155.次の幸せが続くように
結局、トリシャがベッドから出られたのは8日目だった。その間、僕もほとんど自室から出ていない。先程飛び込んできたニルスとソフィに「いい加減にしてください」と声を揃えて叱られた。トリシャを抱き潰す気かと顔を真っ赤にして抗議されたら、僕も我慢するしかないよね。
新婚の皇帝に謁見を求める馬鹿はいないし、いたとしてもニルスが対応しただろう。書類もトリシャの眠っている間に片付け、食事も入浴もトイレも、彼女につきっきりで過ごした。動けないのに面倒をみられるのを恥ずかしがる。
最初は少し嫌がったトリシャだけど、僕は君の隅から隅まで掌握していたいんだ。トリシャの口に入り、出てくるもの。その耳に入る音はもちろん、吐き出される吐息や声、触れた物、顔を見た人に至るまで、何もかも知っていたい。
独占欲を露わにした僕に驚いた顔をして、彼女はほわりと笑った。驚いたよ、怖がると思ったのに。結婚して拘束したから平気だと本性を見せた途端、泣いて怯えるんじゃないかって。
「僕が怖くない?」
「どうしてです? これほど私を愛してくださる方は他にいないわ。私が怖いのは、エリクが私に興味を持たなくなることです」
「絶対にないから安心して」
トリシャが僕の前で、どんな醜態を晒しても受け止める器はあるよ。僕はすでに悪虐皇帝としての本性も、傷つけられた幼少時の傷も晒した。この醜い独占欲も肯定されたら、丸裸じゃないか。
「愛してるよ、トリシャ」
「私もです」
照れているのかな、まだ愛してると言うのは恥ずかしいみたいだ。その初めての言葉も、僕がもらうから覚悟してね。
綺麗な虹色を纏う艶のある銀髪を、丁寧にブラッシングしていく。身を任せてくれる彼女はベッドから起き上がったばかり、用意したお茶の香りを楽しみながら穏やかな時間が過ぎた。ずっとこうして過ごしたいけど、ニルスの負担が大きすぎるね。それに次は彼とソフィの番だ。
「ねえ、ソフィへのプレゼントは決まった?」
「婚礼衣装は大公殿下が選ぶのでしょう? でしたら、ヴェールにしようかと」
「いいね、お飾りも肌に触れるから僕が用意すると拗ねそうだし。靴もドレスに合わせるのが普通だよね」
ニルスも僕に負けず劣らず、束縛するタイプみたいだ。ドレスに靴、飾りと肌に触れる物を、僕が用意することを拒んだ。気持ちはわかる。僕もトリシャの肌に触れる物を、別の男が選んだりしたら……確実に息の根を止めるから。
「何を用意しようか」
「でしたら、いい案がありますわ。結婚式の会場をご用意してはいかがかしら」
本人達の希望を聞いた上で、宮殿内の広間を提供すればいい。先日の結婚式同様、飾り付けや侍従までセットで貸せば、いいプレゼントになる。トリシャの素晴らしい案に、欠点は見受けられなかった。
「うん、さすがは僕の聡明な天使だ。会場や飾り、家具に至るまで用意しよう」
領地をやってもニルスは喜ばない。以前褒美として与えたら、管理する手間と人材がもったいないと言われた。収入や資産が増えるのに贅沢だよね。他の貴族なら大喜びなのに。
そこがニルスらしいんだけど。二人であれこれと相談して、微笑み合う。互いの親友が、僕達に並ぶくらい幸せになれるように。




