189.使節団のリブラリカ見学<1>
「ようこそいらっしゃいました、使節団の皆様」
出迎えの挨拶は、リンアードさんが代表してするらしい。
リブラリカの正面玄関に横付けされた、王城の豪奢な馬車。
その扉が開いた瞬間、キラキラと光の粒が舞い出てきた。
ついで現れる、フェイン=ルファンや他の妖精たち――。
――あ。
礼をとりながら、視界の隅にちらりと映った、澄んだ青に心がざわついた。
とぷん、たぷん……と、やはり身の内で、水のマナの力……とでも言うのだろうか?
力の源のような、自分の魔力そのもの、だと思うのだが――それが、彼に反応するように揺れたのがわかった。
私に加護をくれたあの青い妖精だと、顔を見なくても分かる。
「ああ、いつも出迎えを頂きまして、ありがとうございます。レディー」
フェイン=ルファンの声が聞こえて、ぶすっとした焔さんの隣でそっと、身を起こした。
結局、あの後焔さんから否を言われることはなく、集合時間に一般書架へ移動するときも、私に「ほら、行くよ」と声を掛けてくれた。
彼らが到着する直前に、焔さんが握ってくれた両手が、まだ熱を持っている気がする。
焔さんは、彼らの到着を待つ司書たちの中で――私の手を握って、ひそりと囁いた。
「危ないことがあったら、すぐに僕を呼んで」
低く耳朶に触れる声に、心臓は耐えきれず跳ね上がった。
――同時に、彼の不安も感じて、私は改めて気を引き締める。
文献では詳しい記録の残されていない彼ら――妖精族。
時に、人の魔術師すら及ばないほどの力で、国を滅ぼすことさえ可能だ、なんて言われている。
大賢者と畏れられる焔さんでも、こんなに不安になるのだ。
何をするかわからない彼らのことは、しっかり警戒しなければ。
今日の私は、大賢者イグニス様の秘書として、使節団をお迎えするためにここにいる。
焔さんを心配させてしまうような、危険な目に遭わないよう気をつけよう。
リンアードさんと挨拶を済ませたフェイン=ルファンが、焔さんへと目を向けて……隣にいる私とも、目が合った。
途端、あの黄金色の瞳が、大きく見開かれる。
「――秘書殿!」
嬉しそうな声が上がって、彼はすぐにこちらへと駆け寄ってくる。
焔さんの黒いオーラが見えそうなほどの不機嫌な圧を物ともせず、彼は流れるように私の手を取ると、その甲に口づける振りをした。
「フェイン=ルファン様!いきなり何を――」
「これが人間の世界での、高貴な女性に対する挨拶なのだと伺いまして」
急なことに動揺した私の手を握ったまま、彼はばちんとウィンクしてきた。
そのナルシストっぷりに、刹那すっと冷静に戻る。
確かに、このフェイン=ルファンという妖精公爵は、顔が良い。
こんなキザな仕草だって、言葉だって、似合う人なのかもしれない。
……それでも、私の好きな人は、隣で今にも魔術を発動させそうに、ばちばちと紅いマナを散らしているこの人なのだ。
すうと息を吸って、にこりと微笑む。
そして優雅に、けれども強い力で、彼に掴まれた手を引き戻した。
「……ええ。確かにその通りです。光栄です」
「次に貴女に会えた時には、必ずこうして挨拶しようと思っていたのです。喜んで頂けて嬉しいです」
「光栄ではありますが、フェイン=ルファン様?こうした挨拶をするために、女性に触れようとする時、まずは触れても良いか許可を取るのが、マナーでございますよ」
「ああ失礼!貴女に会えた喜びで、失念してしまいました!」
「そうですか。本日も良く、こちらでお勉強なさってくださいね。……では皆様、ご案内いたしますのでこちらへ」
にっこりと笑みを崩さず、遠回しに釘を刺してからさらりと移動を促し、会話も切り上げる。
リンアードさんへと案内の先導を譲って、焔さんの方を振り向くと――何故か、ぼうっとこちらを見ている彼の姿があった。
「マスター?どうかしました?」
「あ、いや……」
もご、と言い淀み、はっきりしない焔さんなんて珍しい。
使節団が建物内へと移動し終わった頃になって、焔さんは口元に拳を当てながら、ぼそりと小さな声で言った。
「……梨里さん、かっこいいなと思って」
「へっ」
「ほら、その、あしらい方、とか……随分と上手くなっていたんだね」
予想外の言葉に、焔さんの肩に乗っていたアルトを見ると……彼も同意だといわんばかりに、深く頷いていた。
そんな彼らの様子に、くす、と笑みが零れる。
自分の頑張りを評価してもらえたようで、とても嬉しかったのだ。
「ありがとうございます。……私には、オルフィード国いちの淑女が付いてくれていますから」
焔さんには心からの笑顔を向けて、私はふわりとスカートを揺らし、踵を返した。
一般書架に移動した使節団の妖精たちは、すぐにばらばらに散っていき、各々書架の本を読み始めた。
フェイン=ルファンだけは、玄関ホールに残り、焔さんの傍に立ってその様子を眺めているだけのようだ。
私はフェイン=ルファンに近づかないように、と焔さんから命じられ、他の司書たちと共に書架の見回りに出ることになった。
「リリー様!」
「ミモレちゃん!レグルさんも、こんにちは」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!」
見回りに出る前、同じく使節団の受け入れを担当していたミモレとレグルが、声を掛けてくれた。
彼らももう、すっかりとリブラリカでの司書仕事が板についている。
本当に、頼もしい限りだ。
「あ、リリー様、あの……」
「うん?どうしたの?」
制服の裾を引かれ、ミモレの傍にしゃがみ込む。
「あのね、……あっちの、物語の本が置いてある書架、あるでしょう?あの辺りにね、いつもひとりでいる妖精がいるの」
「え……」
「あのヒトね、すっごく怖いから、あんまり行かない方がいいかも……」
こそこそと耳打ちしてくる彼女の瞳は、不安げに揺れていた。
「そうなのね。教えてくれてありがとう」
ミモレがわざわざそんな風に教えてくれるなんて、もしかしたら今までに何かあったのかもしれない。
「怖くても、問題がないかどうかは確認しないといけないから。……皆さん大切なお客様だしね。そこの書架は、私がこっそり見ておくから。ミモレちゃんは他の場所を見てきてくれる?」
「リリー様……」
「大丈夫だよ。ほら……ミモレちゃんに貰った髪飾り、ちゃんとつけてるから。ね?」
少し頭を傾けて、彼女が魔力を込めて作ってくれたあの髪飾りを見せると、やっと少しだけほっとした表情で頷いてくれた。
「リリー様。……本当に、お気を付けくださいね」
「レグルさんも、ご心配ありがとうございます。気をつけますね」
「ええ。そうなさってください。大賢者殿もいらっしゃいますし、大丈夫だとは思いますが……。では、我々はあちらに」
「はい。また後で」
レグルたちふたりが見回りに出掛けたのを見送って、私も書架へと歩き出した。
聞いて居た通り、一般の利用者はほとんどいない。
強すぎない日差しが降り注ぐ、なんともいえない良い天気。
温かく明るいホールは、けれどぴりぴりとした空気が流れていた。
さりげなく、妖精たちひとりひとりの様子を確認しながら、書架を巡る。
みんなそれぞれに本を捲っているようだったが、何故か共通して、ホールから見える位置にいるようだった。
どうしてか、ほぼ全員が奥の方の書架には近づいていない。
そして、皆ちらちらと、焔さんと立ち話をしているフェイン=ルファンのほうを常に確認しているようだった。
……どういうこと? フェイン=ルファンを気にしてるの?
皆が皆ホール近くに居るので、妖精たちを確認しながらの巡回はすぐに終わってしまう。
最後のひとりは……たぶん、あの青い妖精だ。
あのひとだけが、ホールから見える位置にはいなかった。
と、なると……。
やっぱり、ミモレが言ってた、あっちの奥のほうにいるっていうのが、彼――よね。
態度が悪いと聞いたから……なんて理由で、彼だけ確認しないという訳にはいかない。
……よし。
私は覚悟を決めると、ミモレから聞いていた書架へと向かった。




