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【WEB版】大賢者様の聖図書館  作者: 櫻井 綾
第3章 美しき華炎の使者

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176.焦げてしまった目玉焼き


「……おい。リリー」

「…………」

「なぁ、おいってば」

「……あ、え?」

「焦げてるぞ」

「え――、ああああ?!」


 慌ててコンロの火を消す。

 手元のフライパンには、焼きすぎて焦げ茶色になった目玉焼きがぷすぷすと音を立てていた。


「あああ……」


 呻き声を上げながらずるずると崩れ落ちた私の肩を、アルトの前足がポンと叩く。

 いや、うん。

 慰められているのはわかるのだが、どうしても気持ちを切り替えられない。


「……いいや。これ、食べよう」


 溜め息交じりに朝食を用意しながら、考えてしまうのはどうしたって昨夜のことだ。




 ――ようやく城から帰ってきたとき。

 リブラリカに到着したのは、もう深夜も間近という時間だった。

 馬車を見送って、リブラリカの正面玄関へと足を踏み出した時。


「リリーっ!」

「えっ……焔さん?!」


 がばりと、駆け寄ってきた男性に抱きしめられる。

 突然のことに身を固くする私を包んだのは、大好きな人の香りだった。


「遅かったじゃないか」


 小さな声が、耳元でこぼれた。

 ぎゅっと彼の腕に力が籠もって、服越しに伝わる体温に、鼓動が跳ね上がる。


「あ……ごめん、なさい」

「ずっと待ってたんだ。……もう、君って子は。遅くならないでと言ったのに」


 彼のローブに、躊躇いがちに腕を回した。

 耳元で騒ぎ出す鼓動。

 ――人通りの途絶えた、リブラリカの玄関で。

 私たちは抱き合っていた。

 馬車の音や酒場の賑やかなざわめき。

 それらを遠くに聞きながら――夜の暗闇が、私たちを隠してくれますように、と。

 目を閉じて、ほんの少しだけ祈った。

 どきどきと落ち着かなくて、でも心地良くて。……いつまでもこのままでいたいと思ってしまうような、そんな中で深呼吸を数回。

 気持ちを落ち着かせようと、呼吸を意識した。

 それにしても、引きこもりの焔さんが、玄関まで来て待っていたなんて。

 相当心配させてしまったことが、行動からわかる。

 ちゃんと謝らないと。

 そう思い、名残惜しさを感じながらも、彼の肩を押し返し身を離した。


「……ごめんなさい。その、シャーロットと話し込んでしまった上、ヴィオラを探して時間がかかってしまって」

「探して、って……はぁ。まぁ、大人しくしてるはずがないとは思っていたけど」


 深く被ったフードの下で、焔さんが呆れたようなため息をついていた。


「あまりにも遅いから、本当に、心配して……。城に行かせたこと、後悔したんだ」

「そんな……。何も危ない事なんて、なかったですし」

「…………嘘」

「え」


 す、と伸びてきた手に、腕を捕まれる。

 ぐいと引き寄せられて、一歩踏み出すと、私はまたすっぽりと彼の腕に収まってしまった。


「何かあったはずだよ。君、魔術使ったでしょ」

「……そ、れは……。その……」

「それに、この気配。妖精に会ったでしょう?」


 どうして、そんなことまでわかってしまうのだろう。

 こんなときばかり、彼が大賢者であるということを再認識して、少し憎らしくなる。

 ……この人には、隠し事できない。

 あの青い妖精に会ったこと、できれば言わないでおきたかったのだけど……。


「梨里さん。……お願い、きちんと話して」


 どうしてそんな……、縋るような声で。

 彼のローブを握る手に、無意識に力が籠もった。


「……ヴィオラを探しているときに、具合の悪そうな、青い妖精に会ったんです」


 ぴく、と焔さんの肩が揺れた。


「放っておけなくて声をかけたんですが、すごくいやな感じで。腹が立ったので、頭から水をぶっかけてやりました! それだけです。本当に」


 わざと明るく、笑顔でからりとそう言った。

 実際、どこか怪我したわけでもないし、こっちからもやり返したようなものだし。

 そんなに不安そうな声で、心配しないで欲しい。


「だから本当に、危ない事なんてなかったですよ!心配しないでください」

「……そう」

「はい!」

「…………」

「えっと……。焔さん?」


 この沈黙は、なんだろう。

 焔さんが、無言でこちらを見つめてくる。

 ローブで目元が隠れているから、表情がよくわからない。

 これは……どうしたらいいのだろう。

 彼の腕がしっかりと抱き寄せてくるから、身体を離すこともできない。

 少し身じろぎしただけで、よりぐっと腕に力が入り、身体を引き寄せられた。

 どきどきと、また鼓動が騒ぎ出す。

 こんなに長い時間、焔さんと密着していたことなんて、今まであっただろうか。

 上質な布のローブに手をついて、彼の顔を見ようと頭上を仰いだ。

 しかし、この宵闇の中。

 さらにフードが邪魔をして、どんな顔をしているのかわからない。

 ……今なら、周りに人もいないし。

 ほんの少しだけ、覗いてみてもいいだろうか?

 そう思った私は、伸ばした手で彼の頬に触れる。

 ぴく、と焔さんが僅かに反応した。

 ――あ、ほっぺた、すべすべだ。

 する、と、頬を撫でるようにして……僅かに、フードを持ち上げようとした。


「――え」 


 瞬間。

 突然、焔さんが身をかがめてきて、彼のフードが私の前髪に触れる。

 間近に迫った彼の瞳は、黒い中に紅い光の粒がチラチラと光っていた。

 ――ちゅ。

 耳に、小さな音が届く。

 途端に、周りの音が何も聞こえなくなってしまった。

 ――……え、なに?今の。

 驚きと混乱で、頭の中がパンクしそう。

 突然のごちゃごちゃな感情で、頭が回らなくなる。

 す、と彼の熱が離れていく間際、焔さんの瞳に、目をいっぱいに見開いた私が映っているのがわかった。


「……今日は……から、もう……」


 ――なに?

 なんて言ってる?

 焔さんが何か話しているみたいだけれど、何も頭に入ってこない。

 何が起きたのか、わからない。

 そっと背を押される感覚に、ぎしぎしと音を立てるように身体が動く。

 促されるままリブラリカに入り、最奥禁書領域について、焔さんはまた何かを言うと去って行った。

 ……のだと思う。

 本当に、何も考えられなくなっていて。

 私はしばらくの間、呆然と長椅子に腰掛けたままでいるしかなかった。




 かちゃり、と食器の当たる音。

 手元では、焼きすぎた目玉焼きがほろりと崩れていた。

 ……また昨日のこと思い出しちゃった。

 本日は、リブラリカでのお仕事がお休みの日。

 いつもよりだいぶ寝坊して起きたところ、いつも休日には焔さんのところへ行っているはずのアルトが、珍しく部屋にいた。

 曰く、私のことが心配だったから、と。

 よく覚えていないのだが、事が起こった後。

 私は深夜を過ぎてから、ふらふらとこちらに戻ってきて、すぐにソファに倒れ込み寝てしまった……らしい。

 まぁ、あんなことがあってびっくりしてたから……仕方なかったんだろうけど。

 のろのろと口に運んだ目玉焼きも、紅茶も、全然味がわからない。

 ――あの時の、焔さんの行動の、意味も。


「…………」


 手を持ち上げて、頬のあたりに触れてみる。

 昨日、焔さんはどうして……。

 どうして、ここにキスなんてしたんだろう。

 一体、何を思っていたんだろう。


「……やっぱり……」


 焔さんの考えていることは、何一つわからない。


「ん?何か言ったか?」

「ううん、何でもない」

「そうか。今日は何か、予定あるのか?」

「えっと……そうだなぁ。借りてた本読み終えたから、返却ついでに次の借りてこようかな」

「結局向こうか。ならさっさと食っちまえ。行く前に風呂入ったり、準備あるだろ?」

「うん、わかった」


 ふるふると頭を振って、思考を散らせる。

 わからないことを、いくら考えたって仕方ない。

 今は目の前の、焦げた目玉焼きに集中しようと気合いを入れ直して、紅茶の入ったマグをぐびりと傾けた。






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― 新着の感想 ―
[良い点] えええっ? 焔さんが、梨里ちゃんの頬に、キス? 焔さん、本当にどうしちゃったんでしょうね! そりゃあ梨里ちゃんも目玉焼きを焦がしちゃいますよ……! 不意打ちの甘い展開に、思わずにやにやし…
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