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11 だからって、勝手に脱がすな

 あたたかくて柔らかい場所から、どこかに降ろされた。

「さすがに三階はきついな。朝乃を運ぶのは大変だった」

 功の声が聞こえる。

「功、聞いてくれ。僕は初めて女性を、下心なしでベッドまで運んだ。これが、無償の愛なんだな」

 ドルーアの妙に真剣な声。朝乃は、無限の宇宙から月へ帰ってきた心地がする。何か長い夢を見ていた。おじいさんが出てきた気がする。

「はいはい。貴重な体験ができて、よかったな」

 功はあきれている。とても大切な夢だったのに、内容が思い出せない。朝乃は必死に思い出そうとした。

「むしろ今、スケベ心があったら、俺は朝乃の保護者として黙っていな……、何をやっているんだ?」

 功はあわてる。

「このままだと朝乃が寝苦しいだろ。本当はパジャマに着替えさせてやりたいが」

「だからって、勝手に脱がすな」

 にぎやかなドルーアと功の声に、朝乃は目を開けた。とたんにまぶしくて、目を閉じる。もう一度、開けると、自分の片足を持って、靴下を脱がそうとしているドルーアと目が合った。

「きゃーっ!?」

 朝乃は悲鳴を上げて、起き上った。朝乃は、自分の部屋のベッドに寝転がっていたらしい。おそらく帰宅途中のタクシーの中で寝てしまい、ドルーアと功が運んでくれたのだろう。

「誤解だ、朝乃! 僕は何もやましいことはしていない。ただの靴下だから」

 ドルーアはあわてふためいて、朝乃の足から手を離す。功は脱力して、ため息をついた。

「夕飯はラーメンだ。今、翠がキッチンで作っている」

「はい」

 朝乃はいまだに胸をどきどきさせながら、返事をした。

「ちわげんかというか、……思う存分、ドルーアをののしってから、一階に下りてこい」

 功は、さっさと階段を下りていった。残されたドルーアは途方に暮れる。

「ごめん。僕の行動は配慮に欠けた」

 彼はまじめに謝った。だが彼は靴下を脱がそうとしただけだ。親が眠った子をベッドまで運び、靴下を脱がせるように。

「いえ、私の方こそ大騒ぎしてごめんなさい」

 朝乃も謝罪した。ただ今日はずっと外出していたし、自分の足はくさいのではないだろうか。そう考えると、泣きたい気分だ。

「それから車の中で寝てしまって、ごめんなさい」

 家に着いたのに、朝乃は起きなかったのだろう。したがってドルーアと功が朝乃をタクシーから降ろし、三階のベッドまで運んだ。きっと重かっただろう。朝乃は落ちこんだ。とにかく功にも、あとでお礼と謝罪を言わなくてはならない。

 それに……。朝乃の心はさらにしずむ。ドルーアが大切な話をしていたのに、朝乃は眠ったのだ。もう二度と、話してくれなかったらどうしよう。

 ドルーアはベッドに、そっと腰を下ろした。棚の上に置かれたバラの鉢植えを見て、ほほ笑む。ピンク色の花がキレイに咲いている。朝乃は、自分の気持ちが彼の目の前にさらされているようで、恥ずかしくなった。

「僕の贈った花を、大切にしてくれてありがとう」

「はい」

 朝乃は、彼の隣に腰かける。ドルーアはうれしそうに、朝乃の部屋を眺めていた。朝乃は落ちつかなくなる。部屋の壁に、あなたが好きですと書いてあるような気分だ。朝乃は視線をあちこちにさまよわせて、そうだと思いだす。

「ドルーアさんからもらった机ですが、机の裏に日付が書いてありました」

 ちがう話題を見つけて、朝乃は喜んだ。

「あれは、星間戦争の始まった日ですよね?」

「え?」

 ところがドルーアの横顔は凍りつく。予想外の反応に、朝乃はびっくりした。彼の顔は青くなり、次にりんごのように赤くなった。彼は、がっくりとうなだれる。

「忘れていた」

 両手で顔を覆って、何かを恥じている。耳まで真っ赤だ。が、朝乃にはドルーアのリアクションが理解できない。机の裏の落書きは見てはいけないものだったのか。星間戦争の開戦日が書いてあるだけなのに。

「机をお返しした方がいいですか?」

 朝乃はとりあえず提案してみた。

「やめてくれ。恥の上塗りだ」

 ドルーアはますます落ちこんだ。どうしたらいいのだろう。ただ顔を真っ赤にして困り果てるドルーアは、妙にかわいい。彼でも、赤面することがあるらしい。いつもは朝乃だけが、顔を赤くしているのに。朝乃は笑みがこぼれそうになる。

 するとドルーアが顔を上げて、一気にさけんだ。

「僕は若かったんだ。車内でも話しただろう、僕はおろかな若者だった。ただのかっこつけだった。なので、机の裏のポエムのことは忘れてくれ」

「え? でも……」

 朝乃はとまどった。机の裏には、日付だけで詩などなかったが。しかし朝乃がそう告げる前に、

「一刻も早く、記憶から消去してくれ」

 ドルーアが朝乃の肩に手を置いて、強く言う。真剣な顔だった。けれど、ちょっとコミカルだ。机の裏には詩などないのに。いや、朝乃は見逃したが、実はドルーアの書いた恥ずかしい詩があったのか。朝乃はちらりと机の方を見た。

 すぐさまドルーアが乱暴に朝乃のあごをつまんで、彼の方に向ける。少し怒った調子で命令した。

「エンジェル、忘れるんだ」

「はい」

 朝乃は迫力に押されて、うなずいた。ドルーアはほっとして、抱きついてくる。彼の体の重みで、朝乃は後ろに倒された。

 机に関しては、もう何も言わない方がいいらしい。ドルーアの過剰な反応のせいで、朝乃は机の裏が見たくてたまらないが。すると彼の楽しそうな笑い声が耳を打った。

「今から君の靴下を脱がそうかな」

「え? なぜですか?」

 朝乃はきょとんとする。

「冗談だよ、ダーリン。君はまだ子どもでいてくれ」

 色気のある声に、朝乃はぞくりとした。このふたりの態勢はまずい気がする。朝乃はドルーアに、ベッドに押し倒されている。彼の体が重くて、ほとんど動けない。彼の吐く息が熱い。そのとき、

「ドルーア、朝乃、そろそろ下りてこい!」

 階段の方から、功の声が聞こえてきた。ドルーアと朝乃は、びくりと体を震わせる。ドルーアは朝乃からさっと離れて、ベッドから転がり落ちた。

 大丈夫ですか? と朝乃が問うより早く、ドルーアは階段の方を見る。そこには誰もいない。功は二階にいるようだ。ドルーアは安心したのか、床にへなへなとへたりこんだ。

「功に殺されるかと思った」

 深刻な表情でつぶやく。朝乃は、そんな大げさなと思った。だが、もし功があのシーンを見たらと考えると、確かに彼の反応が怖い。

「まだもめているのか? もうラーメンができたぞ!」

 返事をしない朝乃とドルーアに対して、功の声がけげんなものに変わる。

「いえ、もめていないです。今すぐ下に行きます」

 朝乃は階下に向かって言った。

「僕は、あとで向かう。さきに食べていてくれ」

 ドルーアはなぜか、そう答えた。朝乃はふしぎに思って、彼を見る。彼は気まずそうに、視線をそらした。

「よく分からないが、分かった。はやく来いよ」

 二階から功の声がして、彼の立ち去る足音も聞こえた。ドルーアは、ばつの悪い様子で机を見ている。それで朝乃は察した。

「私はさきにラーメンを食べて、当分、この部屋には戻ってきませんので……」

 言葉をにごす。多分、ドルーアはひとりになって、机の裏を確かめたいのだ。そして可能ならば、ポエムを消したい。彼は朝乃の顔を見て、再びがっくりとうなだれた。

「ありがとう。君は本当に、僕が十七才のときより思慮深くて大人だ」

「いえ、……その、ごゆっくり、どうぞ」

 朝乃は適当なことをしゃべって、速足で部屋から出ていった。

 読んでくれて、ありがとうございます。

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