160.膝枕での密談もいいね
アレスからの報告が遅いので、まさか苦戦してるのかと思ったら……制圧し終わっていた。近隣国の援軍が来る前に、勝敗は決していたらしい。彼の凱旋を待って、簡単な祝勝会が開かれる。すでに婚約発表したニルスとソフィは参加が決定だった。
「トリシャ、本当に参加するの?」
「帝国のために戦った兵を労うのは、皇妃の義務ですわ」
「でも、トリシャを見せたくない」
「ふふっ、でしたら顔を隠す帽子でも被りましょうか」
参加しないという選択肢はないんだね。僕を膝枕したトリシャは、優しく僕の黒髪を撫でながら囁くように話す。内緒話みたいで擽ったい気持ちになった。
「わかってるのに、意地悪するのかい?」
「私を知っていて結婚なさったのは、エリクですわ」
そうだよ、君が責任感が強くて優しい女性だと知ってる。王太子妃教育以上の教養を身につけ、他国の言語を操り、大賢者カルネウスの知識の一部を持つ才女なのも、ね。皇妃として最低限の責務を果たすつもりなんだろう? 僕としては、鳥籠で待っていて欲しいけど。
「アレスの凱旋じゃ、仕方ないかな」
「結婚したばかりの皇妃が公式行事を欠席すれば、要らぬ憶測を招きますわ」
トリシャの意見にも一理ある。いや、僕は正しい意見を自分の我が侭で捻じ曲げたいだけだ。ちゃんと自覚はあるから、ごねても最後は正しい判断を下すよ。でももう少しだけ。
膝枕したトリシャの膝に手のひらを滑らせる。包むようにしてスカートの上から撫でた。意味ありげに腿の方へ移動すると、彼女の頬が赤く染まる。
「エリクっ、その」
「まだ昼間だけど、今の僕が求められる公務には、世継ぎ作りも含まれるよね」
「嫌ですわ。公務で触る夫は不要です」
ぴしゃりと切り捨てられて、僕の悪戯は終わり。お互いにわかって言葉遊びをしていただけなんだけど、膝から頭を起こして彼女の指先にキスをした。
「じゃあ、仕事を終わらせてくるから。夜は一緒にお風呂に入ってもいい?」
「それは公務かしら?」
「プライベートでの僕の望みだよ」
笑い合って約束し、トリシャをソフィに預けた。ソフィの衣装を選ぶと張り切る彼女に、ちらりと釘を刺す。
「つばの大きな帽子で顔の隠せるドレスも注文してね。そっちの方が先だから忘れないで」
「まあ! わかりました」
言外に、凱旋式や祝勝会に参加する許可を残して、僕は部屋を出る。居心地のいいリビングから仕事用の本宮へ。続き廊下で意識を切り替えた。表情を引き締め、悪虐皇帝の仮面を被る。
トリシャには言わなかったけど、捕らえた王族の処断をしないといけないね。オリアンは裏切った罰として王家の断絶、攻め込んでセルベル国の領地を奪い取ろうとしたレンヘルムは……統合することになるだろう。また帝国が大きくなってしまった。
「ニルスに叱られる前に、書類を片付けないとね」
新しい国が増えた事で一時的に増大する書類や決断の山を前に、僕は気合を入れ直した。




