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2 彼はおろかにも、自分の撃墜数を誇っています

「私たち人類は、地球にのみ暮らしていたときから、非人道的な兵器や、自然環境を大きく破壊する兵器などの使用や開発を制限しています。なのになぜ、強い力を持つ超能力者たちを戦場へ送るのですか?」

 記者席から、ひとりの記者が立って、厳しい調子で質問する。

「あなたは、自身も超能力者でありながら、超能力者たちを兵器とみなすのですか?」

「いいえ、ちがいます。けれど残念なことに、おのれを殺人兵器たらんとする超能力者たちもいます」

 クララは冷静に反論する。

「その筆頭は狂天使ミハイル、――ミハイル・ヴァレリー大尉です。Sランクの超能力者で、誰もが認める世界最強の兵士でしょう。彼はおろかにも、自分の撃墜数を誇っています。危険な宇宙空間において、撃墜数とは人殺しの数とほぼ同義です」

 彼女は嫌そうに顔をしかめた。また別の記者が立って問いかける。

「同じ月側の軍に所属しながら、――失礼しました。同じ月側の軍に所属していたときから、あなたとヴァレリー大尉は不仲でした。あなたは彼個人を攻撃するために、このような発言をしているのですか?」

「裕也君の話は、もうしないのかな?」

 テレビを見ながら、翠は言う。朝乃も、ミハイルより裕也の話が聞きたい。するとケプラーが、電子音声で知らせてきた。

「細田翠あてに、メールを受信しました」

「誰から?」

 翠はたずねる。

「村越裕也からです」

 朝乃と翠は、顔を見合わせる。うわさをすれば影だ。裕也は、この記者会見について話があるのだろう。

――こんにちは、翠さん。あなたも、おなかの中の赤ちゃんも、お元気ですか? 本日、姉の朝乃に会いに、あなたの家におじゃましてもよろしいでしょうか?

 ていねいなメールの本文だった。相変わらず裕也は、翠が大好きなようだ。朝乃のメールには、返信すらしないくせに。翠はすぐに「もちろんOK。いつでもいいよ」と返事を送る。五分もしないうちに、裕也は瞬間移動でリビングに現れた。彼は手ぶらではなかった。

「ささやかなものですが……」

 定番の文句を口にして、裕也はお菓子の箱を翠にうやうやしく渡す。なかなかにおしゃれな箱で、パンダのかわいいイラストが描かれている。

「ありがとう。開けていい?」

 翠は素直に喜んだ。

「はい」

 裕也は、ほおを軽く染める。朝乃はあきれた。そもそも「家に来ていいか」と朝乃ではなく翠にメールするあたり、裕也は姉を軽視している。だが裕也が朝乃にメールしても、朝乃は翠に弟が来てもいいかと聞くだろう。なので裕也は、作業を簡略化したのかもしれない。

「わぁ、おいしそう!」

 翠は箱を開けて、はしゃぐ。中に入っていたのは、六つの大きなシュークリームだ。

「裕也、これはどうしたの?」

 朝乃はたずねた。シュークリームのお金を、誰に出してもらったのだろう。そしてお金よりも、このシュークリームは誰のアイディアなのか。裕也は、手土産を持って家にお邪魔するという気づかいはできない。さらに、こんなセンスのいい菓子も選べない。

「なんでお菓子をもらって、うさんくさそうな顔をするんだよ?」

 裕也はむっとした。

「だって、絶対に誰かにアドバイスをもらったでしょ?」

 朝乃が言うと、弟は不承不承うなずいた。

「ツイムフィラさんがデパートで、シュークリームを買ってきてくれた。お姉さんの家に行くなら、これを手土産に持っていきなさいって」

「ツイムフィラさん?」

 おもしろい名前の人だ。どこの国の人だろう。

「看護師のおばさん。ミンヤンさんの専属で、同じ家に住んでいる。でも俺も結構、お世話になっている。やけどの手当てもしてもらったし、薬用ハーブティーもよくもらっている」

 朝乃は相づちを打った。裕也は相当、ツィムフィラの世話になっているようだ。孤児院の院長は、裕也は戦場で病気になって治療中と言っていた。裕也を治しているのは、その看護師なのだろうか。

「それから、ホセさんもそういう気づかいは大事と言っていた」

「ホセさんって誰?」

 これも聞き慣れない名前で、どこの国出身か分からない。

「ミンヤンさんに、私の息子のうちのひとりと紹介された。ただ、ミンヤンさんとホセさんは人種がちがう。養子なんだと思う」

 裕也は律儀に説明する。

「ホセさんは、Bランクの超能力者のおじさん。テレパシーができて、たまに予知夢を見るらしい。彼も、同じ家に住んでいる。香港ホンコンにあるミンヤンさんの家は、すごく広いんだよ」

 朝乃は話を聞きつつ、内心驚いていた。前回会ったときは、いろいろ秘密にされたが、今回はなんでも教えてくれそうな雰囲気だ。うまくいけば、病気のことも聞き出せそうだ。裕也は強がりなので、自身の病気について自分からは話さないだろう。

 そしてツイムフィラもホセも、何かと裕也の世話を焼いてくれているようだ。シュークリームを持って行きなさいも、そのひとつだ。朝乃は、裕也がしっかりとした大人たちに囲まれていることを知って安心した。

「昨日のクララさんの亡命も、ホセさんが仕切った。でも彼が仕切ったことは内緒で、記者会見とかでは言わないけれど。もうミンヤンさんは年だから、いろいろなことをホセさんに任せている」

 裕也の話に、朝乃はへぇーと口にする。クララの亡命も朝乃の亡命も裕也の軍からの逃亡も、バックにいるのは基本、ミンヤンだ。

 ミンヤンは、リゼの亡命にも関わっているのかもしれない。前にドルーアが、そう話していた。つまりミンヤンは秘密裏に、超能力者たちを軍から逃がしているのだ。

「クララさんが記者会見で、裕也のことを話したらしいよ。裕也はそのホセさんの指示に従って、クララさんの亡命を手伝ったの?」

 朝乃は問うた。裕也はうなずく。

「ホセさんやクララさんに言われたとおりに、クララさんたち家族を瞬間移動させただけ。俺は、ただのタクシーだよ。あぁ、あと、クララさんの子どもたちの遊び相手もした。三人もいて、にぎやかだったよ」

 子どもたちのことを思い出したのか、裕也はほほ笑んだ。しかし彼は簡単にタクシーと言ったが、すごいことをやっている。人間を瞬間移動できる超能力者は全世界に、三人くらいしかいない。その三人だって、近距離しか移動できない。

「立ち話も何だし、ダイニングに行きましょう。お茶を用意するわ」

 立ったままの裕也と朝乃に向かって、翠は笑いかけた。つけっぱなしだったテレビは、いつの間にか消されていた。

「そろそろドルーアも来る。裕也君は、おなかがすいている? みんなでお昼を食べましょう」

 朝乃は、リビングの壁時計を見た。時刻は十一時過ぎで、もうすぐドルーアが家に来るはずだ。ところが裕也は、露骨に困った顔になった。

「その表情は何なのよ?」

 朝乃は文句を言う。弟は、ドルーアに会いたくないようだ。

「今日、ドルーアさんと会うと思っていなくて」

 裕也は、ぼそぼそと言う。

「なぜ? ミンヤンさんは、未来予知ができるのに」

 朝乃は、ふしぎに思った。前回、裕也はドルーアの在宅を、ミンヤンから聞いて知っていた。よってドルーアの来訪をある程度、予想していた。それがどうして今回は、予想できていないのか。

「ミンヤンさんは、すべてが分かるわけじゃないんだ。それに分かっていても、教えてくれないときもあるし」

 裕也は気弱そうに言い募る。彼は前回、ドルーアに厳しく追及されたから、ドルーアが苦手なのだろう。だがその後で、戦争はやめようみたいな感じで意気投合していたのに。

「裕也君、それなら三階の朝乃ちゃんの部屋で、ふたりで話したら?」

 翠が優しく笑って提案する。

「お姉さんに用事があるのでしょう? お昼ご飯は、一緒に食べなくていいから」

 つまりドルーアと顔を合わせなくていい、と彼女は言っている。

「ありがとうございます」

 裕也はほっとした。しかし朝乃は不機嫌になる。今からドルーアが来るのに、会えないなんて。本当は、今日は彼の家でデートだったのに。でも、そんなわがままは言えない。せっかく裕也が来たのだから。朝乃はしぶしぶ弟を連れて、階段を上がった。

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