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4 努力家だし、家族思いだし、いいやつだよ

 一郎は日本で産まれ育ったが、七才のときから浮舟で暮らしている。なので日本語は不得手だ。日本にいたときの記憶もあまりない。一郎にとっては、月面英語の方が話しやすい。

 ただここ数年で浮舟に日本人が増えて、日本語を話す機会が多くなった。それで一気に、日本語と英語がしゃべれるバイリンガルになったらしい。

「今は信士さんとも、日本語で会話できる。俺の日本語の先生は、信士さんだね」

 一郎の話に、朝乃は相づちを打った。同じテーブルにいる信士は、静かにお茶を飲んでほほ笑んでいる。

「大学では、ロシア語と中国語を習っている。宇宙公用語は英語、ロシア語、中国語だから。でもだいたいの場合、英語さえ話せればなんとかなるよ」

 一郎はアイスクリームを、おいしそうに食べている。前に信士が言ったように、好物なのだろう。そして彼は朝乃に、積極的に月について教えてくれる。

「そんなにたくさんの言葉がしゃべれるなんて、すごいです」

 朝乃はアイスを口に運びながら感心した。朝乃はすっかりと、一郎と仲よくなっていた。彼はドルーアとちがって、身近な感じがする。一緒にいると、安心感があるのだ。

「ロシア語と中国語は勉強しているとはいえ、ほとんど話せないよ」

 一郎は片手を振って苦笑した。

「ヨークは、英語、日本語、ロシア語、中国語は全部、ぺらぺらだけど。あいつはすごいよ。努力家だし、家族思いだし、いいやつだよ」

 一郎は優しくほほ笑んだ。ニューヨークのことを邪険にしないでよ、と朝乃を通じてドルーアに訴えているように感じられた。

「ドルーアさんも、たくさんの国の言葉が話せると言っていました。うろ覚えですが、十か国語ぐらいしゃべれると」

 朝乃は、ドルーアと初めて会ったときのことを思いだして言った。それからアイスクリームを食べ終える。一郎も、アイスの最後の一口を食べる。彼は、ためらいがちに話した。

「ヨークが、語学の家庭教師が二、三人くらいいて、子どもたちは全員その人たちに習ったと話していた。だからヨークもドルーアさんも、外国語が得意なのかもしれない」

 朝乃は目を丸くした。

「家庭教師が二、三人て……、すごい家ですね」

 朝乃には想像がつかない。一郎はうなずいた。

「バスケットボールもスイミングも、チェスゲームやカードゲームでさえ、自分が望めば、なんでも親が家庭教師をつけた。よって俺自身の努力や才能ではない。そんな風にヨークは言っていた。俺は、彼はすごくがんばっていると思うのだけど」

 一郎は困ったようにほほ笑んだ。ニューヨークは少し卑屈なのかもしれない。さっきも、俺は凡人と言っていたし。

 ニューヨークとドルーアの両親は、教育熱心なセレブなのだろう。いつだったか忘れたが、功がドルーアはチェスが強いと言っていた。もちろん本人の努力もあるが、家庭教師がいたからだろう。ドルーアは、朝乃とは別世界の人だ。

「この前、ヨークの出るバスケの試合を観に行ったよ。細かいルールは分からなかったけれど、おもしろかった」

 一郎は強引に話題を変えて、楽しげに笑う。朝乃も意識して、気持ちを切り替えた。本人たちがいないところで、あの手のうわさ話はよくないだろう。

「そうそう。地球と月だと、バスケのルールがちょっとちがう」

「どうちがうのでしょうか?」

 朝乃はたずねる。

「地球の方がゴールの高さが低い。地球と月では、重力がちがうから。地球だと、人間はあまり高くジャンプできないのだろ?」

 朝乃はうなずいた。月だと地球より高く、そして長くジャンプできる。たくさんジャンプするバスケの試合は、迫力がありそうだ。

「それからサッカーや野球も、地球と月ではちがう」

 会話がまた弾みだしたとき、少し遠くで扉の開く音がした。ドルーアとニューヨークがリビングにやってくる。ドルーアは不機嫌そうな顔で、ニューヨークは不安げだった。朝乃と一郎のように仲よくなったとは思えなかった。

 ドルーアは朝乃に近づくと、柔らかくほほ笑む。

「エンジェル、待たせてすまない。家に帰ろう」

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