表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【WEB版】大賢者様の聖図書館  作者: 櫻井 綾
第2章 古き魔術と真夏の夜蝶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

130/296

127.届かない言葉


 躊躇いは、一瞬だった。

 彼は表情を隠すようにまた顔を背けて、小さな声だけが落とされた。


「……アイビーは、ザフィアの幼馴染みだった人だよ」

「……!」


 いつものようにはぐらかされたりしなかったことに、はっと息を呑む。

 あの焔さんが、話してくれた……!

 驚きと嬉しさで瞬きする私の隣で、ライオット王子がぐっと身を乗り出す。


「幼馴染み?そんな話、聞いたことないけど」

「ザフィアが王室に引き取られるまでのことは、あまり文献に残っていないからね。当時も、知っている人間はあまり多くなかった」

「へぇ……それで、幼馴染みってどういうことだよ?そのアイビーって人がロランディアの人間だったんなら、初代様はその兄弟とか?」

「いや。……ザフィアとアイビーは、血は繋がっていないよ。彼の母親が、ロランディア家に仕える侍女だった……ってだけ」

「え、それって――」


 更に尋ねようとするライオット王子の言葉が、馬の嘶き声と馬車の揺れに遮られた。

 停まった馬車の扉が、外側から開けられる。


「さて、着いたね。レディ・オリビアが夕食を作って待っていてくれる頃だろう」

「あ……」


 すかさず、焔さんが席を立って馬車から出て行った。

 ――まるで、先ほどまでの会話を強引に断ち切るかのように。


「ほら、リリー」

「……はい」


 外から差し伸べられる手に、自分の手を重ねる。

 もうこの話は終わりだと、焔さんの形ばかりの笑顔が語っているようだった。

 ――それでも、いい。

 今まではほとんど何も話してくれなかったのに、少しだけでも、はぐらかしたりしないで話をしてくれた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 馬車を降りると、夕陽に染まった村の広場が広がっている。

 家路を急ぐ親子や、畑仕事を終えた村人、店じまいの支度をする商店。

 いつも通りの風景に、橙色の木々や屋根が、眩しく視界に映った。


「さあ、帰るよ」


 さらりと言って、焔さんが先頭を歩いて行くのを、少し遅れて追いかけた。

 しゃらしゃらと、夕陽を反射して眩しく輝く、焔さんのローブの飾り。

 黄金色の眩しい輝きに目を細めながら、図書館までの道を歩いた。

 ――先ほどの、焔さんの言葉。

 初代王ザフィアは、アイビーさんの幼馴染みであり、彼の母親はロランディア家に仕える使用人の立場だった。

 焔さんははっきりと言わなかったけれど、その事実は確信に繋がる。

 近い立場にあったのに、突如なかなか会えない人になってしまったという、『翡翠色の日記』の作者、アイビーさんの想い人――それが、ザフィア王だったのだ。

 その彼女が、私にさせようとしていること。

 ……絶対に、そうだ。

 ザフィアの魔術書、その封印を解くための、何かのヒントなんだ。


 ――『ごめんなさいね、この前は。もう少しで貴女を池に落とせたのに』


 あの夜、私に向かって、アイビーさんが言った言葉だ。

 あの池に何があるのか?と――そう尋ねた私に、彼女は更に微笑んで、『あそこには、鍵が眠っているの』……そう言った。

 私に必要な鍵だ、と。

 やっぱり、あの宝石池に行かなくちゃ。

 あの池の……恐らく水中に、何か『鍵』が沈んでいるのだ。

 行くなら、早いほうがいい。

 ……けど。

 ちらり、と視線を上げて、目の前を歩く黒いローブの背を見やる。

 言わなくちゃ、だめ……だよね?

 もしかしたら危ないのかもしれないし。

 あんなことがあって気まずい今、一緒に行って欲しいなんて頼むのもちょっと……いや、なかなか言い出しづらいところがあるのだけれど。

 でも、ひとりで行動してしまうのはまずい、気がする。

 まぁその『鍵』、というのも、私ひとりでなんとか出来るものじゃないかもしれないし。

 一緒に来て貰うのがいい……、と思う。

 気まずいとか、それ以前に、ザフィアの魔術書のためだというのなら、それは仕事なのだから。

 しっかりしなくちゃ。

 焔さんとアルト、私と、ライオット王子。

 あまり幅が広くはない夕暮れの道を、みんな無言のまま歩いて行く。

 もう結構歩いてきていたのか、遠くに、ロランディア図書館の建物が見えはじめた。

 到着してしまう前に、と……私は覚悟を決めて、口を開いた。


「あの、マスター」

「…………何?」


 考えごとでもしていたのだろうか。

 数秒の間が空いて、こちらを振り返らないままの焔さんから返事が返ってきた。


「ええと、その……前に言っていた、アイビーさんのゴーストの話、なんですけど」

「うん」

「宝石池に、落とされそうになったんです。それで、どうやらあの池に、何かあるみたいで……私、もう一度行ってみようかと思うんです」


 ぴたりと、前を行く焔さんの歩みが止まる。

 つられて、私も立ち止まった。

 振り返らないその背に、更に声を掛ける。


「あの、マスターも一緒に行って――」

「――だめだよ」


 声を張るでもなく、しかし重く強い声が、私の言葉を遮った。

 ゆっくりとこちらを振り返る焔さんの動作が、やけに遅く見える。


「リリー。もう二度と、あの場所に近づかないで」


 焔さんの固い声に、喉の奥で声が絡まる。

 数歩先からこちらを見つめているはずの焔さんの表情は、逆光になってしまっていてわからない。

 それでも私だって、これで引き下がることなんてできなかった。

 何も出来ていない私が、唯一役に立てるかもしれない、大切な手がかりだ。


「……っでも!でもあそこには多分、あの魔術書の鍵になるものがあるはずなんです!」


 全身に力を込めて言い返す。

 けれど焔さんは、静かに首を横に振るだけだった。


「いいかい、リリー。ゴーストというのは、生者とはまったく違うモノなんだ。危険なんだよ」

「でも、鍵が――っ」

「それについては心配いらない。ちゃんと、ロランディアの屋敷で手がかりを見つけてきたから」

「……でも、」


 それならば、アイビーさんが私に言った、『鍵』というのは……一体なんの鍵だというのか。


「それでも、確かめたほうがいいと思うんです!」

「その必要はないよ」

「焔さん!」

「――梨里」


 静かに、重く響いたその声に、びくりと身が竦んだ。

 いつの間にか、後ろにライオット王子がいるということを忘れて、会話に熱くなって……人前だというのに、彼を『焔さん』、と呼んでしまっていることにすら、気づかなかった。


「危険だから、ゴーストとはもう関わってはいけない。あの池にも近づいてはだめだ。君を、危ない目に合わせる訳にはいかない。心配なんだよ。……僕の言うこと、きけるね?」


 静かで淡々とした声なのに、それは完全に、抗うことを許さない言葉だった。


「…………」


 はい、と返事することもできなくて、ただ無言で足下に視線を落とす。

 私のその様子を肯定と受け取ったのか、焔さんはまた図書館の方へと踵を返し歩き出した。

 ……ただ、ついて行くことしかできない自分が、もどかしい。

 結局、それ以上は言葉も交わさないままに、図書館へと到着した私たちは、まっすぐ食堂へと向かった。

 レディ・オリビアが用意してくれた美味しい夕食も、味がわからないままに飲み込む。

 俯いたまま食事をしていた私とは反対に、ぱぱっと夕食を済ませてしまった焔さんは、食堂から出て行く直前にくるりとこちらを振り返った。


「王子は、話があるからすぐ書庫に来て」

「あ?」

「昨日してた話。確認しに行くから付き合って。あ、リリーさん。その間アルトも借りるよ」


 それだけを告げて去って行こうとする後ろ姿に、ガタンと椅子を蹴立てた。


「待ってください!調査のことなら私も――」

「いや、いい」

「え?」

「リリーは、今夜はリブラリカへ帰って」

「そんな……」


 それは、私だけのけ者ってこと……?

 どくんと、心臓が痛いほど大きく脈打つ。

 絶句した私に、焔さんはちょっと困ったように微笑んだ。


「僕が対処出来ないときに、また危険な目にあったら困るから。いいね?」

「……あ、の」

「アルト。やっぱりリリーさんのこと、送ってから来て」


 容赦のない焔さんの言葉に、紅茶を飲んでいたアルトは、深い溜息を吐いて頷いた。


「……わかった」


 だめだ、このままじゃ、私だけ置いて行かれちゃう……!

 役立たずなんて嫌だと、役に立つんだと思っていたのに。

 素っ気ない焔さんの態度に、焦りが募る。


「マスターっ」

「それじゃあ、暗くなる前に帰るんだよ」


 焔さんは、そのままするりと私に背を向け、食堂を去って行った。

 私の言葉なんて、聞く耳も持ってもらえなかった。

 一度も……こちらを見てはくれなかった。


「…………」


 すとんと、再び自分の席に座り込む。

 もう、目の前の食事に手を付ける気力もなかった。


「リリーさん……」


 気遣わしげなレグルの声に、はっと顔を上げる。

 レディ・オリビアも、レグルさんも、ライオット王子も。

 皆が心配そうな表情で、私を見ていて。


「……すみません、マスターにああ言われてしまったので、今日はもう帰りますね」


 ――そんな目で、見ないでほしい。

 傷ついた気持ちを抱えたまま、精一杯の笑顔で断って、逃げるように食堂を後にした。

 今の私にできることなんて、それっぽっちのことだけだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ