110.意外と曲者みたいだね
アースルンド――隣国の国王を処分して交代させた。王族はすべて身分を降格し、他国で功績のあった侯爵を新たな王に据える。王族という身分に胡座をかく馬鹿は、きっちり首を切ると僕が明言した形だった。
「皇帝陛下におかれましては、ご機嫌麗しく。恐悦至極に存じます」
「ご苦労。前王の轍を踏まないことを祈っているよ」
寡黙な男は最低限の挨拶を終えると、静かに頭を下げて承諾を示す。何を考えてるか分かりにくいけど、自分の領地の民を守ることに命を懸けた男だ。侵略行為に対して、全力で争ったという。その心意気を汲んで、僕が援軍を出させたんだけど。
「僕が君に望むのは、民へ豊かさを与えること。愛しいトリシャに手を出さないこと。他国と無用な争いを起こさないこと。それだけだよ」
「叛逆が入っておりません」
「叛逆? 僕が無能な君主だと思えば、いつでも仕掛けていいよ。それは臣下の権利だろう」
僕もそうやって前皇帝の首を刎ねた。地位に溺れて役目を果たさなくなれば、首を落とされるのは当然じゃないか。他人の首を落としておいて、自分は落とされたくないなんて通用しないからね。
くすくす笑いながら理由を付け足すと、驚いた顔をした後、にやりと笑った。新王はかなり野生的な男みたいだ。悪い笑い方がよく似合う。
「それでこそ忠誠を誓う価値があるお方だ」
「ずっとそう思ってもらえるよう、皇帝らしく振る舞わなくちゃね」
傲慢な態度で返しても、彼は気分を害した様子はなかった。それどころか楽しそうだ。ちらりと、横で控える双子の騎士に目を向ける。アレスは逸らし、マルスは曖昧に微笑み返した。なるほど、彼らも自覚はあるんだね。この新王、たぶん君達と同じタイプだって。
「ひとつ、望んでも構いませんか」
少し砕けた口調の王が何を口にするか。興味をそそられた。だから無言で頷く。玉座に肘をついたままの僕に、彼は膝を突いて正式な作法で願い出た。
「明日立ちますゆえ、夕食をご一緒させていただきたい」
断りにくい。政を考えればイエス、トリシャとの約束を優先させるならノーだった。迷う僕の一瞬の無言をどう捉えたのか。新王はさらに続ける。
「皇妃様がご一緒ならば、僥倖に存じます」
「……っ、そこまで言われたら受けるしかないね」
目配せを受けたニルスが、配下の侍従に指示を出す。トリシャは着飾る予定があるから、早めに知らせないと可哀想だ。ソフィに任せれば問題ないだろう。そうだ、彼女も同席させよう。
「今日はナーリスヴァーラ大公やシュルストレーム公爵と会食の予定だから、そこに加わるといいよ」
新しく出来た予定に、ニルスは微笑んだ。彼らがフォローに入るなら、問題ないね。ソフィがいれば、トリシャもあまり緊張しなくて済むだろう。
属国の王族は舞踏会で顔合わせを済ませた。あの日いなかった新たな国王のみ、トリシャへの面会を拒むのはまずい。こういう面倒臭さが皇族の義務だけど……。面倒を持ち込むんだから、今日の宝石くらいじゃお詫びが足りないな。玉座を立って廊下を歩きながら、僕は思わぬ展開に肩を落とした。




