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【WEB版】大賢者様の聖図書館  作者: 櫻井 綾
第3章 美しき華炎の使者

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188.染まる頬


 妖精の使節団がオルフィード国にやってきてから、2ヶ月が過ぎようとしていた。

 シャーロットとライオット王子の婚約は保留のまま、大好きな親友は王城に留め置かれている。

 週に一度、妖精の使節団がリブラリカに来て、焔さんやライオット王子、司書たちの立ち会いのもと、書架で自由に本を読んでいる。彼らが来る日は決まって、一般の利用者があまり来ない状況が続いていた。

 焔さんはいつも、妖精たちが来る日には、私をリブラリカから遠ざけようとした。

 休日ではない日に重なると、わざわざ王城に行かせてシャーロットの話相手を命じたり、何かと理由や仕事を言いつけて、最奥禁書領域から出ないようにさせているのだ。

 大切にされているのも、妖精たちに接触させたくない気持ちも、分からないではないのだが……。


「やっぱり、私も一緒にご案内すべきだと思うんです」

「ええぇ……いや、梨里さんには、やってもらいたいことあるし……」

「今日はなんですか?妖精避けのポプリなら昨日大量に作りましたし、薬草畑の見回りと採取、加工は朝のうちに終わらせました。他の司書の皆さんも、利用者がいないから手伝うことはない、と仰ってましたよ」


 いつもの朝食後。

 向かいに座り紅茶を傾ける焔さんに、ずいっと身を乗り出す。

 焔さんはそんな私から遠ざかるように身体を反らすと、明後日の方を見ながらコホン、と咳払いをした。


「いや、あの……あ!そうだそうだ、ちょっとマナブックにして欲しい本があってさ……」

「……焔さん?」

「だって!だって君を、妖精に関わらせたくないんだ!」


 じろり、と見つめながら低い声を出せば、焔さんが我が儘をいうように唇をとがらせた。

 頬が少しだけ赤みを帯びていて、こんな姿は本当に、可愛らしい少年のよう――なのだが。

 今日の私は、これで引き下がるわけにはいかなかったのだ。


「……焔さんが、私を思って言ってくださってるのはわかります。でも、あんな書状まで頂いているんです。私がご案内に参加しないわけにはいかないじゃありませんか」

「で、でも……!でもさ……」


 焔さんはまだ、折れたくないようでぶつぶつ言っているが……本当に、今回ばかりは折れてもらうほうが良さそうなのだ。




 それは、二日前のこと。

 ひょっこりと最奥禁書領域まで遊びに来たザフィア様――身体はライオット王子の彼は、お土産のお菓子と共に、一通の手紙を私へと差し出してきた。


「これ、あのフェイン=ルファンとかいう妖精に頼まれたんだ。君に渡して欲しいって」

「私に、ですか……?」


 困惑しながら手紙を受け取る隣で、一緒にお茶をしていた焔さんが、あからさまに不機嫌な目でザフィア様を睨み付けた。


「ちょっとザフィア。なんでそんなもの持ってくるの?」

「お前が嫌がるのはわかってたけどさー、仕方なかったんだよ。ほら、この子王子様だし?仕事くらいさせてあげて、ね?」

「そんな猪王子のことなど知るか」

「えー!そんなこと言わないでよ!僕の血を引く、ほら、こーんなにそっくりな可愛い子孫なんだよ?!」

「それがどうしたんだよ。僕が嫌がるのわかってるんだったら持ってくるなよ」

「そんなに怒るなってー。イグニスー!」


 いつものように楽しそうなやりとりをしている二人を置いて、私は手紙の封を切った。

 さらり、と手に触れたのは、不思議な感触の便箋。

 しっとりと手の平に馴染むような、それでいて、掴んでみるとさらり、ふわりとした感触が指先に伝わる。

 開封したときから、きらきらと美しいマナの粒子が沢山こぼれ落ちていて、本能的に、これは妖精たちの世界のものだと悟った。

 花の模様の透かしが入った綺麗な便箋には、燃え踊るような赤い文字が揺らめいている。

 肩に飛び乗ってきたアルトと共に、マナの輝きで眩しいくらいの便箋を覗きこんだ。


 ――麗しの秘書殿。

 突然お手紙を送る無礼をお許しください。

 なかなか会うことが叶わぬ貴女の姿を夢に見て、胸が苦しいです。

 またそちらに伺うことの出来る日が近づいておりますが、私たちが再び会うことは叶わぬのでしょうか。

 大賢者殿の秘書、リブラリカの、唯一の麗しい花である貴女が居てくれない訪問に、いつも落胆しています。

 どうか、わたくしたちに会いに来てはくださらないでしょうか?

 お会い出来る日を、いつまでも心待ちにしております。

                    ――貴女の炎、フェイン=ルファン。


 一通り文面を辿ってから、隣のアルトを見たら、目が合った。

 恐らく、考えていることは同じだろう。


「……ぞわっとした」

「俺も」


 やっぱり。

 彼らしい、と言えば、彼らしいのだろうか。

 少なくとも、数度しか会ったことのない私の中の印象と、ぴったり合うような粘り気のある言い回し。鳥肌が立ったのは私だけではなかったらしい。

 手紙を置いて、自分を抱きしめるように二の腕の辺りを摩る。

 ……さて、問題は中身だ。

 取り敢えず、今は中身――この文章に込められた、真意についてだけ考えよう。

 隣からふわり、と大好きな香りがしたと思ったら、彼の腕が手紙へと伸ばされる。

 私が読んだばかりの手紙を、どれだけ触りたくないのか、指先で摘まむように持ち上げた焔さんは、文面を目でなぞり、ふんっと鼻息荒くテーブルへ叩きつけたのだった。




 ……と、そんな事があった先日だ。

 あの時の手紙を取り出して、テーブルの上に置くと、それを見た焔さんがあからさまに嫌そうな顔をした。


「焔さんも読みましたよね?……あちらは、大賢者の秘書という立場である私が同席しないことに、不満なんですよ」


 そう、あの手紙の裏を読むと、そういうことになる。

 どんな意図で不満なのか、というところまではわからないが……使節団の来訪に、秘書が同席しない、その部分を指摘されたなら、こちらも今まで通り、焔さんの言う通りにし続けるわけにはいかなくなる。


「私は、大賢者イグニス様の秘書です。国賓として接待を受けている彼らに、失礼をするわけにはいかないと、私は思います」

「…………」

「シャーロットのいないこのリブラリカを、私が守らなくちゃって……そう、思うんです。代理としてユリーシアさんがいらっしゃいますが、彼女だって慣れない仕事に忙しくしてます。何より……私も、大賢者様の秘書として、お客様をお迎えしたいと思っています」

「梨里さん……」

「焔さんが、妖精たちに関わって、私に危険がないか心配してくださってるのは分かってます。ちゃんと気をつけます。何かあったらすぐにお話します。だから……」

「――本当に?」


 不意に顔を上げた焔さんが、長い指で私の髪をさらりとすくい上げた。


「本当に、ちゃんと話してくれる? きちんと気をつけてくれる?」


 不安いっぱいの迷子のような瞳に見つめられて、鼓動が跳ねた。

 ――こんなに弱気な焔さんは、珍しい。

 だから私は、にっこりと笑顔で頷いた。


「はい、お約束します。……心配しないでください。私、好きな人のお願いは、無視できません」


 思い切った発言をしたと、自分でも思うが……どうせ相手は焔さんだし。

 大した反応もなく、流されるだろうと思っていた。

 しかし――。


「あ――……」


 途端に焔さんが息を呑んで、その白い頬がほんのりと薄く、色づいたのを見てしまった。

 ――え、何。

 予想外の反応に、激しく動揺する。

 こっちまで釣られて真っ赤になってしまいそうで、慌てて長椅子から立ち上がった。


「――っと、とにかく!そういう事ですので、今日の使節団訪問には立ち会います!い、異論は――どうしてもなら後で聞きます!じゃあまた後で――っ」

「あ、ちょ、梨里さ――」


 背中に掛かる声を閉め出すように、焔さんの執務室の扉を閉めた。

 な、なんなの、今のは――っ?!

 まるで、意識でもしているかのような。

 慌てて首を振って、淡い期待を追い出す。

 そんな訳ないじゃない。

 一度きっぱりと振られているのに、そんな――。


「突然……やめてくださいよ」


 本人に聞こえるわけなんてないのに、小声でひとりごちる。

 ドキドキと騒ぐ心臓を必死に宥めながら、私はひとまず、妖精の使節団たちを受け入れる準備をしようと歩き出した。






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