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11 昔、Aランクの超能力者だった

「どうしたも、何も……」

 功は言葉が続かず、ドルーアを凝視する。翠は、あきれたようにしゃべった。

「私たちは何も気づかないで、浮舟20のヒロの孫と一緒にいたのね」

 功と朝乃はうなずく。朝乃は初めて、歴史と今が地続きであることを感じた。だがドルーアは首をかしげる。

「浮舟20って何だ?」

 彼は知らないようだった。浮舟20が有名なのは、日本の中だけかもしれない。それとも弘が、過去の栄光を孫に自慢していないだけか。功はドルーアを無視して、翠に笑いかけた。

「俺たちは本当に、浮舟に住んでいるんだな。今、すごく実感した」

 功は興奮している。彼は、浮舟20の大ファンだ。

「朝乃。弘さんに会ったら、写真を頼む」

 彼は朝乃をうらやましがっていた。

「はい。お任せください」

 朝乃は力強く承諾する。ドルーアは「えぇ?」と困惑した。

「あんなじいさんを撮って、どうするんだ? 写真を撮るなら、僕だろ? いや、だから浮舟20って何だ? 弘は何もスポーツとかはやっていないぞ」

 功は瞳をきらきらさせて、説明を始める。

「多くの困難を乗り越えて、浮舟を建設した二十人の技術者たちさ。リーダーの高橋望たかはし のぞむ、望の相棒のソムチャイ。ソムチャイが一番、かっこいいよな! それから冷静沈着なツェリンに、ムードメーカーの宗太郎そうたろう

 大はしゃぎする功に、ドルーアは多少、身を引いた。翠も苦笑している。普段は、翠やドルーアがふざけたことを言って、功が常識的なつっこみを入れるのに、今は逆だ。

「ヒロが活躍する国士無双のエピソードは、実話をもとにしたと読んだことがある。実際に、弘さんはマージャンが強いのか?」

「知らないよ」

 ドルーアは顔を引きつらせている。

「そう言えば、初めて会ったとき、祖父と碁を打っていたと話していたよな? その祖父って、ヒロのことだったのか!」

 功はひとりで感動している。そのとき、裕也が瞬間移動でダイニングに現れた。彼は、大喜びしている功に目を丸くする。

「何? 功さんはどうしたの?」

 朝乃に問いかける。すると翠が答えた。

「予想外にアイドルに出会ったファンみたいになっているの。あまり気にしないで。しばらくすれば、落ちつくから」

 功は赤面して、口を閉じた。コップを手に取って、お茶を飲む。気持ちを落ちつかせようとしているのが分かった。裕也は事情が分からず、功を見ている。それから朝乃に質問した。

「リゼに、朝乃のメールアドレスを教えてもいい?」

「いいよ。私にも、リゼさんのアドレスを教えて」

 朝乃は彼女と親交を深めたい。メールのやり取りができるのは、ありがたかった。裕也は、はぁと重くため息をついた。ポケットから、ペンシル型のコンピュータを取りだす。

「リゼ・スタンリーのメールアドレスを、村越朝乃にメールで送信する」

 裕也はしゃべって、コンピュータに命令する。次に、朝乃のアドレスをリゼに送った。作業を終えると、彼はこの世の終わりのような顔をした。

 そんな悲壮な顔をしなくても、と朝乃は思う。だが彼は、リゼと朝乃に連絡を取り合ってほしくないのだろう。しかしわざわざ朝乃にお伺いを立てるあたり、弟は律儀だ。裕也は気まずそうに、ドルーアを見る。

「俺の持っているあなたのメールアドレスを、ホセさんに教えてもいいですか? ホセさんはあなたと直接、話したり相談したりしたいらしいです」

 ドルーアは少し考えてから口を開く。

「ホセさんというのは、香港の区議会議員のホセ・オルティーズ・ヤンさんのことか?」

「はい」

 裕也は肯定した。ミンヤンの養子で超能力者のホセは、政治家でもあるらしい。

「もちろん、構わないよ。僕も彼と話してみたい」

 ドルーアは、にこりとほほ笑む。

「あと、ミンヤンさんもあなたと話したいと」

「本当か!?」

 ドルーアは動揺して、音を立てていすから立ち上がった。彼のオーバーリアクションに、朝乃はびっくりする。裕也もびびって、一歩下がった。今度はドルーアが、予想外にアイドルに会えることになったファン状態だ。

 しかし彼はいすに座りなおし、とりすました顔を作った。興奮は隠しきれず、ほおはかすかに赤くなっているが。

「ヤン・ミンヤン氏と直接、会話できるのに、それを断るおろか者などいないさ」

 彼は気取って言う。

「はぁ」

 裕也は、適当な返事をした。コンピュータに命令を出して、ドルーアのアドレスをホセとミンヤンに送る。さらに、ふたりのアドレスをドルーアに送信する。一仕事終えると、ドルーアに向かって話した。

「そのうちホセさんとミンヤンさんから、連絡が来ると思います」

「そうか。いつでもいいと伝えてくれ」

 ドルーアは言ってから、にまっと両目が三日月になった。相当にうれしいらしい。今の彼は、子どもみたいでかわいい感じだ。

「素直に喜んで、部屋の隅で小躍りしてもいいぞ」

 功が、にやにやと笑う。ドルーアも、にやっとした。

「君こそ、さっきまで、いすに座ったままで小躍りしていたじゃないか」

 何だと? と功が楽しい口げんかに乗る構えを見せたが、ドルーアは裕也の方を向いた。まじめな表情になって問いかける。

「ホセさんは、イーストサイドのパーティーに出席するのか? 老齢のミンヤンさんは欠席だと思うが」

 パーティーの主催者はガルシアで、ミンヤンと仲よしらしい。当然、ミンヤンとホセはパーティーに招待されているだろう。

「はい。ミンヤンさんは不参加です。ホセさんは、まだ決めていないそうです。もう年だから月まで行くのは大変と言っていたので、欠席かもしれません。でも俺のことが心配だから参加しようかなとも話していて、とにかくまだ迷っているそうです」

 裕也は、すねた調子でしゃべる。子ども扱いされているのが気に食わないのだろう。けれど彼は多分、パーティーでそつなく振るまえない。よってホセは出席してくれる方が、朝乃はありがたい。

「君は、ベン・ガルシア氏と面識はあるのか?」

 ドルーアがたずねると、裕也は答える。

「一度、星間電話で話したことがあります。昔、Aランクの超能力者だったとおっしゃっていました。今はまったく力はないそうです」

 若いときは超能力が使えたが、今は使えない。そのパターンの人は多いとニュースなどで聞いたことがある。朝乃と功と翠は食事をしつつ、裕也とドルーアの会話を聞いていた。ドルーアは話す。

「ガルシア財閥の変わり者とも言われる方だ。有名な方なので、顔と名前は知っている。ただ僕は彼と、ほとんど会ったことはない」

 裕也は、へぇーとうなずいている。ベン・ガルシアのことをあまり知らなかったのだろう。ガルシア財閥がどんなものなのか、朝乃にも分からない。しかし財閥なのだから、きっとベンは大金持ちだろう。

「毎年、月面の超能力者たちが大勢集まる、これまた有名なパーティーだ。地球からも人が来る。けれどマスコミはいっさい入れない、プライベートな集まりでもある。ミンヤンさんは君に人脈づくりを、――いや、単純に理解者や味方を作ってほしいのだろう」

「はい。大事を成しとげるためには、仲間が必要と言われました」

 弟の顔は使命感に満ちている。ところがドルーアは苦笑した。

「あぁ、そのとおりだ。だが大きな仕事に取り組む必要があってもなくても、君自身のために友人はいた方がいい」

 裕也は虚をつかれたように、目を丸くした。朝乃もドルーアを見る。彼は優しくほほ笑んだ。

「ミンヤンさんの親心さ。せまい世界に閉じこもらず、広い世界で活躍してほしい。もっと多くの人と関わってほしい。でもパーティーで君が困らないように、朝乃と僕まで巻きこんだ。なかなかにミンヤンさんは、君に対して過保護だな」

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