35.襲撃なんて飽きたよね
眠らせたトリシャを置いて、離宮を出る。この時すでに僕の表情は、彼女に見せる優しさを排除していた。モンターニュ侯爵は手摺りに細工した……これは間違いようのない事実で証拠も挙がっている。しかし、シャンデリアは弄れない。修理と称して工作を手配した痕跡が、上手に消され過ぎなんだ。
「陛下、謁見の広間の準備は出来ております」
すでに必要な者は呼び集めてある。そう告げる執事ニルスに頷き、本宮を横断した。権威だの財力だの、くだらない見栄を張った結果の宮殿は広い。ほとんどの親族を処断したから、今は広すぎて管理が面倒な建物でしかなかった。僕にはこんな無駄な権威は必要ない。
殆どの部屋は手つかずで放置していた。広間へ向かう僕の斜め後ろに従うニルス、そして護衛が前後につく。かつて客人の控室として使った部屋の前を抜ける時、僕の前方を歩くマルスが剣の柄に手を掛けた。
「陛下」
「許可する」
皇帝の前で剣の刃を見せるには、護衛であっても許可が必要だ。もちろん命の危険があれば、緊急措置として許されるけど。彼らレベルの騎士なら、一撃目は鞘で防いで許可を取る余裕があるからね。抜き放った刃がぎらりと光を反射し、直後に襲い掛かった賊の攻撃を弾いた。
後ろのニルスは平然と立っているが、彼の短剣の扱いも一流だ。僕はただ守られていればいい。邪魔にならないよう動かず、悠然と護衛を信じて立つ姿が正しいのだ。そも、皇帝や国王が自ら剣を抜く場面なんて……お伽噺の中だけで十分だった。
考えてもみてよ。国の要が自ら手を汚す状況なんて、追い詰められて滅びる寸前じゃないか。だから僕は剣技を磨く必要はなくて、適度に様になる程度の訓練しか受けなかった。その分優秀な本職の騎士を選んで傍に置くのが、有能な君主の器だと思うよ。
ばっさり斬られて倒れる男達は雇われたようだ。顔を覆っていた布を剥ぐまでもない。どうせ証拠や黒幕に繋がる物なんて持ってないだろうね。ただ、差し向けただろう貴族の見当はつくよ。ここまで早急に動かないと己の身が危ない連中だ。
「ご苦労さん」
「はっ」
マルスだけで足りた。後ろで警戒するアレスは動かない。この対応が、敵に対する双子騎士の評価だった。この程度の刺客を寄越して、僕の側近を突破できると思った? それとも僕が怯えて泣くような可愛い子供だとでも……ふふっ、おかしいね。まだこの国の掌握具合が緩かったみたいだ。
僕やトリシャに手を出すなら、命を懸ける覚悟は出来てるはずだよ。何もなかったように打ち捨てた敵を放置し、マルスは護衛に戻った。靴音を吸収する絨毯の上を歩き、広間に足を踏み入れる。頭を下げて待つ臣下の後頭部を眺めながら、無駄に宝石の埋め込まれた玉座に腰掛けた。
これも趣味悪いから交換させよう。そんなことを思いながら、待ち続ける貴族を眺めた。僕の大切な鳥籠に手を出した者が3名、襲撃を企てた者は4名、うち2名が未遂だっけ。ひとつ溜め息を吐いて、声をかけた。
「顔をあげろ」




