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3 昔から、芸能人に弱いよな

 三階の屋根裏部屋へ上がると、裕也は部屋中を見回して、なぜか安心した。

「よかった。朝乃の部屋には、ドルーアさんのポスターがはってあると思っていた」

「はってあるわけないじゃない」

 朝乃は、はずかしくなって怒った。裕也のせいでドルーアに会えなくなっているので、朝乃の機嫌は悪い。

 ただし朝乃の部屋には、ドルーアから贈られたバラの鉢植えがある。机も彼のお下がりで、ポエムまで書かれているらしい。だが、ありがたいことに裕也は察しなかった。

「昔、朝乃は部屋の壁に、アイドルのポスターをはっていた」

 裕也は嫌そうに言う。

「思い出した。小学三年生のとき、俺と朝乃はマイルームをもらった。そしたら、朝乃はすぐにポスターをはりつけた。朝乃は昔から、芸能人に弱いよな」

 裕也は、じとっとした目で見る。その当時、大人気だった五人組の男性アイドルグループのポスターだ。幼かった朝乃は大喜びで、手に入れたポスターを机からよく見える場所にはった。過去を思い出して、朝乃は苦虫をかみつぶす。

「何の用なの?」

 ベッドに腰かけて、つっけんどんにたずねた。裕也が用もないのに、会いに来るわけがない。彼は少し悩んでから話した。

「来月、イーストサイドで行われるパーティーに俺と出てほしいんだ」

 まったく予想していなかったお願いに、朝乃は目を丸くした。裕也は遠慮なく、朝乃の隣に座る。

「パーティーには、超能力者たちが集まる。昨日、亡命したばかりのクララさんたち家族も来る。俺も招待されている。だから俺のパートナーとして出席してほしい」

「ええー」

 朝乃は困った。裕也は顔をしかめる。

「話がちがうじゃん。朝乃はパーティーに行きたい、と聞いたのに」

「どうして私が行きたがるのよ。それにパーティーって、具体的に何をするの? ドレスを着たり乾杯したりするの? 食事は出てくるの?」

 朝乃はドレスなんか持っていない。ジュースで乾杯ならできるだろうが、フルコースの料理が出てきても、食事のマナーが分からない。朝乃の質問に、裕也はむすっとして黙る。おそらく彼も分からないのだ。なんてアテにならない弟だろう。

「そんな場所に私が行っても、周囲から浮くだけだよ」

 朝乃は言う。だが、裕也も浮いてしまいそうだ。それなら、朝乃も一緒の方がいいのか。ふたりで会場のすみにいればいい。

「世界平和の実現のためには人脈作りも大切、とミンヤンさんに言われたんだ」

 裕也は、すねた調子でしゃべる。つまり戦争終結という大事を成し遂げるために、彼はパーティーに出たいのだ。しかしひとりでは不安だから、朝乃を巻きこみたいらしい。

 ならば朝乃は、弟のために参加すべきだろうか? そこまで考えてから、あれ? と首をかしげた。

「待って。裕也は私が弱点と知られないために、私と距離を置いているのでしょう? 要は、仲の悪いふりをした方がいいんだよね」

 裕也は姉と会っている、姉と仲よしだと、周囲にばれないようにしている。なのにパーティーにそろって出て、親密さをアピールしていいのか? 朝乃の人質としての価値が上がってしまう。

「また状況が変わったんだよ。ホセさんいわく、ドルーアさんが朝乃の守護者として予想以上に、いい働きをしているから。ドルーアさんはマスコミを引きつれて、朝乃とあの田上信士とともに、派手に市庁舎に乗りこんでいっただろ?」

 裕也の言葉に、朝乃はうなずいた。ただ、あの田上信士という言い方が気になる。

「田上さんは、知る人ぞ知る日本の有名人。俺も名前だけなら、去年から知っていた。会ったことはないけれど、すごく強い忍者みたいなエスパーなんだろ?」

「うん」

 朝乃は肯定した。思いかえせば、浮舟市長も信士のことを知っていた。子どもを守る誇り高い戦士とまで言い、高く評価していた。

「ドルーアさんは朝乃に、田上信士という最強のボディガードをつけて、浮舟市長に朝乃の保護を約束させた、ということになっている。さらに、朝乃の誘拐を画策した市長をドルーアさんがおどした、といううわさもたっている」

 朝乃は何とも返事がしにくい。どちらも半分くらいは本当で、半分くらいはうそだと思う。

「だから朝乃にちょっかいを出して、ドルーアさんを敵に回すと恐ろしい、みたいな状態になっているんだよ」

 それは、朝乃にも分かる。ドルーアを怒らせると怖い。朝乃の誘拐をくわだてたイーサンという男は、ドルーアの逆鱗に触れた。ドルーアは、イーサンに会いにヌールへ戻ると言っている。

 ドルーアがイーサンと会って、何をするのか朝乃は知らない。だが知らないままでいいとも思っている。裕也はちょっと黙った後で、うすら寒そうにしゃべった。

「くわしいことは朝乃には教えない。でもドルーアさんは、裏でいろいろやっている。あの人は頭がよくて、コネもあって、金もあるんだ。『朝乃のボディガードは任せてくれ』と言われたけれど、ドルーアさんは朝乃を守ることに熱心すぎて、逆に怖いよ」

 朝乃は沈黙を保った。ドルーアを怖く感じるのは、姉弟共通らしい。裕也は何か問いたげな目つきで、朝乃を見た。ドルーアについて話してほしいのだろう。しかし朝乃としては話しづらい。裕也はあきらめたらしく、また口を開いた。

「さらに保護者の功さんと翠さんは、日本から命がけで脱出した気骨のある人たち。加えて功さんはある程度、腕が立つ。そんなわけで、悪いやつらが朝乃に手を出しにくくなっているんだ」

 よって裕也は、朝乃を避ける必要が少なくなった。

「ホセさんが、ドルーア・コリントを本気にさせて、田上信士を味方につけた朝乃はすごいとほめていたよ。田上さんと知り合ったのは、単なる偶然なんだろ?」

 朝乃は首を縦に振る。信士は日本語が話せるというだけの理由で、朝乃の前に現れた。

「朝乃は運がいいよ。あと朝乃は二回、連れさらわれそうになったが、二回とも俺の力なしで誘拐犯たちを撃退したことになっている。敵をやっつけた実績が二回もある」

 実際には、管理局裏手に裕也が助けに行っているが。

「朝乃の状況も変わったし、俺の状況も変わった。俺とホセさんとクララさんで相談して、クララさんは俺の名前をマスコミに出した。結局、参加はやめたけれど、今日の記者会見に俺も出るかどうか、俺とホセさんでもめたし」

 意外な裏話に、朝乃は驚いた。

「ホセさんもクララさんも参加しろと言った。でも俺に、記者会見なんて無理だよ」

 裕也はぼやいた。確かに、朝乃が月に来たばかりのころと、状況が変わっている。そして、裕也が会見に出る可能性もあったのだ。

「こちらが、亡命を手助けしてくれた裕也です」

 とクララから紹介されて、マスコミの前で裕也がしゃべる。裕也が朝乃に散髪をお願いしたのは、当然だろう。ぼさぼさの髪で人前に出られたら、朝乃は姉としてはずかしい。

「で、パーティーに関しては、――いや、パーティー以外でも朝乃を頼るように、ミンヤンさんからアドバイスされたんだ。むしろ説教されたんだよ。あの人、怒ると怖くてさ」

 裕也は困り果てて言う。

「お姉さんに会いに行きなさいと私が言うのは、これが何回目かな? 忘れているなら、教えてあげよう」

 弟は、ミンヤンのものまねをする。朝乃はミンヤンに会ったことはないが、似ているような気がした。

「記念すべき第一回目は、西暦何年の何月何日の何時ごろ。その日の天気はなんたらかんたら。第二回目は、どうのこうの。千里眼だから、過去視ですぐ分かるんだぜ」

 超能力はすごいな、と朝乃は感心した。昔、撮った写真や映像が容易に見れるようなものだろうか。

「だから俺と、イーストサイドまで行ってくれよ。交通費とか宿泊費とかは、こっちで出すから。あと浮舟から出るから、パスポートを用意して」

「えー」

 パーティーに行くべきかもしれないと思いつつも、朝乃はしぶった。相変わらず裕也は、先生、もしくは先生のような立場の人からお説教されたら、言うことを聞く。

 しかもイーストサイドは、北極にある月面都市だ。南極にある浮舟からは遠い。さらに宿泊費ということは、泊まりがけの旅行だ。パーティーに参加するとなると、それなりの手間ひまがかかる。裕也は黒髪を、がしがしとかいた。

「頼むよ。俺には、誘える女性なんて」

 彼は奇妙に黙る。それから、「いないから」とつぶやいた。弟の言動に、朝乃はぴんときた。何かを考えている裕也を、じっと観察する。

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