表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【WEB版】大賢者様の聖図書館  作者: 櫻井 綾
第2章 古き魔術と真夏の夜蝶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

118/296

115.遠く白い月<1>


 がちゃりと開いた扉の先。

 この数週間ですっかり慣れた質素な部屋に入り、魔道具のランプに触れる。

 ぽっと小さく灯った、ふんわりした光に照らされて、宵闇に沈んでいた部屋の調度が浮かび上がるように現われた。


「……ふう」


 溜息を吐きながら、ベッドに腰掛ける。

 先ほどの夕食の席は、何とも酷かった。

 私も焔さんも、いつもなら隣同士に座るのに、わざわざ間にライオット王子を挟んで席につく。

 黙ったまま食事をする私たちの姿に、王子も、レグルたちも困惑した顔をしていた。

 食事中、ちらりと焔の様子を窺ったけれど、何だか落ち着かないような表情をしているように見えた気がした。

 別に、喧嘩をしているとか、そんな訳ではないのだけれど。

 せっかくレディ・オリビアから話を聞いて、私も色々……言いたいことを言ったりとか、聞きたいことを聞いたりとか、そういうことを頑張ろうと思ったのに。

 仕事として、あの魔術書の調査をしている今、こんなことを考えていることがそもそも、いけないのかもしれないけど。


「でも、調査って言っても……」


 呟いて、ごろり、ベッドに寝転がる。

 ロランディア村に来てからというもの、村全体の調査を任された私と殿下は、毎日村を歩いた。

 しかし今日までに得られたものといえば、子供たちや村人たちとの親交、くらいだろうか。

 魔術書に関わる情報なんて、何処にもなかった。

 こんなんじゃ、いつまでたっても焔さんの役になんて、全然立てない。

 はじめは出張と聞いて、ただ浮かれているだけだった。

 けれど実際この村に来てからは、リブラリカに居たときよりも焔さんとの時間は減って、更には変な夢まで見るようになって……。

 まぁ確かに、出張に来て良かったこともある、けど。

 殿下とこんなに一緒に過ごす機会は、出張に来なければなかっただろうし、こんなに素敵な図書館で過ごすことも出来ている。

 調査自体、焔さんにとっても、オルフィード国にとっても大切なものなんだって……わかってはいるけれど。

 ……わかってはいる、けどさ。

 上手く言葉にできない気持ちが、心の中でぐるぐるしている。

 居心地が悪くてごろりと寝返りを打って――。

 そして、部屋の違和感に気づいた。


「…………?」


 あれ。

 腕をついて上体を持ち上げる。

 しん、と静まり返った室内には、自分以外の気配がない。

 これは、おかしい。


「……アルト?」


 そう、いつも傍に居てくれるはずの相棒の姿が見えない。

 部屋中を見回しても、あの紅い宝石のような瞳が見当たらないのだ。


「え、なんで……アルト!アルトってば!」


 しんとした部屋に、私の声だけが響く。


「……どうして」


 どうしてアルトがいないの?

 食堂から帰ってくる途中、ずっと私の肩に乗っていたはずだ。

 焔さんの使い魔で、私の頼もしい相棒であるアルト。

 私がこの世界に来ている時に、彼が何も言わず傍を離れることなんて、今まで一度もなかった。

 いつだって――。


「いや、待って」


 ある。

 彼が私の傍にいてくれなかったことが、ある。

 正確には、私がアルトから離れてしまったことが。

 それは、あの女性に会った時。

 ――宝石池で、私が溺れそうになったあの日。

 そして、いつもの夢を見ているときも。

 いつだって、部屋から離れた場所でハッと気がつくと、アルトがいないのだ。

 周囲を警戒しながら身体を起こすと、ふわりと揺れた室内の空気に身震いした。

 魔道具によって空調が保たれているはずの館内とはいえ、ブラウスの下の素肌に鳥肌が立つほどの寒気を感じる。

 部屋の中が、異常に寒くなっているようだ。

 ちょうどベッドの上、手の届く位置に置いてあったカーディガンを手繰り寄せて、羽織る。

 ゆっくりと立ち上がる動作に合わせて、ベッドと床板がぎい、と鳴いた。


「…………」


 疑いのような予感のようなものが、ぴんと緊張の糸を張る。

 不思議な事に、いつもの夢を見ている時に比べて、今夜は意識がはっきりとしていた。

 頬に当たる冷たい空気まで、はっきり認識出来ている。

 ――絶対に、彼女がいる。

 それは、確信めいた何か。

 カーディガンの前を合わせてぎゅっと握り閉めたまま、静かな部屋を見渡す。

 すう、と吸い込んだ空気は、むせそうになるほど冷たかった。


「――あの」


 しんとした部屋に、やけに大きく自分の声が響く。


「居るんでしょう?――あの時の」

「――こんばんは」


 応える声に、ばっと後ろを振り返った。

 先ほどまで、古いカーテンが揺れるだけだった窓際。

 今までずっとそこにいたかのように、違和感なく立つ女性の姿があった。

 こちらに、にこりと微笑みかける表情が、今回ははっきりと見える。

 あの、宝石池の時と同じ。

 ふわふわの肩までの髪と、シンプルなワンピースを揺らした彼女が、そこに立っていた。


「……こんばんは」


 挨拶を返すと、ふわりと女性の笑みが深まる。

 女性は背後の窓から夜空を見上げて、ふふ、と小さく笑い声を上げた。


「良い夜ね。月が綺麗」

「そう、ですね」


 端から見ればいたって平和な会話だけれど、私はバクバクと跳ね上がる鼓動を必死に抑えようと、カーディガンを抑える手を白くなるほど握りしめていた。

 確かに昼間、ミモレと会った後に、今夜この人に会えたら色々聞けるかな――とか、思った。

 思ったけれど、本当に会えるなんて。

 しかも、今までのような夢見心地な状態ではない。

 手も、足も……しっかりと感覚があり、意識もはっきりしている。

 今までとは全く違う遭遇の仕方に、驚きと焦りと……何か、心の何処かで感じる恐怖のようなもので、息も上がってしまいそうだった。

 空気が薄いような気までしてくる。

 気を緩めれば声も、手も足も、震え出してしまいそう。

 それでもぐっと堪えて、顔を上げる。

 以前の自分では、こんな時……俯いて震えていることしか出来なかっただろうけれど。

 今は、違う。

 これは、私が成長した証だ。


「あの――貴女は、誰なんですか?」

「私?私は――、過去の約束に縛られた、可哀想な女、かな」

「え?」

「馬鹿な男を好きになるとね、苦労するのよ。――貴女もそんな覚え、ない?」

「えっと……」


 おどけたように肩を竦めて見せる女性に、少しだけ呆気にとられる。

 そんな苦労に、何処か覚えがあるような――って、そうじゃなくて。

 私は、幽霊っぽい女の人相手に一体、何の話を。

 ぽい、というか、今までのことを考えるとこの人、たぶん幽霊だと思うのだけど……。

 うん、よく見るとほんのちょっとだけ透けてるし。

 目を凝らすと、窓枠とか見えちゃってるし……。

 口を開いたり閉じたり、目をすがめたりしている私の様子に、女性はくすくすと鈴を転がすような声で笑った。


「まぁ、あの頑固者相手じゃあね。私より貴女の方が苦労してるかもしれないわね」

「ええと、まぁ……」


 頑固者。

 ……うん、焔さんをそう呼ぶことに、なんの違和感もない。

 妙に納得してしまう言葉に、一瞬遠い目をしそうになった。


「ごめんなさいね、この前は。もう少しで貴女を池に落とせたのに」

「!」


 耳を疑うような台詞がさらりと聞こえて、私の意識が無理矢理引き戻された。

 明後日に向いてしまっていた顔を、ばっと女性のほうへと戻す。

 視線の先で、彼女はあの時と変わらない、綺麗な笑顔をしていた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ