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【WEB版】大賢者様の聖図書館  作者: 櫻井 綾
第3章 美しき華炎の使者

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160.友との再会


 ライオット王子の騒動があった、数日後。

 何も出来ないままに、王室主催の舞踏会はいよいよ明日に迫っていた。

 あれから、焔さんは勉強だと言ってよく読書をするようになって、リブラリカには野次馬の貴族たちが更に増え、また妖精による騒ぎも日増しに増えていっていた。

 司書たちはみんな、妖精の対応に毎日大忙しだ。

 追加の妖精避けポプリを届けに作業部屋へと顔を出せば、今日もばたばたと職員たちが駆け回っていた。


「おっと!申し訳ありませんリリー様!」

「あ、ごめんなさい」


 ひょこっと部屋の中を覗いた私の鼻先を、本を抱えた職員が駆けていく。

 部屋の中は、少し前までの落ち着いた様子なんて跡形もなく、部屋のあちらとこちらで怒鳴るようにして会話している職員までいて、そこここで職員同士がぶつかったり言い合いをしたりしているようだ。

 こんな光景では、シャーロットが「品位ある国立大図書館の職員として、自覚が足りませんわ!」……なんて怒りそうなものだけど。

 今は本当に、妖精たちや貴族の対応に追われ、ものすごく忙しいのだ。

 この分では誰も、ポプリの受け取りをしてくれそうにない。

 私は仕方なく、昨日と同じように、壁沿いにある決められた場所にポプリを補充して、そのまま急いで廊下へと出た。

 危うく他の職員にぶつかりそうになった時は、肩の上のアルトが警告してくれたり、自分で避けたり。

 もう、廊下ですら職員たちが走り回っていて、大変な有様だ。


「みんな、本当に忙しそうだね」

「そりゃあなぁ。明日の舞踏会の準備だかなんだかで、貴族出身の職員もごっそり休んでんだろ?妖精の悪戯もすごいし、駆け回らないと間に合わないだろうからなぁ」


 邪魔にならないよう、廊下の片隅に避けて、アルトとこそこそ会話する。

 手元の籠はもう空。

 この仕事が終われば、自由にしていいよ、と焔さんには言われているけれど……。


「どうしよう……私にも何か、手伝えることあるかな?」

「どうだか……邪魔になったんじゃ困りもんだしな」

「だよね……」


 一般書架の仕事も事務の仕事も、出来ないことはないけれど、やはり手伝い程度にしかならないし、それならばやっぱり、最奥禁書領域に戻って、ひとつでも多くポプリを作っていたほうがいいのかもしれない。

 そう考えながら、またひとり、走って行く職員を避けた私の背中に、トントンと優しい感覚があった。

 もしかして、誰かの邪魔になってしまっただろうか。


「あ、ごめんなさ――」


 謝罪と共に振り返った私は、目の合った青年の姿にぴたりと動きを止めた。

 ……見慣れていた、落ち着いた緑色の……マナブック書記員の制服。

 少しぶかぶかになったように見えるその制服を着ていた青年は、優しげな緑の瞳を少し揺らして、赤毛と同じ色の眉をハの字にして……困ったような、照れたような微妙な表情でこちらを見下ろしていた。


「……よう」

「――っオリバー!!」

「わっ」


 彼を彼だと認識したその瞬間、私は考えるより先に、彼を抱きしめていた。


「ちょ、ちょっと待てリリー――」

「本当に、本当に心配したんだよ……!」


 私の言葉に、オリバーもぴたりと動きを止める。

 その後すぐに、彼の大きな手が両肩に触れ、やんわりと私を押し戻した。


「……心配かけて、悪かった。だけどほら、ここ、廊下だから」

「あ……、ご、ごめんなさい、私……」


 淑女として、はしたないと言われかねない行動をしてしまった。

 それでもオリバーは、怒ったりすることなく、頭を振って微笑んだ。


「いや、それだけ心配かけたってことだよな……。本当に、悪かった。大丈夫、ほら、周りなんて誰も俺たちのこと見てないから」

「……ありがとう」


 私に気を遣ってなのか、おどけてウインクする様子まで懐かしくて、少しだけ涙が滲みそうになる。

 軽く目元を抑えてから、私も頑張って彼に微笑みかけた。


「あー、よかったら、今から少し話せるか?」

「うん、大丈夫。さっきちょうど手が空いたところだから」

「よかった。食堂行こう」


 ちらりと肩口を確認すると、アルトが構わない、というふうに頷いてくれた。

 彼のほうから誘ってもらえて、本当に良かった。

 久しぶりに……本当に久しぶりに会えた彼と、話したいことは沢山あった。

 一緒に向かった食堂は、急いで食事をかき込む職員たちと、ぐったりと机に突っ伏している職員とで混沌としていた。

 かつてそうしていたように、お茶のセットと軽食を頼んで、それを持って階段の上……私たちとシャーロットにしか許されていない、半上階の特別室へと向かう。

 ここで3人揃ってお茶ができなくなって、どの位経っていただろう。

 再びオリバーと共にこんな時間を取れることが、何より嬉しく感じた。


「本当に、久しぶりだね」

「ああ、ずっと休んじまってて、悪かった」

「ううん。また戻ってきたなら、それでいいよ。元気そう……には見えないけどね」

「これでも、少しマシになったとは思ったんだけどな」


 私の言葉に、オリバーは自身を見下ろしてから苦笑した。

 ぶかぶかになったように感じた彼の制服は、落ち着いて見るとやはり、サイズが合っていないように見えた。

 彼自身が、やつれたのだろう。

 細かい所を見ても、そうだ。

 指先も、ほんの少し痩けて骨張ってみえるし、頬の辺りも肉が落ちて頬骨が目立っている。

 それでも、一応不健康そう……かも、というぎりぎりくらいには元気に見える。

 こうして痩せてしまったのも、やはり……シャーロットの婚約話のせい、なのだろうか。

 温かい紅茶を飲んで、2人でほうと息を吐く。

 どう切り出そうか迷っていると、オリバーのほうが先に口火を切ってくれた。


「お前も察しついてると思うけど。俺、ちょっと落ち込んでさ。飲んだくれてたら、イグニスが会いに来てくれて。それでやっと、気持ちが立て直せた、ってことで、戻って来れたんだ」

「……うん、焔さんから、2人で飲んだって聞いたよ。ちょっと驚いた」


 そう答えると、オリバーが楽しそうに表情を緩めた。


「俺もさ、まさか会いに来てくれるなんて思ってなかったから、びっくりして。イグニスには、本当に感謝してる。……たぶんさ、会いに来てくれたのがイグニスだったからこそ、立ち直れたんだと思うんだよな、俺」


 思い出してなのか、穏やかなオリバーの表情。

 だけど私は、そんな彼に首を振っていた。


「でも……私は、マスターがオリバーに、酷いことを言ったって聞いたよ」

「……リリー」


 少し低くなったオリバーの声に、ああやっぱり、と膝の上で握った拳に力を込めた。


「それは、さ……私が謝るとか、そういうことじゃないんだろうけど……ねぇオリバー、その……大丈夫?」


 焔さんが、オリバーに言ったという、あの提案。

 オリバーたち当人の意思を無視した発言を思い出して、また胸が痛くなった。


「傷ついているときにあんな、オリバーたちの気持ち、考えないようなことを……。私、すごく腹が立って……」

「リリー」


 そっと、優しく私の拳に触れた体温に、いつの間にか俯いていた顔をあげる。

 オリバーが、少し伏せた目を柔らかく細めていた。


「気遣ってくれて、ありがとな。俺は、大丈夫だから」

「…………」


 優しい、宥めるような声に、泣きたくなる。

 ――そう、オリバーは優しいのだ。

 いつも優しくて、明るくて……誰よりもしっかり、周りを見て細かく気遣ってくれている。

 そんな彼の優しさを、私も沢山知っていた。

 知っていたからこそ、彼の傷はいかほどかと、心配していた。

 オリバーは、私の肩をぽんと少し強めに叩いて、再び「大丈夫」と笑って見せた。


「いやさ、今回のその……あの話については、本音を言うとやっぱり、大丈夫……ではない、かな。ってとこも、あったりするけど。でもさ、俺には、リリーもイグニスもついてる。だろ?……だから、くよくよしてるよりさ、前向いてようって、思ったんだ」

「オリバー……」

「イグニスが俺に言ったことも、リリーも聞いたんだろ?あんなん聞いたらさ、なんかこう、俺が今までくよくよ考えてたもの全部、馬鹿らしくなった、っていうかさ……上手く言えないんだけど。だから、俺はもう大丈夫」

「……それじゃあよく、わかんないよ」

「うん、俺もよくわかってない」


 そう言ってからからと笑う姿は、少なくともいつも通りくらいには元気に見えた。

 持ってきたケーキにフォークを刺しながら、オリバーは少し大袈裟くらいに肩を竦めて見せる。


「まぁ、さ。俺はこれからも、あいつのことをその……見守ってやろうって。今まで通り、さ」

「……そっか」


 今まで通り、ということは……想いもそのまま、ということ……なのだろう。

 私は、彼の……彼と、彼女それぞれの想いを応援し続けたい。

 たとえ何もできなかったとしても、それだけは、と……改めて、強く強く、そう思った。

 自分は今、上手く笑い返せているだろうか。


「あ、そういえば、明日の舞踏会!うちにも招待状来ててさ、親父や兄貴に俺も出たいって頼んだら、割とすんなり許してもらえたんだ。多分、前にイグニスの付き人として舞踏会に出たからだと思うんだけど……」

「そうなんだ!じゃあ明日は一緒に居られる?」

「ああ。どうせ親父たちと一緒になんて行動しないし。会場で合流するよ」

「よかった。当日ってさ……」


 その後は、明日の舞踏会のことや、着ていく衣装のことなどでしばらく談笑していた。

 ――明日なんて、来なければいいのに。

 楽しい時間を過ごしながら、きっと、私とオリバーは同じことを考えていたのだと思う。

 階下で職員たちが慌ただしくする中、私たちは会えなかった時間を埋めるように、ロランディアで起きたことや、最近身近であったことなどについて、夕暮れが食堂を温かく染めるまで、楽しく話し続けたのだった。






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