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12 ビーフ100%のハンバーガーにする

 市庁舎のエントランスから外へ出ると、再びドルーアはファンの女性たちにつかまる。ファンの数もマスコミの数も、朝乃たちが市庁舎に入るときより増えていた。

 朝乃と信士はドルーアを置いて、タクシーに乗りこんだ。タクシーは、エントランス脇に停車させていたのだ。

「疲れただろう?」

 信士がいたわるように聞いてくる。朝乃と彼は、後部座席に座っていた。

「はい。ただ私は座っていただけですから、そんなに疲れているわけではありません」

 朝乃は答える。ドルーアと信士の方が断然、疲れているだろう。特にドルーアは、今もファンたちに囲まれてしゃべっている。ナンパな彼が女性たちに囲まれて、楽しそうに笑っている。……という風に見える光景だ。しかし実際はちがう。

 ドルーアは市長と別れてから、ずっと無言で考えこんでいた。表情も険しく、ぴりぴりとしていた。朝乃は彼に聞きたいことがたくさんあったが、聞ける雰囲気ではなかった。朝乃とドルーアと信士は黙ってエレベーターに乗り、ロビーのある一階へ降りた。

 だが、人の大勢いるロビーに入ったとたんに、ドルーアは気楽で話しかけやすくなった。市長との話し合いは、シリアスなものではなかったという顔になった。そして今、疲れなどみじんも感じさせず、ファンたちと立ち話をしている。

(ドルーアさんは、プロの役者なんだ)

 朝乃は強く実感する。彼は表情や立ち姿や雰囲気などを、自由に操ることができる。ドルーアは話が終わったらしく、タクシーにやってきた。にこやかに手を振ってから、車の前部座席に乗りこむ。車が走りだすと、彼は朝乃の方を振り返った。

「朝乃、疲れただろう? 車の中で眠ってもいいよ」

 彼は普段どおりの優しい顔だった。

「はい。ですがドルーアさんこそ、お疲れでしょう?」

 朝乃は彼を気づかった。

「そうだね。さすがに、おなかがすいた」

 ドルーアは車のシートに、だらしなくもたれかかった。素直に疲れたそぶりを見せている。仮面を脱いだドルーアに、朝乃はほっとした。本当の顔を見せてくれていることが、うれしい。

「信士さん、ドライブスルーで何か買って食べませんか?」

 ドルーアが明るくしゃべる。

「賛成だ。私も空腹だ」

 信士は答える。朝乃が車内のデジタル時計を見ると、時刻はお昼の十二時すぎだった。市長との話し合いが終わり、緊張が解けたせいか、朝乃もおなかがすいてきた。ドルーアと信士も、リラックスした雰囲気だ。

「エンジェル、君もおなかがすいているかい?」

 ドルーアは朝乃にたずねる。

「はい」

 朝乃はうなずく。

「食事は私の家でしよう。車内で食べるより楽だろう」

 信士が提案する。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、また信士さんのおうちにお邪魔します」

 ドルーアは笑う。朝乃は首をかしげた。彼は、またと言った。ということは、

「ドルーアさんは、信士さんの家に行ったことがあるのですか?」

 朝乃は質問した。

「あぁ、この前の日曜日にお邪魔させてもらった。きれいな家だったよ」

 今日は水曜日だから、三日前のことだ。

「またピザでいいか? それともハンバーガーにでもするか?」

 信士は、ドルーアと朝乃に向かって問う。

「月面のハンバーガーは、どんなものなのですか?」

 朝乃は好奇心から聞き返した。肉や卵やチーズが希少な月面では、どのようなハンバーガーになるのだろう。ピザに対しても同じ疑問を抱いたが、なんとなくハンバーガーの方が気になった。

「私も月に来たばかりのころ、同じことを思ったな」

 信士は懐かしそうに、顔をほころばす。

「月面のハンバーガーはだいたいの場合、植物由来の代替肉で作ったパテが入っている。値段が高くてもいいならば、本物の肉が入ったものもある。また、肉も代替肉も入っていないハンバーガーも売っている」

 なるほど、と朝乃は納得した。朝乃は昨日、夕食で、代替肉のミートボールを功たちと食べた。本物の肉との味のちがいは、あまり分からなかった。けれど、食後のおなかのたまり具合がちがうように感じられた。

「ハンバーガーにしますか?」

 ドルーアがたずねて、朝乃と信士は首を縦に振った。

「バーガーショップに寄ろう。ひさびさに、本物の牛肉が食べたい。朝乃君、君はどうだ?」

 信士が問いかける。朝乃は、うっと言葉に詰まった。お肉が食べたい。朝乃は月に来てから、不慣れなベジタリアン生活をしていた。牛も豚もとりも魚も食べていなかった。しかし肉は高価だ。会話を途切れさせた朝乃に、ドルーアはまゆをひそめる。

「私は、お肉はいらないです」

 朝乃は目を泳がせた。朝乃は功たちからお小遣いをもらって、今日の食事代も十分にある。だが高価なものを食べるのは、気が引けた。

「そうか」

 信士はうなずいて、タクシーの窓ガラスを二回タップした。長方形の画面が現れて、彼はもくもくと操作する。日本にもあるハンバーガーチェーン店のメニュー表が、かわいい効果音とともに出現した。

「私は、このビーフ100%のハンバーガーにする」

 信士は注文ボタンを押す。朝乃は彼を、うらやましく思った。

「朝乃、君はどれにする?」

 ドルーアが朝乃を気づかうように、優しくたずねてきた。

「はい。えっと……」

 朝乃のそばの窓ガラスにも、ハンバーガーの画面が現れた。右上にある日本語と書かれたボタンをタップすると、メニューはすべて日本語になる。朝乃は、いろいろな種類のハンバーガーをチェックした。

 見た目は、日本のものと変わらない。説明文を読むと、代替肉のパテは豆やジャガイモなどでできているらしい。チーズが入っているハンバーガーもあるが、値段が高い。サイドメニューとして、ポテトやオニオンリングやリンゴなどがある。朝乃は悩んだ。

「僕は、これにします」

 ドルーアも自分のそばの窓ガラスに画面を出して、何かを注文する。ちらりと見ると、分厚いトマトのはさまったハンバーガーだった。

「地球から来た方は、やはり肉が好きですね。月面産まれは、肉の苦手な人が多いです」

 ドルーアは信士に話しかける。

「君は肉が苦手なのか?」

「僕は、ほどほどには食べられます。ただ魚介類は、ものによっては苦手ですね」

 信士は微笑する。

「私が月に来たのは、二十代のときだった。あのときは毎日肉が食べたくて、気がくるいそうだった」

 彼は朝乃の方を見る。

「今の朝乃君のように、肉を食べたいが高価で手が出せないと嘆いていた」

 言い当てられて、朝乃は真っ赤になった。信士は楽しそうに、両目を細める。ドルーアは目を丸くした。

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