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3 デニムのオーバーオールに、ボーダーシャツを着ている

『ドルーア・コリント、銃で撃たれる』

 タブレット型コンピュータの画面に映った芸能記事のタイトルを、朝乃は指さきでタップする。記事本文とドルーアの顔写真が映った。六月十日の、つまり五日前の記事だ。

 大人気ドラマ「ベイビー・ドリーム」の主演俳優ドルーア・コリントが、六月七日、銃で撃たれ入院したことが判明した。また彼は、同日、在宅中に不審者たちに襲われた。彼の自宅は今、修繕中だ。

 なぜドルーアが、こんな不幸にあったのか? 関係者によると、原因は、日本から亡命してきたひとりの少女だ。幼い少女は、知り合いのとある日本人夫婦を頼った。夫婦は友人のドルーアに、少女の保護を依頼した。

(少女は私で、夫婦は功さんと翠さん)

 朝乃は記事を読み進める。記事は英語で書かれているので、タブレットの翻訳機能を使って日本語にしている。記事に書かれていることは半分くらいはうそだが、半分くらいは本当だ。ドルーアはうまくうそをつくものだ、と朝乃は感心した。

 ドルーアは少女を自宅に招き入れ、その後入国管理局へ連れていった。すると、か弱い少女をねらって、悪漢どもが次々とドルーアを襲ったのだ。

 映画のストーリーのようだが、これは実話だ。ドルーアは応戦し、負傷して病院に運ばれた。伝説的映画「チャレンジャーズ」のデイビッドは、現実世界でも勇敢だった。少女は今、ドルーアの友人宅で平穏に暮らしている。

(初めて会ったときも思ったけれど、ドルーアさんはナルシストかな。自分で自分を、こんな風にほめるなんて)

 朝乃はあきれた。この記事は、関係者からのリークで書かれたことになっている。が、本当はドルーアが意図して書かせたものだ。だからドルーアと朝乃にとって、都合のいいものになっている。

 ただしこの記事は、たくさんある芸能記事のうちのひとつだ。ほかには、在宅中のドルーアが悪質なファンに襲われたとか、ドルーアが入国管理局で問題を起こしたとか、いろいろな記事がある。どの記事にも、ドルーアは関与していない。

「さまざまな記事が出ているが、悪質なものについては、法に訴えるつもりだ」

 ドルーアは朝乃に、さらりと言っていた。また記事には、朝乃のことも言及されている。ただ朝乃の立場は、記事によって、ドルーアの新しい恋人だったり隠し子だったり売春婦だったりする。

 朝乃はリビングのソファーに腰かけて、適当に記事を読んで時間をつぶしていた。今から市庁舎に行くことを考えると、気持ちが落ちつかない。朝食も急いで食べてしまった。けれどドルーアが朝乃を迎えに来るまで、やることがない。

 朝乃がそわそわしていると、ピンポーンという音がリビングに鳴り響く。

「ドルーアが来ました。門扉を開けるように要求しています」

 電子音声で、ケプラーがしゃべる。朝乃は両手で持っていたタブレットを、ショルダーバッグに入れた。気合を入れて立ち上がり、バッグをななめがけにする。

「開けてくれ」

 ダイニングの方から、功の声がした。功と翠がリビングにやってくる。彼らは朝食後に、コーヒーと紅茶を飲んでいたのだ。年の功なのだろう、功たちは普段どおりに落ちついている。

「ドルーアは、どんなかっこうをしているのかしら?」

 翠は朝乃に、楽しげに笑いかける。朝乃はちょっと困って笑った。今日の朝乃は、子どもっぽい服装をしている。デニムのオーバーオールに、ボーダーシャツを着ている。さらに幼く見えるように、後ろ髪を二つに分けて三つ編みにした。

 朝乃は功たちと玄関に向かう。功が扉を開けて、ドルーアを招き入れた。ドルーアは朝乃を見てほほ笑む。

「今日もかわいいよ、マイ・エンジェル」

「ありがとうございます」

 朝乃は照れて笑った。ドルーアからの甘い言葉と天使という呼びかけに、朝乃は慣れてしまっている。

 ドルーアは、おじさんくさいかっこうをしていた。地味なグレイのスーツに青のネクタイをして、本革の黒のビジネスバッグを持っている。彼の年齢に合っていないコーディネイトだ。

 朝乃は玄関で靴をはいて、ドルーアの横に並ぶ。功は朝乃とドルーアを見て、妙に心配そうにしゃべった。

「親子というより、詐欺師と被害者の子どもに見える」

「失礼な。僕は、朝乃のボディガードだ。それも、彼女の弟に指名された」

 ドルーアは怒ったふりをする。彼は昨日も、朝乃に電話をかけてきた。その電話で、ドルーアは朝乃に、子どもっぽい服を着るように頼んだ。逆にドルーアは、おじさんのようなかっこうをする。なのでふたりの年齢差は、実際よりも大きく見えるだろう。

「僕と君の関係は親子のようなものと、周囲に、――特にマスコミや僕のファンに示したいんだ」

 恋している男性から、君は僕の娘のようなものと宣言されて、朝乃はショックを受けた。けれど彼の言うことは事実だった。

 ドルーアは朝乃を守り、さまざまなものを与えてくれる大人だ。対して朝乃は、世話されるだけの子どもだ。朝乃はドルーアに恋愛感情を抱いているが、ふたりの関係は対等ではない。

「君が僕の恋人として、僕のファンから攻撃されたり、ゴシップ誌の記者に追いかけまわされる事態は避けたい」

「はい」

 ドルーアは真剣に言い、朝乃は納得してうなずいた。彼は朝乃を守るために、子どもっぽくなるように頼んでいるのだ。朝乃は気持ちが重くなるが、幼く見える服と髪型にした。

「そう言えば」

 功がドルーアに話しかける。

「朝乃から聞いたが、ドルーアをボディーガードに指名したのは、裕也ではなくミンヤンさんらしい」

 朝乃は、裕也から聞いた。朝乃をドルーアの家に瞬間移動で飛ばすことは、ミンヤンのアイディアだったと。

「だからお前は、世界最高の超能力者であるミンヤンさんに指名された、朝乃の護衛だな」

 功は笑って、さきほどのドルーアの発言を訂正した。ドルーアは目を丸くしてから、考えこむ。

「何を悩んでいる?」

 功は首をかしげる。ドルーアのリアクションは、朝乃にも予想外だ。何か問題があるのか、と不安になる。ドルーアは苦笑した。

「ミンヤンさんは恐ろしい人だと思う。彼は朝乃を僕の家に送ることで、僕を試したのだろう。僕は、彼の手のひらの上で踊っているだけだ」

 功は肩をすくめる。

「難しく考え過ぎじゃないか? ミンヤンさんは、お前が頼りになると考えたのだろう」

 朝乃も功と同意見だ。ドルーアはまだすっきりしないようで、複雑な笑みを浮かべている。しかし気を取り直して、表情を変えた。

「とにかく朝乃は僕の家に落ちてきて、サイは投げられた。というわけで、今から市長と対決してくる」

「お前のことだから油断はないと思うが、気をつけろよ」

 功は笑う。彼の顔には信頼があった。ドルーアは自信ありげに笑い返す。

「僕に油断があっても、最強の忍者がついているから大丈夫さ」

 忍者とは信士のことだ。朝乃とドルーアと信士で、市庁舎へ乗りこむのだ。

「分かった。ただ、あの人は忍者ではないと思う」

 功は苦笑いをする。朝乃とドルーアは、功と翠に見送られて家を出発した。

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