112.事前準備はしっかりとね
手元の書類を後回しにして、大急ぎで自室がある離宮へ戻る。確認を終えたニルスが戻り、思わぬことを口にした。
「姫様はミントグリーンのドレスに琥珀、クリーム色のショールになさったと連絡がありました」
「ミント?」
銀髪に赤に近いピンクの瞳だから、基本的に何色でも似合うけど。また珍しい色を選んだね。でも庭のハーブが大好きな彼女だから、愛らしいだろう。とすれば、隣に立つ僕の衣装が悩ましい。黒や紺のような強い色では反発し合うのだ。まあ、相性は悪くないけど。どうせなら彼女に寄り添う色がいい。
「グレーとブラウン、どっちがいいかな」
咄嗟に思いついたのはその2色だった。グレーならきっちりした感じ、ブラウンを選べば柔らかい印象を与えるだろう。どちらも悪くないが……図々しい新王を思い出した途端、色が決まった。
「グレーにしよう」
「ミントのスカーフを姫様がご用意してくださいますので、こちらの色でいかがでしょうか」
まるで僕の出す結論を知っていたみたいに、心得た様子でニルスが差し出したのは淡いグレーだ。シルバーにも見える色合いは、僕の黒髪とも合う。ミントの差し色を入れるなら、シャツは濃い色の方がいいかな。
「シャツはこちらを」
「手際が良すぎて、怖いくらいだね」
思わず笑ってしまった。濃灰色のシャツを受け取りながら、茶化すと苦笑いされる。長く一緒にいるから、ある程度僕の考えを先読みできるんだけど。まるで心を読まれたみたいだ。それを気味悪いと思うより、心地よいと感じた。
「ソフィにも支度させるから、エスコートして」
「かしこまりました」
彼女のドレスの確認もしなくちゃいけないから、僕より忙しくなるニルスに退室を指示する。着替えは手伝いも不要だ。一礼したニルスは、ベッドサイドのナイトテーブルの上に報告書を置いた。わずか1枚だが、情報量は両面にぎっしり記されている。
「助かる」
「いえ」
短く会話した後、ニルスは出て行った。扉を守る双子の敬礼に頷き、さっさと着替えを済ませる。シャツの一番上のボタンを外したまま、上着もすべて着用した。鏡の前で確認し、最後に入れるトリシャのスカーフを待つ状態になったので、ようやく報告書を手に取る。
部屋の中にある執務用の机の角に寄りかかるように腰掛け、手にした報告書に目を通した。新王の経歴や家族構成、幼少時のエピソードがいくつか。最後に性格を分析した一文が目を引いた。
「野心家ではないようだが……女好き」
野心家で女好きはよく聞く。一番扱いやすいタイプだった。だが、野心がないなら面倒だ。あの男がトリシャに余計な口を利いたら、その瞬間に首を刎ねるよう命じておくか。いや……トリシャの目に映る場所ではマズいね。対策を考える僕は、表に書かれた経歴からもう一度内容をさらった。




