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前日譚――出撃前日、喫茶スペースにて

 おもしろいことに、星間戦争には決まりがある。そのルールを守らないと、戦闘はできない。軍人たちはさまざまな制限を受けながら、ひとり乗りの戦闘機に乗って宇宙で戦う。

 Sランクの超能力者になり、アメリカ本土内にあるアメリカ軍基地に移動した裕也は、その決まりを徹底して教えこまれた。

(アニメや漫画では、もっと自由に主人公たちは戦っていたのに。人型ロボットに乗って、宇宙戦艦を撃破したり、超巨大なビーム兵器をぶっこわしたり)

 裕也はがっかりしたが、仕方ない。現実では、地球や月の周回軌道上にある宇宙ステーションは攻撃してはならない。敵の軍用ステーションであっても、そうだ。また、ぶつかってもいけない。

 もしもステーションを破壊したら、ものすごい数のスペースデブリができて、収集がつかなくなる。極端な話、人類は宇宙に出られなくなる。

 まぬけな話だが、同じ理由で宇宙戦艦も攻撃してはならない。戦艦の方も主砲だのミサイルだのを持っているが、実際には使わない。たまにお遊びで砲をこちらに向けてくるが、相手にしてはいけないのだ。

 次に、民間の宇宙船は攻撃してはならない。また医療関係の船もだ。これは人道上の理由だ。しかしやはり大量のスペースデブリが出るからでもある。

「戦場と定められた場所と時間以外で、敵の戦闘機を見つけても攻撃してはいけない。ミサイルを撃つと、その反動で自機が予想外の方向へ動いたり回転したりするので、注意すること。燃料と空気の残量にも気を配ること。あとは、何があったでしょうか?」

 冷たい緑茶を紙コップで飲みながら、裕也はまじめにたずねた。ここは、本部ビル五階にある喫茶スペースだ。小さな丸テーブルをはさんで向かいに座る男は、くたびれた笑みを浮かべる。

「それらはすべて、凡人どもが星間戦争の体裁を整えるために決めたルールだ。去年ぐらいに、なんとなくで決定されたものだ。君は守らなくていい」

 彼の適当な態度に、裕也はあきれた。彼の名前は、木下トキオ。三十九才らしい。コーヒーは嫌いで、いつも紅茶を飲んでいる。自販機の紅茶はまずいとぼやきながら。

 彼は、日本軍に所属していた超能力の研究者だ。けれど裕也にくっついて、アメリカ軍に来た。周囲から煙たがられているが、本人は気にしていない。裕也も彼とどう接すればいいのか分からない。なのにトキオは裕也を気に入って、しょっちゅうそばに来る。

 裕也も、アメリカ軍に友人はいない。そして、英語でのコミュニケーションは取れない。ハローとサンキューぐらいしか知らない。なので、なんだかんだ言って、トキオがいるのはありがたかった。

 ちなみにトキオは英語がぺらぺらだ。しかし裕也のために、通訳を引き受けるわけではない。たまに気が向いたら、教えてくれるだけだ。

「ちゃんとルールを守ります。俺は明日、初出撃ですから」

 裕也はいきごんで言った。明日、裕也は宇宙航空機に乗って、アメリカの軍用宇宙ステーションまで行く。ステーションから、アメリカ軍最新の戦闘機に乗って、戦場へおもむくのだ。

 戦闘機の映像は見せてもらった。シミュレーターで練習も重ねた。裕也の気分は高揚し、はやく明日になってほしかった。

「張り切りすぎて、死なないでくれよ。裕也、――いや、村越少尉」

 トキオは眠そうな目で、あたたかい紅茶をすする。しかも紙コップではなく、自分用のマグカップだ。四月でも、ここは暑いのに。ここは、アメリカ南東部にあるフロリダ半島だ。

 先月までただの戦災孤児だった裕也は、今や少尉、――エリート軍人だ。アメリカ軍の中で、誰よりも優遇されている。

(十六才の少尉なんて、世界中を探しても俺しかいない。俺は特別なんだ)

 ただ裕也はよく知らないが、十六才の子どもが軍人になるのは、国際法に反しているらしい。裕也は書類上は、十八才ということになっている。Sランクの超能力者なのに、裕也の存在は国家秘密のように世間から隠されている。

 今日は少尉昇進の辞令を、上官のマシュー・テイラー中佐から受け取るために本部ビルに来た。すでにマシューには会って激励されたので、もう帰っていい。

 しかし裕也は何かと落ちつかなくて、ビル内の喫茶スペースにやってきた。無料自販機の茶をすすりながら、アメリカ軍支給のタブレットコンピュータで勉強する。すると、どこからかトキオが来たのだ。

「柏木一郎がいなくなった今、君だけが俺のお楽しみなんだから」

 トキオはぼそりと言う。

「柏木一郎? 俺と同じ超能力者ですか?」

 知らない名前だったので、裕也はたずねた。

「そう。ただ戦争が始まる三年前に、正義に燃えるひとりの青年軍人に連れさらわれた。ほれた女の子どもだったのかな」

 トキオは、ため息をつく。

「田上信士、……だったっけ? たったひとりで七才の子どもを連れて、命がけで軍から逃げ出した。あいつは、まともじゃなかった。本気で彼は忍者かなと思ったさ」

 黒の両目が、少し懐かしそうだった。裕也は首をかしげる。一郎は誘拐されたのか? とりあえず今は、軍隊にいないらしい。裕也はタブレットのタッチパネルを操作して、明日の出撃について情報を確認する。

「地球周回軌道上の、……ここらへん? が戦場?」

 地球の周辺地図を見ながら、頭をひねる。裕也は孤児としては頭のいい方だが、しょせん中学校中退だ。裕也のアホ丸出しなセリフに、トキオはくっくっくと笑う。

「航海に関してはコンピュータに任せればいい。君はスペースデブリ回避に全力を注いでくれ。戦場に着く前に、たいていのやつはデブリで死ぬ」

 六日前のことを思い出して、裕也はびくりと震えた。裕也を含め整備士見習いの子どもたち約五十人を乗せた宇宙航空機は、スペースデブリにぶつかって大破した。

 助かったのは、裕也だけだった。クラスメイトたち全員が、一瞬でいなくなった。悲鳴すら聞こえなかった。死体も回収されなかった。

「俺は死にません」

 裕也は低い声でつぶやいて、両手を組む。トキオはぼんやりと裕也を見る。志を果たせずに死んだ仲間たちのためにも、裕也は死ねない。

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