表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/113

5 おのれの都合で、瞬間移動でぽんぽんと飛んでいく

 朝乃がびっくりすると、功は少しあわてたように言った。

「失礼なことを言うな。ドルーアが弁護士だの何だの言っておどしたから、あいつらは逃げたんだろ?」

 ところがドルーアは首を振る。

「功を恐れて、当分、マスコミは誰も来ない」

「銃まで出して、記者たちをびびらせたのでしょう。さすが功。こわーい」

 翠が、夫をからかうように笑う。

「勝手に話を大きくするな。武器なんか出していない。『俺の家族に近寄るな』と、念入りにお願いしただけだ」

 功は、しぶい顔をする。しかし、どんなお願いをしたのだろう。功はがたいがよく、うでっぷしも強い。そんな彼が念入りにお願いしたらしい。とりあえずドルーアと功で、マスコミを撃退したようだ。

「功さん、ドルーアさん。ありがとうございます」

 頼もしいふたりのボディガードに、朝乃は礼を言った。ドルーアと功はほほ笑む。それから功は問いかけた。

「そう言えば、裕也は? 屋根裏部屋で君と話していると聞いたが、もう帰ったのか?」

「いえ、話の途中で、どこかにテレポートで飛んでいきました」

 朝乃は答えた。功は首をかしげる。彼は、あごに手を当てた。

「この家に戻ってくるのか? せっかくだから昼食を一緒に、と思ったのだが」

「ごめんなさい。戻ってくるかどうか分からないです」

 裕也は結構、自分勝手だ。おのれの都合で、瞬間移動でぽんぽんと飛んでいく。

「それに裕也君は今、おなかがすいていないみたいよ」

 翠がさりげなく、うそをついた。ドルーアが苦手な裕也のためだろう。

「分かった。昼食に誘うのはやめておこう。俺は着がえてくる」

 功はダイニングから出ていった。

「ダーリン。予定がいろいろとくるったが、一緒にポトフを作ろう」

 ドルーアが朝乃に笑いかける。

「翠と功と君と僕で食べるから、四人分を用意しよう。量が多いけれど、大丈夫かい?」

「はい」

 朝乃は返事した。孤児院で約五十人分の食事を準備していた朝乃にとっては、簡単なことだった。

「ありがとう。私はリビングにいるから」

 翠は手を振って、隣室へ消えていく。朝乃とドルーアは、ふたりだけになった。翠はわざと、そうしたのだろう。彼女の親切に、朝乃は少し恥ずかしい思いだ。でも、ドルーアとふたりきりはうれしい。本当は、今日は彼とデートだったのだから。

 朝乃がドルーアとキッチンに入ると、床に大きなクーラーボックスが置いてあった。ドルーアが家から持ってきたものらしい。朝乃たちは、さっそく調理を開始した。

 朝乃は、玉ねぎを自動野菜切り機に入れて、にんじんを切っていく。四角に切るだけではなく、ハートの形や三角形にもする。

「うまいね。功たちの言っていた、『プロみたいに包丁を扱う』はお世辞じゃなかったんだな」

 ドルーアは驚いた目をして、朝乃の手もとを見た。

「そうですか? ありがとうございます」

 朝乃は照れた。ドルーアも功も翠も、ほめるのがうまい。

「こんなに、かわいいにんじんは初めて見た」

 ドルーアは笑って、ハート型のにんじんを指さす。

「あ、これは」

 朝乃はあわてた。

「いつものくせで切ってしまいました。孤児院では、かわいい形にした方が、子どもたちが野菜を食べてくれるのです」

 朝乃は月での暮らしにだいぶ慣れたとはいえ、つい半月ほど前まで孤児院にいた。だから無意識のうちに、にんじんをハートにしたり、ウインナーをタコにしたりする。ドルーアは目を細めた。

「このにんじんは、功と翠も喜ぶと思うよ」

 彼は、クーラーボックスから大きな鶏肉を取りだす。ドルーアは何も言わないが、この大きさならば相当な値段のものだろう。彼は、チキンのハーブ焼きを作るつもりなのだ。

 ドルーアは、大きな耐熱皿に鶏肉を置く。慣れた仕草で、肉をフォークで何度も刺した。彼も料理が得意なのだろう。エプロン姿も似合っている。ふとドルーアは、何かを迷ったように手を止めた。

「君に、お願いがあるのだけど」

 朝乃も調理するのをやめて、ドルーアを見た。

「何でしょうか?」

 彼のお願いなら、なんでも聞きたい。彼は朝乃に笑んだ後で、鶏肉に塩コショウを振り始めた。

「明後日の日曜日に、祖父母である弘とサランの家に行くつもりなんだ。彼らに会うのは、十年ぶりくらいだ」

 ドルーアの声は気まずそうだった。次に彼は、いろいろな粉末ハーブの入ったびんを振る。朝乃が見たことのない調味料のびんなので、これもドルーアが家から持ってきたものだろう。朝乃は彼にならって、食事づくりを再開する。にんじんを再び切り始めた。

「ヨーク、――僕の弟のニューヨークは今、祖父母の家に住んでいる。僕も浮舟留学中は、その家に住んでいた。多分、僕が使っていた客室を、今、ヨークが使っているのだろう」

 ドルーアは困ったように言う。

「それで家に行く前に、ヨークと弘とサランと僕で、レストランで昼食をとる予定なんだ」

「はい」

 朝乃は相づちをうった。ドルーアは肉の入った耐熱皿を、オーブンに入れる。スイッチを押して、加熱を始めた。それからまじめな顔つきで、朝乃を見る。

「急な話で悪いが、君も来てくれないか?」

「え?」

 朝乃は驚いた。そんな身内だけの集まりに、朝乃が行ってもいいのか。

「私は、おじゃまではありませんか?」

「じゃまではない。弘とサランも君のことを知っているし、心配もしている」

 ドルーアは、ポトフに入れるじゃがいもを流しで洗い始めた。朝乃は疑問に思ってたずねる。

「なぜ心配されているのですか?」

 朝乃はにんじんを切り終えて、鍋を火にかける。鍋にオリーブオイルをたらした。

「弘たちは、僕の弟のゲイターと母の優里ゆうりから、君と裕也のことを聞いたみたいだ。『朝乃は難しい立場の子だから、ヌールのコリント家で保護した方がいい』と、昨日電話で弘たちから言われた」

 ドルーアは不機嫌そうだった。おととい、ニューヨークも似たようなことを朝乃に話した。つまりドルーアの家族のほぼ全員が、朝乃の浮舟居住に否定的なのだ。あまり、うれしくない話だった。ドルーアはピーラーで、じゃがいもの皮をむきだす。

「ただ今日、僕は家に帰ったら、弘たちにまた電話するつもりだ。君のことを、もっとしっかりと説明する。さらに明後日、君が弘たちに会えば、彼らは意見を変えると思う」

 朝乃は野菜切り機から玉ねぎを取りだして、鍋でいためた。竹製のターナーを使って、かき混ぜる。ドルーアはふっと笑った。

「弘とサランはきっと、君のことが好きになる。君の味方になってくれる。君が浮舟で暮らすに当たって、頼れる人は多い方がいい」

 朝乃はターナーから手を離して、ドルーアの方を向いた。

「ありがとうございます」

 深く頭を下げる。ドルーアは朝乃のために、自分の祖父母に会うように勧めているのだ。朝乃が、頼れる大人を増やすために。弘とサランに会ったら、ちゃんとあいさつをして、礼儀正しくしていよう。

「いや、いい」

 ドルーアはちょっとあわてた。

「お礼はいらない。実は、僕のためでもあるんだ」

 彼は情けなさそうに笑った。朝乃はドルーアの方を見つつ、なべの中をかき混ぜる。僕のためとは何だろう?

「ひさしぶりすぎて、弘たちに会うのは照れくさい。しかも、家に行くだけならまだしも、わざわざレストランまで予約して……。さらにおととい、ヨークはずっとけんかごしだったし」

 ドルーアは、ため息をついた。彼は弟が苦手なようだった。つまり照れくさいし苦手だしで、朝乃にそばにいてほしいのだ。朝乃を頼っているのだ。朝乃はうれしくなった。

「分かりました。ドルーアさんと一緒に行きます」

 朝乃は意識して明るく笑う。ドルーアは、祖父母とも弟とも仲よくしたいのだろう。十年ぶりの再会を成功させたい。それに朝乃が少しでも役に立つなら、協力したい。

「ありがとう」

 ドルーアはほっとする。朝乃は、切ったにんじんを鍋に入れて、玉ねぎといためた。ドルーアはタオルで両手をふいて、顔をほころばせる。

「僕たちは料理をするときも、息がぴったりだ。きっと世界で一番、おいしいポトフになる」

 朝乃も笑顔で、はいと返事する。ドルーアは横から、朝乃の長い髪をひとふさ取った。

「君がいれば、すべてがうまくいく」

 顔を近づけて、髪にキスをした。朝乃は、ほおがぼっと赤くなる。相変わらず、彼はキザだ。

「私もです」

 けれど朝乃にとっても、ドルーアがいれば、すべてがうまくいく。彼とキッチンに立つのは、楽しいことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説の更新予定や裏話などは、活動報告をお読みください。→『宣芳まゆりの活動報告』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ