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6 気持ちの悪い双子

「村越さんたちは、双子というより恋人同士みたい」

 中学校に通っていたとき、クラスメイトたちからよく言われた言葉だった。そう口にされるたびに、朝乃は微妙な気分になって困っていた。

 朝乃と裕也は、そんなに仲のいい姉弟ではなかった。けれど両親が死に、孤児院に入り、学校でいじめられるようになって、ふたりの関係はべったりしたものになっていった。

 手をつないだり、抱きしめあったり、普通の中学生の姉弟ではやらないことを、朝乃と裕也は日常的にしていた。そうしないとつらいことが多くて、自分と弟の心を守れなかった。

 ドルーアは朝乃の顔を不安そうに、そして心配そうに見てくる。功の家で裕也が朝乃にキスしたのを、翠は目にしている。だからドルーアに知られてもおかしくない。朝乃は何も答えられず、目を泳がせた。

「朝乃は俺が守る」

 裕也から、何度も言われたせりふだ。朝乃と裕也は助け合い支え合ったが、やはり男の裕也が女の朝乃を守るケースが多かった。

 四年前、ボランティアで孤児院に来ていた成人男性が、朝乃を部屋に連れこみ、いたずらをしようとした。朝乃は恐怖のあまり、声が出せなかった。ところが裕也が朝乃のもとへ飛んできて、男性になぐりかかった。

 また孤児院で二人の男子たちがふざけて、朝乃たち女子が入浴中の風呂に入ってきた。風呂場は大騒ぎになり、大勢の人たちがやってきた。朝乃はみんなに裸を見られて、すごく嫌な思いをした。裕也は朝乃のもとへ駆けつけて、朝乃の体をバスタオルで隠した。

(学校でも、裕也は私のそばにいた)

 あるときクラスメイトたちがちょっとした遊びで、朝乃を階段から突き落した。裕也は朝乃をかばって下敷きになり、大けがをした。朝乃は泣きながら、弟を保健室へ連れていった。しかし加害者たちは、おとがめなしだった。

 裕也は、完璧な朝乃の騎士だった。けれど学費が払えなくなって、学校に通えなくなったとき、弟は荒れた。

「なぜ俺たちが学校へ行けない? 勉強して、はい上がることさえ許されないのか」

 裕也は常にいらいらして、ほとんど口をきかなくなった。そして朝乃から、距離を置くようになった。朝乃も、自分たちの将来はどうなるのかと不安だった。中学校を卒業できないとは思わなかった。

 でも自分のことより、裕也の方が心配だった。弟は将来を見据えて勉強し、成績もよかった。奨学金を活用し、普通高校か工業高校に行くつもりだった。功と同じエンジニアを目指していたのだ。なのに孤児というだけで、学校に通えなくなった。

 また当時は、朝乃と裕也を含め、学校に通えなくなった子どもたちが多かった。なので、孤児院全体がぎすぎすしていた。いきなり大声を出したり、暴れ出したり、ものを壊したりする子どもたちもいて、朝乃は怖かった。

「栗田由美です。あなたたちが将来、軍に入り、国家に尽くせるように、私が指導します」

 そんなとき、孤児院の院長が由美に変わった。由美は相当に優秀な人間なのだろう、彼女の采配により、孤児院は落ちつきを取り戻した。

 朝乃は由美を、積極的に頼るようになった。朝乃以外の子どもたちも、そうだ。子どもたちは目ざとく、自分を守ってくれる大人に気づく。

 裕也も少しずつ元どおりになり、朝乃のもとへ戻ってきた。よりいっそう献身的に、朝乃を守るようになった。ただ彼は、たまに朝乃のほおにキスするようになった。朝乃を抱きしめる回数も、あきらかに増えた。

 朝乃は一応、キスは拒絶する。だがそれよりも裕也が離れていく方がつらいので、はっきりとは拒否しない。孤児院の子どもたちからは、気持ちの悪い双子と思われていた。近親相姦と陰口もたたかれていた。朝乃はその悪口に傷つきつつも、黙って耐えた。

「あなたたちは姉弟だから、キスはやめなさい」

 由美からは一度だけ、しっかりと説教を受けた。けれどその説教は、朝乃たちには無意味だった。せまい閉ざされた世界で、朝乃は裕也の恋人だった。姉でもあり、母でもあった。朝乃にとっても、裕也は恋人で弟で父だった。

 朝乃は浮舟に来たばかりのとき、ふいうちでドルーアからキスされた。しかしそのときの朝乃にとって、自分にキスしていいのは裕也だけだった。朝乃には裕也が、裕也には朝乃が必要だった。

 だが今、朝乃は浮舟で自由に暮らしている。家の中に閉じこめられてはいない。学校には通っていないが、両親が生きていたころに近い暮らしをしている。

(今の私には、説教をした院長先生の気持ちが分かる。私と裕也の関係は、普通ではなかった。距離が近すぎて、いびつにゆがんでいた)

 おととい再会したとき、裕也は朝乃にキスをした。そして複雑な顔をして、朝乃を離した。裕也も、自分たちがキスするのはまちがっている、自分たちの関係は姉弟と気づいたのだろう。

 日本で生まれ育った朝乃たちにとって、キスは姉弟でしないものだ。朝乃が浮舟に来て夢から覚めたように、裕也も覚めたのだ。けれどそんなことを、どうやってドルーアに説明すればいい? 朝乃は困った。すると、

「目的地に到着しました」

 電子音声がしゃべり、タクシーが停まる。外を見ると、大きなマンションが見える。高さは二十階ほどだろうか。エントランスの前に、信士が立っている。

 タクシーは、エントランス脇にある植栽のそばに停まっていた。ドルーアは信士の姿を確認した後で、ため息をつく。

「朝乃。僕から裕也に、姉弟の範囲をこえることはするなと伝える」

 まじめな表情で言う。緑色の両目が怒っていた。

「ちがいます。そうではないですから」

 朝乃はあわてて否定する。誤解を解かなくてはならない。朝乃がキスしてほしい相手はドルーアで、恋人になってほしいのも彼だ。そして裕也にも、いつか恋人ができる。そのときに、姉弟でキスしていたと知られたくない。想像しただけで、ぞっとする。

 ドルーアは不機嫌な顔で、朝乃をにらんだ。朝乃はますます動揺する。彼は再度ため息をつくと、朝乃の頭にぽんと手を置いた。

「エンジェル、この話はおしまいだ。信士さんに会いに行こう」

 何事もなかったように、にこりと笑う。それから朝乃を置いて、ドアを開けて外に出る。話を切られて、朝乃は心細くなった。信士がドルーアに気づき、こちらに向かって歩いてきた。

「ドルーア、思ったより早かった。道はすいていたのか?」

 親しげに声をかける。車の窓は車内から外は見えるが、外から車内は見えない。だから朝乃たちは信士に気づいたが、信士は分からなかったのだろう。

 朝乃もドアを開けて、外に出た。ドルーアは笑顔で、信士とあいさつを交わしている。彼は今、朝乃と裕也に対してどう考えているのか。朝乃には分からなくて、不安だった。

 しかしさきほどの話を蒸し返したくない。朝乃はもやもやとしたままで、笑顔を作り、信士にあいさつをした。

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