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5 これ以上なく、頼りになるボディガード

 少し疲れた顔のドルーアに、

「はい」

 朝乃は返事して立ち上がる。自分の荷物であるショルダーバッグを肩からかけた。

「いきなりヨークを連れてきて、すみませんでした」

 一郎も立ち上がって、ドルーアに頭を下げる。

「いいよ。ある程度は予測していたから」

 ドルーアはほほ笑む。ニューヨークの来訪を予想していたとは、ドルーアは頭がいいのか、疑い深いのか。

「それに僕の方でも、ひろしとサランに会いたいと思っていた。だからヨークが、いいきっかけをくれたと思っている」

 ニューヨークは複雑な表情をしていた。

「さっきの電話では、サランおばあちゃんは腰を抜かすほど驚いていたけれど」

 周囲に合わせたのだろう、彼も日本語で話す。サランは、ドルーアとニューヨークの祖母のようだ。となると、弘は祖父だろうか。昔、ドルーアは、祖父が日本人と言っていた。きっと弘が、その日本人のおじいちゃんだ。

「僕も君と再会したとき、腰を抜かすほど驚いた方がよかったかな?」

 ドルーアは冗談っぽく言う。ニューヨークは、ため息をついた。

「そっちの方が、人間味を感じられてよかったのかもしれない」

「なら次からは、君のためにびっくりして、いすから転がり落ちよう」

 ドルーアは楽しそうに笑う。だがニューヨークはしぶい顔だ。相変わらず、ふたりはぎくしゃくしている。ただドルーアには、余裕がありそうだ。ニューヨークは朝乃の方をじっと見た。

「ゲイターから、君に会う機会があれば、君を説得してヌールのコリント家に連れていくように言われている」

「え? なぜですか?」

 朝乃はふしぎに思って問いかける。ゲイターというのも、ドルーアの弟だ。ゲイターが次男で、ニューヨークは三男だ。

「君が、ものすごい超能力者の唯一の肉親だからだよ。いろんなところから、ねらわれているんだろ?」

 ニューヨークは言う。朝乃はうなずいた。

「ゲイターは浮舟よりヌールの方が、君は安全に暮らせると言っている。そして俺も同じ意見だ」

「それは、なぜですか?」

 朝乃は再度たずねた。裕也は、朝乃は浮舟でドルーアと功に保護されるのが安全と判断している。そして朝乃は裕也の判断を信じて、またドルーアと功を信頼しているから浮舟にいる。

「ヌールは鎖国のようなものだから。君がこのまま浮舟にいれば、いつか誰かにさらわれる。ドルーアだって君を守りきれない」

 ニューヨークは、朝乃を心配しているように感じられた。けれど、

「心配してくれて、ありがとうございます。ですが、それはないです」

 朝乃は断言する。ドルーアはこれ以上なく、頼りになるボディガードだ。さらに朝乃には裕也がいる。千里眼のミンヤンが朝乃の危機を察知して、裕也が瞬間移動で飛んでくるのだ。世界最高の超能力者である弟が。加えて信士までいるのだから、まさに鬼に金棒だ。

 だがニューヨークは、あきれたように朝乃を見た。

「君は楽観的すぎるよ。現実は、映画の中のようにはいかない」

 するとドルーアが苦笑した。ちょっと得意げな顔でもあった。

「朝乃は楽観的ではないよ。彼女は『ものすごい超能力者』のために、浮舟にいるんだ。もし朝乃がコリント家に保護されたら、『ものすごい超能力者』はコリント家やドラド社の意向に逆らえない」

 そこまで考えていたわけではない朝乃は、ドルーアの発言に驚いた。しかし彼の言うことはもっともだ。ドラド社は軍需企業だ。星間戦争を終わりにしたい裕也にとって、敵のようなものだ。

 ドルーアの実家であるコリント家には、ドラド社のCEOであるドルーアの父と、役員であるゲイターがいる。したがって朝乃は、コリント家の世話になってはいけない。ニューヨークは顔をしかめた。

「ドルーアも、コリント家の一員じゃないか。それにドラド社の株も持って」

「僕は、コリント家の利益とは無関係に動いている」

 ドルーアは不機嫌な顔で、弟の言葉をさえぎる。

「長男のくせに何を言っているんだよ。年始に父さんから聞いたけれど、去年の年末に、パオルおじいちゃんと相続について相談したんだろ?」

 ニューヨークはドルーアを責める。ドルーアは嫌そうに話す。

「今どき長男も次男もあるか。あれは、待ち伏せされたんだ。パオルのきつねじじいが、わざわざ浮舟までやってきて」

「きつねって……」

 ニューヨークはふき出した。ドルーアはにやりと笑う。

「今じゃ、すっかり白髪で、老獪ろうかいな北国の銀ぎつねじゃないか」

「やめろよ、ドルーア。おじいちゃんに会ったときに、笑っちゃうじゃないか」

 ニューヨークは、げらげらと笑う。兄弟げんかをしていたのが、一気に楽しそうな雰囲気になる。たがいに遠慮のない、家族らしい光景だ。ふたりは、多少は仲よくなったのだろう。おそらくパオルというのも彼らの祖父で、きつねに似ているのだ。

 ドルーアはにやにやと笑っていたが、急に真顔に戻って、はっきりと宣言した。

「とにかく朝乃は浮舟で、僕のそばで暮らす。それが一番、いいんだ」

 乱暴に朝乃の手を取って、自分のそばに引き寄せる。ドルーアは次に、信士に向かって早口でしゃべった。

「信士さん、僕と朝乃は帰ります。今日は、ありがとうございました」

「あぁ。また連絡する」

 信士は答える。

「ドルーア、まだ話は終わっていない。逃げるのか?」

 ニューヨークがきつい調子で問う。ドルーアはむっとした後で、力を抜くようにふうっと息を吐いた。

「僕のかわいい天使を、家に送り届けるだけだ。帰宅が予想外に遅くなって、朝乃の保護者たちは心配しているだろう。ついでに僕も家に帰る。君にもまた連絡する。君の方から連絡してもかまわないから」

 ドルーアはほほ笑んだが、ニューヨークは疑わしげな目を向けていた。ドルーアは、気落ちした表情を一瞬だけ見せる。

「じゃあな。また会おう」

 彼は朝乃の手を引いて、信士の家から逃げていった。

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