第4話:新たな決意とスタート
「……ここ、か…。」
私達兄妹は高知の家とは比べ物にならないくらい大きな、我が家になる家を見上げた。
その後ろでは、父は意外にも少し満足そうに頬を緩め、母はニコニコといつものように柔らかい笑顔を浮かべていた。
東京の空港に着いて初めて思った事といえば、高知の空港との規模の明確な違いだった。
高知の空港は二階建てだが年季も入っており、決して最新の設備が揃っているわけではなかった。
それでも最低限以上のものは置かれているし、平日でもチラホラと利用客の姿を目にすることが出来る。
だがパッと見、従業員の方が人数が多いと思うことはある。
だが、都心の東京の空港はどうだろう。
何倍以上もの店舗数に敷地面積、従業員の数に利用客の数。
人酔いする、という言葉は聞いたことはあったけれどそんなことある筈ないと、テレビの向こうの東京に心の中で意見をしていたけど……。
そのことを改めなくてはならないと感じたのは、飛行機を降りた直ぐの事。
空きスペースなと見つからないと思えるほど、埋まっているソファーに、お店の中の人口密度の多さ、外国人の多さだって高知とは比べ物にならないくらいだった。
初めて人酔いを経験した私達兄妹は逃げるように空港をあとにした。
しかしまだ驚きは続いた。
車の中から窓の外を見ると、高知は緑をよく見るのに人人人……。
高いビルに種類の多い店。
どこもかしこも同じ日本なのかと疑うほどだった。
しかし東京すべてがこんなに大層なものではなかった。
車が空港から出発して約一時間と少し。
景色はどんどん緑が増えていき、人の数だって落ち着いてきた。
……けれど、高知と比べると充分自然は少ないし、人も多い。
そして何より住宅街というのは高知にもあるから知っているはずなのに、東京の住宅街とはどれほど車を走らせても家が並んでいた。
少しグッタリとした気持ちで窓の外を見ていると、何時間ぶりに聞こえてきた父の声。
「…着いたぞ。」
言葉と同時に車は住宅街の中の一つの家の前に止まった。
………東京というのはこんなにも規模が違うものか、と兄と姉が呆然と新しい我が家を見上げている隣で、私は少し遠い目をした。
我先にと姉は母から鍵を受け取り、走るように家に入っていった。
兄も顔には出していないが、ワクワクしているのはあけ透けて見て取れた。
かくいう私も、ドキドキと胸は高鳴っていた。
玄関を入り、正面に見えたドアを開けるとまず見えたのは、この間しばしの別れをした家具たち。
まぁ大きさに感動するより私はまず、これからの大変さに少し嫌になっていた。
普通はここでドキドキして家にある全てのドアを開けたり、二階に駆け上がったりするものだろうけど。
実際姉はそれをしていたし。
「悠妃ー!兄さーん!二階来てー!」
二階に行ったまま降りて来なかった姉は、吹き抜けから私達を見下ろしていた。
何があったのかと思い、兄と顔を見合わせてすぐさま二階へ駆け上がった。
「ほら!凄いよね!」
満面の笑みでこちらを向いている姉と、部屋のすべてのドアが空いていて、そこから見えた部屋の様子に、胸が先ほど以上に高鳴った。
「……凄い…。」
二階は全て寝室だろうか。
部屋を覗くとシングルベッドが三つの部屋にひとつずつ。
ダブルベッドが一つある部屋はお父さんたちの部屋だろう。
トイレに洗面所に…。
そして二階の真ん中にある大きな吹き抜け。
先ほど姉が覗いていたのはここから。
吹き抜けから見える一階はリビングで、お父さんたちの様子が見える。
「この三つの部屋は私達の個室よね!
何処にする?私はここがいい!」
「もう決めてんのかよ…。悠妃は?」
「…え、……じゃあここがいい。」
もう既に場所を決めていた姉は少し興奮気味にビシッとその部屋を指さした。
呆れ気味の兄は苦笑しつつ、優しく私に語りかけてくれた。
私も姉の様子に少し呆れていたから、突然聞かれすぐには返せなかったが、いいなと思った部屋を指さした。
兄は優しく私の頭を撫で、じゃあ俺はここだな。と残った部屋を指さした。
年が離れてるからか兄も姉も私にとても甘い。
とくに私達の家には思春期らしい思春期を迎えなかったのか、なんとも平和である。
「みんなー、降りてらっしゃーい!」
「はーい」
母に呼ばれ三人で一階に降りると、ちょうど宅配便が届けに来てくれていた。
どんどん増えるバンボールの山は、先日私達が個人用として詰めたもとだった。
三十分くらい経ち、ようやく家の中へ運び終え、私達兄妹はさっそくとばかりに先程決めた部屋へと荷物を運んでいく。
…まぁその時、お兄ちゃんとお父さんはお姉ちゃんと私の分を手伝ってくれたんだけど。
「じゃあ今日はこのくらいにしておいて、寝ましょう?疲れてるでしょう。」
「んー、そうだね。移動ばっかだったし!」
まだ開けてすらないダンボールもあるけど、私たちがこの家についた時は既にお昼を過ぎていたから、今時計を見ると軽く九時を超えていた。
お互いが挨拶を言い、新しい部屋で寝るため、部屋に入っていく。
パタンと、ドアを閉め今日から私の部屋になる所を見渡す。
ダンボールが積まれており全然部屋って感じがしないし、むしろ荷物置きみたいだけど…。
今日から新しい生活が始まると思えば、高鳴る胸の音とは別に、どこかふわふわした感覚がする。
そう、夢を見ているような浮遊感。
どうしてそんな気持ちになるんだろう、と首を傾げつつベッドに潜り込む。
明日からまた片付けのため、体力を回復すべく私は眠りについた。
私たちが東京で新しい生活を始めて一週間が経っていた。
今ではもう部屋にはダンボールはなく、まだ足りない家具はあるけど生活をスムーズに出来るくらいまで片付けていた。
明後日にデパートへ行き、買い物をする約束をしているから、そんなに急いで家具を集める必要はなく、今日は久し振りに趣味の散歩に出かけることにした。
「いってきます。」
「いってらっしゃい、気をつけるのよ?」
「うん。」
母に見送られ玄関をくぐる。
手には財布の入った小さなショルダーバッグに、先ほど母に渡された学校までの手書きの地図。
散歩といっても私はまだこの土地を理解していないから、母の勧めに従い学校までの道のりを歩くことにした。
住宅街を少し抜けると緩やかな坂道があり、少し歩くと公園が見えた。
中には小さな子供たちが遊んでいる。
道路を挟んだ反対側にいる私にまで、賑やかな声が聞こえてくる。
中を覗くと、五人くらいの小さな男の子と女の子たちが鬼ごっこをしているようだった。
入口近くのベンチでは、その子達の母親であろう女性たちがお喋りをしていた。
私は穏やかな気持ちになりつつ、その場を通り抜けた。
坂道を少し降りていき、手持ちの地図には大きな川が書かれていた。
けれど目の前にはそんな川はなく、キョロキョロ辺りを見回した。
すると左側から水の流れる音が聞こえ、ふらっと近くによっていくと、地図にある通り川があった。
ドラマやCMなどで見る“河川敷”というもので、黄色に変わってきた太陽に向かって伸びている。
私は川の流れをみつつ、歩を進める。
都会は空気が綺麗ではない、とよく聞いていたけどこの考えは改めなければならないみたいだ。
河川敷を通る私に感じられるのは、優しい空気だったから。
家から出発してやく二十分、ようやく学校を発見した。
そこで私はとてもデジャヴュを感じた。
「……でっかい…。」
都会は田舎と、全ての規模に差があるのだろうか…、と若干遠い目をしつつ、目の前に建っている学校をみる。
私が進学するのは《桐ヶ谷第一中学校》だ。
公立校でありながら文武両道をおしていて、地域との関係も深いということは聞いていたし、父からは驚くくらい大きいぞ、と言われていたのにも関わらず、わたしは目の前の建物に見入っていた。
年季が入っているわけではない、それでも新築だというわけでもない。
そんな立派な校舎は、自然と背筋を真っ直ぐさせる。
東京に来て私はどこか夢を見ている感覚が抜けなかった。
ぼーっとして、ずっと地面に足がついてない感覚。
だけど、この私が春から通う中学にきて、私の中でカチリ…と、意識が切り替わった。
私は過去へ戻ってきて、前回同様同じ道を歩み、その過程の中であの頃以上の青春をするつもりだった。
けれど、未来は私たちの東京への引越しで大きく変わった。
過去へ来たってだけで私は、気づいてなかっただけで思考が落ち着いてなかったらしい。
その上東京への引越しでとうとう私の思考回路は停止してたみたい。
でも、これが現実で、これが私が進む現実なんだと思えば、強い意志が胸に湧き上がってくる。
「ここで…、私は新しい生活のなかで最高の青春を送るんだ…!」
この決意を胸に、あの頃できなくて後悔した青春を果たしみせる。
もう一度瞳に中学をやきつけ、私は家へと帰っていった。




