございます……お友達に、なりましょう……シャーロットさん」

「!」


 さっきオリバーにされたように、控えめに彼女へと手を差し出してみた。

 驚いたような嬉しいような顔でこちらを見たロイアー――シャーロットが、ふわりと照れながらも溶けるような笑みを見せる。

 それはきっと、初めて見せてくれた彼女の心からの笑顔だ。


「嬉しいですわ。私たち、良いお友達になれると思いますの」


 そっと握った彼女の手は少し乾燥していて柔らかくて、お嬢様というよりは普段から本と向き合っている人の手をしていた。

 食後は、ロイアーが奢ってくれたケーキとお茶を楽しみながら、リブラリカや二人についての他愛ないおしゃべりをした。

 元からあまり話上手ではないので、必然的にオリバーとロイアーの会話を聞く側に回る。

 先日オリバーのマナペンが壊れて制服が緑のインクでべしゃべしゃになった、という話では、オリバーが当時の様子を身振り手振りで再現しながら話すものだから、目の端に涙がにじむほど笑ってしまった。


「オリバーは、マナブックの書記員だったっけ」

「おう!あ、お前の故郷にはなかったか?」

「うん。マナブックって、普通の本とは違う……んだよね?」


 確かめるようにシャーロットへ視線を移すと、しゃんと背筋を伸ばした彼女がええ、と頷いた。


「マナブックは、主に貴族階級の方々への書籍の貸し出しに使用される、本の代替品ですわ。機能の制限された簡易的なマナジェムに、書記員たちが書籍の内容を書き写したものです。所謂写本、というものでしょうか」

「ああ、貴族が借りに来るのは貴重書が多いからな。おいそれと貸し出せない禁書庫の本なんかをマナブックにして貸し出すんだよ」

「!なるほど……原書は図書館から持ち出さないから、すごく安心ってことですね!」


 それはすごくいいシステムだ。

 元いた世界では、どんなに貴重な本でも沢山の人に読まれることで、少ないけれど事故というものもあり得た。

 後々気がついたら本文に沁みができていた、ページの端が破れていた、等。

 私自身、そういったものを見つけてしまう度に悲しい気持ちになっていた。

 原書は職員で取り扱う、というこのシステムならば、原書が行方不明になることも気がついたら破れていたりすることも限りなく少なくなるはずだ。


「すごい……すごいです!職員には手間かもしれませんが、本を長く大切にできますね!」


 感動のままにぐっと拳を握りしめた。

 本当に、この図書館はなんていい環境なのだろう。


「……リリーさん、貴女本当に本が好きなのですわね」

「おう、すごい力入ってたな、今の……。そんなに喜んでもらえてるなら、俺も仕事のやる気出るなー」

「あなたは普段からもっとやる気を出しなさい、ブリックス」


 きらきらと目を輝かせている梨里に、シャーロットとオリバーは揃って顔を見合わせて笑う。

 和やかな空気のお茶会は、3人の距離を優しく縮めてくれた。

 その後しばらくして、オリバーは「さあ、仕事に戻りますわよ」というシャーロットに引きずられて行った。

 ひとり残された私は、そのまま最奥禁書領域へと向かって、アルトより一足先に元の世界に帰ってくる。

 見慣れた自宅にほっと息を吐きながら、帰宅後のあれこれを済ませて紅茶の用意をした。

 やっとソファに腰を落ち着けて、慣れすぎたこちらの紅茶を一口飲むとついさっきのお茶会を思い出す。

 ああして一緒に話してみると、さすが幼馴染みというか、オリバーとシャーロットがとても仲が良いことが伝わってきた。

 オリバーのインク事件や、先日の迷子の少年が無事父親と会えた話。……色々な話を聞けて、本当に楽しい時間だった。


「私……友達に、なっちゃった」


 ぽつりと小さい声で呟けば、じんわりと胸が温かくなる。

 オリバーは気さくで面倒見が良さそうで、まさにお兄ちゃんといった感覚。

 シャーロットは、自分にも他人にも厳しくていつもしゃんとしていて、女性のお手本になるような魅力的な人だ。

 自分の学生時代は、数人の友人以外とはあまり接触もなかったような大人しいものだった。卒業してからはいろんな事が忙しくて、交友関係になんてかまけていられなかったから……もう何年ぶりかの、新しい友達。

 あんなふうに楽しい時間を過ごせたのも、二人と親しくなれたのももしかしたら……ロイアーが運んできた甘くておいしいケーキと、良い香りのお茶のおかげだったのかもしれない。

 ……なんだか今日は、嬉しいことがいっぱいあったな。

 明るい気分で壁の時計を見上げると、今はまだ夕方の6時を少しすぎたくらいだった。

 アルトは焔さんへ夕食を運んでからなので夜にならないと帰ってこないし、まだ静かな時間は十分ある。

 それなら、やることはひとつだ。

 新しく用意した温かい紅茶を作業机に置いた。電源を入れたパソコンの画面には、書きかけの小説が表示されている。

 『路地裏』を辞めてからずっと書いていた、あの『古本屋の店主の物語』は、そろそろ終盤を迎えている。

 物語の中で色々な人と出会ってきた店主が最後に出会うのは、赤い帽子の少年だ。

 少年との出会いから、店主が今までのことをゆっくりと振り返りながら回想をする場面。

 一番書きたかった場面を、一文字一文字、ゆっくり丁寧に書いていく。

 完成したら、きちんと本にして佐久間さんに贈ろうと思っていた物語。

 もうちょっとだけれど、最後のこの出会いこそ大事に綴ろうと、心に決めている。

 時折温かい紅茶にほっと息を吐きながら、静かな部屋にはパソコンのキーを叩く音だけが響く。

 時間も忘れて物語に没頭していられるこの『物語を書いている時間』こそが、私の一番の宝物で、大好きな時間だった。



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