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5 エメラルドグリーンの瞳がとても素敵

 ドルーアは困ったようにほほ笑んで、キッチンに立っていた。青色のデニムのシャツを着て、カジュアルな装いだ。サングラスはかけておらず、緑色の目が朝乃たちを見ていた。

 朝乃は、落ちつかない気持ちになった。ドルーアは、いつからいたのだろう。朝乃たちの会話を、どの部分から聞いていたのか。裕也は目をまるくして、ドルーアを見ていた。やがて緊張した様子で口を開く。

「初めまして、ドルーアさん。俺は、朝乃の弟の裕也です」

 ドルーアは苦笑する。

「初めまして、裕也。確かに、君は朝乃と似ている。僕がたまたま帰宅したら、君がこの家にやってきた。これは偶然かい?」

「偶然です。でも、あなたの在宅は知っていました。ただ俺に会いに来てくれるとは、あまり期待していませんでした」

 裕也は自信なさげに答える。

「世界最高の超能力者なのに、自分を卑下しすぎだ。君に会いたいと思う人間は、たくさんいる」

 ドルーアは言う。裕也は気まずそうにうつむいた。

「ドルーアさんは家にいたのですか?」

 朝乃は気持ちを立て直して、たずねた。彼が在宅していたとは、意外だった。ドルーアは翠から知らせを受けて、すぐにこの家に来たのだろう。

「そうだよ、エンジェル。家の工事が終わったから、様子を見るために帰宅した」

 にこりとほほ笑まれて、朝乃はときめいてしまった。ひさびさにドルーアに会ったからなのか、彼がものすごくハンサムに見える。エメラルドグリーンの瞳がとても素敵だ。

 そして確かに、ドルーアの家の工事は終わっていた。以前より、家や前庭を囲む塀が高くなり、門扉にはかぎがかけられた。つまりセキュリティが強化された。

 ドルーアは、朝乃たちの方に近づいてくる。恋愛モードになっていた朝乃は、どきどきする。裕也はけげんそうに顔をしかめた。ドルーアは朝乃の横を通り過ぎて、キッチンのIHコンロの火を消した。

「あ」

 朝乃は、情けなさとはずかしさから、顔を赤くする。パスタを作るために大きななべとフライパンに火をかけていたのに、それをすっかりと忘れていた。お昼ごはんを作るという大切な仕事を忘れて、話しこんでいたのだ。

「すみません、あの」

 さきほどの自分の発言がはずかしくなる。パスタを作ることすらできないなんて。ドルーアは朝乃をなぐさめるように、頭をぽんとなでた。それから裕也に問いかける。

「君には聞きたいことがたくさんある」

 ドルーアの厳しい口調に、朝乃はとまどった。朝乃には、いつもどおり優しいのに。

「はい」

 裕也はびびっているように見えた。

「なぜ朝乃を、僕の家に送ったんだ?」

 それは朝乃も気になっていた。なぜ功の家ではなく、ドルーアの家だったのか。ただ、どちらの家に朝乃を送っても、朝乃は最終的には功の家に落ちついただろう。裕也が言いよどんでいると、翠がキッチンに現れた。

「それは、私が妊娠しているからよね?」

「え?」

 ドルーアは意外そうな声を上げる。朝乃も、なぜ翠の妊娠が関係するのか分からない。それに翠も、いつからいたのだろう。朝乃と裕也は、翠と功には聞かれたくない話をしていた。朝乃はおどおどと身を小さくする。

「そのとおりです。俺は最初、あなたと功さんを朝乃の保護者として当てにしていました。けれどあなたの妊娠を知って、あきらめました」

 裕也は観念して答える。

「そんなに気をつかわなくていいのに」

 翠は気楽に笑った。

「俺と朝乃のせいで、あなたたちの子どもに何かあったら、俺は自分を許せませんから」

 裕也はつらそうに、まゆを寄せる。朝乃も同じ気持ちだ。事実、功は朝乃を初めて家に入れたとき、翠に危険だから帰宅するなと連絡を入れた。

「それで、僕を巻きこむことを考えたのか」

 ドルーアは納得する。朝乃は裕也たちの会話を気にしつつも、調理を再開した。与えられた仕事くらい、ちゃんとしたい。コンロに火をつけて、フライパンにカットしたトマトを入れる。ドルーアは、朝乃のじゃまにならないようにだろう、コンロから少し離れて話した。

「確かに、僕と功は友人どおしで家も近い。ましてや朝乃は日本人だ。僕が、亡命日本人の功を頼ることは、たやすく予想できた。つまり君は、僕と功を朝乃のボディガードとして指名した」

「はい。俺は朝乃の亡命を、一度はあきらめました。でも、功さんたちがあなたの家の近所に引っ越す予定だと知って、考えを変えました」

 裕也は答える。朝乃は、少量のコンソメパウダーをフライパンに入れた。

「ドルーアさんに朝乃を守ってもらおう。ドルーアさんはそのうち、朝乃と功さんを引き合わせる。功さんはきっと、朝乃の世話を引き受けてくれるだろう。要はワンクッションおいてから、朝乃を功さんのもとへ連れていきたかったのです」

「なるほど。さらに、私たちが引っ越した直後のばたばたした時期を避けて、一か月くらいたって、暮らしがある程度、落ちついてから、あなたは朝乃ちゃんをドルーアの家に送ったのね」

 翠が感心してしゃべる。裕也は、できるかぎり功と翠にとって都合のいいタイミングで、朝乃を月に送ったのだ。朝乃は裕也たちの方をちらちら見ながら、パスタを作り続ける。調理は慣れた作業だった。

「はい」

 裕也はうなずいた。彼は、想像以上に用意周到だった。用意周到すぎて、弟が考えたとは思えない。加えて功が浮舟にいることとか引っ越す予定とか、どうやって知ったのだろう。朝乃はいぶかしく思って、裕也を見た。

「翠さん、ドルーアさん、あなたがたには感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」

 裕也は心から礼を述べた。朝乃も彼とともに頭を下げる。それから裕也に確認する。

「裕也が孤児院で言った、私を守ってくれる男性はドルーアさんのことだったの?」

 ドルーアは少し驚いて、朝乃を見る。裕也は朝乃に、朝乃を守る男のところへ送ると告げた。その後、朝乃はドルーアの家に瞬間移動させられたのだ。裕也は自信を持って答えた。

「もちろん。朝乃を守り、功さんのところまで連れていけるのはドルーアさんだけだ。しかもドルーアさんは、日本語をしゃべれる。だから彼に任せるのがいい、と言われた」

 月に来たばかりのとき、朝乃は英語が分からなかった。ドルーアが日本語を話さなければ、コミュニケーションが取りづらかっただろう。

「そこまで考えていたなら、なぜ事前に朝乃にもっと説明をしなかった?」

 ドルーアは裕也を責めた。裕也は気弱そうに、まゆを下げる。

「朝乃はほとんど何も分からずに、僕の家に落とされた。彼女がどれだけ不安だったと思っている?」

 朝乃はびっくりして、ドルーアを見た。彼は朝乃のために怒っている。裕也は申し訳なさそうに、朝乃をちらりと見た。次にドルーアの方を向く。

「俺も朝乃も、ずっと監視されていました。特に先月からは、かなり厳しく見張られていました。すべての人を出し抜いて、一気に動くしかありませんでした。でもそうやって出し抜いたのに、朝乃はすぐに発見されました」

 弟はくやしそうだった。朝乃には発信器がついていた。そのせいで、一瞬で地球から月へ長距離移動したにもかかわらず、ドルーアの家に不審者たちがやってきた。ドルーアは再び苦笑する。

「けれど、思い切ったかけに出たものだ。僕が朝乃を日本に売ったり、ヌールに連れていったりしたら、どうするつもりだった?」

「あなたは、そんなことをしません」

 裕也は、はっきりと否定した。翠も同意して、うなずく。ドルーアは片手の手のひらを上に向けて、肩をすくめた。

「買いかぶりすぎだ。もしくは映画やドラマの見すぎだ。実際に僕は、自己保身のために朝乃を見捨てようかとも考えた」

 彼は自嘲する。しかし朝乃には、捨てられそうになった覚えがなかった。裕也はズボンのポケットから、昔ながらの紙の封筒を取りだす。

「あなたは、そのような人ではありません。あなたは彼女と一緒に、和平を訴えてくれる存在です」

 裕也は手紙を、ドルーアに向かって差し出した。ドルーアの表情が変わる。余裕がなくなり、裕也を強く警戒していることが分かった。

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