159.甘酸っぱいケーキに隠して
養子だのなんだの考えてみたけど、マルグレッドが浮気したと邪推されるのも腹立たしい。そこでトリシャの案を使うことにした。
先代皇帝には腹違いの兄弟がいて、ニルスの父親だったという説だ。従兄弟という関係になるけど、実の兄だったと公表するより真実味がある。何より先先代皇帝の下の事情なんて、もう知ってる奴は生きていない。誰も覆しようがない上、髪や瞳の色の違いも誤魔化せた。
「さすがだね、トリシャ」
「ふふっ、実はステンマルクの時に、貴族の養子縁組でそんな実例を聞いたことがありましたの」
種明かしするみたいに教えてくれる、トリシャの指先に口付けた。マルスは気の毒そうに僕達を交互に見てるけど、この方法なら君達も組み込めるんだけど。
「本当に皇族にならないの?」
今なら大盤振る舞いで公表に混ぜられるよ? そんな誘いを向けても、頑なに首を横に振る。
「私達の家系は代々騎士ですから、記録が残っております。陛下に続く皇族になることは、畏れ多く……ご容赦くださいますよう」
無理にとは言わないけどね。くすくす笑うトリシャが僕の唇に指を当てる。これ以上言うなって? 君がそう願うなら、僕に異論はないけど。
「マルスは騎士としての自分を誇りにしておられますわ。ご家族もご存命なのでしょう? 無理を言ったら可哀想です」
「さすがは皇妃様」
にこにこと応じるマルスを睨んだところに、ソフィが入室許可を求めた。彼女には内緒、そう示すために人差し指で口止めした。頷くトリシャとマルスが表情を引き締める。
「お茶の準備が整いました」
「そう、ニルスも呼びに行かせたから一緒に飲もう。今日のお菓子は何?」
トリシャに問うと、にっこり笑ってシフォンケーキだという。今日は上手に膨らんだと微笑む彼女の言葉通り、柔らかそうなケーキが運ばれた。ソフィが丁寧に切り分けてセットする間に、ノックの音が響く。
「遅れて申し訳ございません」
「ニルス、ちょうどよかった。紅茶を頼むよ」
ソフィと並んでお茶の準備を始めるニルスを見ながら、3人は目配せし合う。緩んでしまう口元を、微笑みに混ぜて誤魔化した。トリシャと見つめ合っていれば、お互いに変じゃないよね。僕の意図を察したトリシャが、柔らかく微笑んで僕と視線を交わす。
「いただこうか、美味しそうだ」
用意された紅茶の香りに負けない、甘い香りが部屋に広がる。レモンクリームを作ったのだと聞いて、さっそくシフォンケーキに添えて口に入れた。甘酸っぱい味がよく合う。
和やかなお茶の時間を楽しみながら、ニルスとソフィの結婚式の予定について話を進めた。僕達の新婚旅行は半年後に予定している。ニルスの結婚後、少し落ち着いてから出かける予定だった。今回の戦争の結果次第では、もう少し伸びるかも知れないな。
予定変更は調整が大変なんだけど。トリシャの安全が一番大事だから仕方ないね。




